第5話 命名と生命力

 〈2〉


 男の死体は、僕が落ち着きを取り戻す前に消えていた。きっと、声の主が食べてしまったのだろう。よかった。流石にまだ、食人行為を直視できる程、覚悟は決まっていない。


「ショーン、あなたの覚悟の程は見せていただきました。ダンジョンコアとして、見事な初仕事だったと称賛します」

「ははは……。ありがと……」


 乾いた笑いをこぼしつつ、言葉少なにお礼を述べた。バツが悪い。

 僕はまだ、覚悟なんて決まっていない。自分の危機に際して、緊急回避の手段として、ダンジョンというものを利用したにすぎない。危機が迫らなければ、人殺しの覚悟だって決まらなかっただろう。


「ですが、少々意外ではありました。先程の反応から、もう少し躊躇うかと思っていました」

「……まぁ、明確にこっちに敵意をもってたし、ね……」


 自分を害そうとしていたから。そう言い訳をして、僕はあの男を殺した。人間を、殺した。

 そして、あの男と違い、こちらに敵意を持たない無辜の人間まで殺せるような覚悟は、いまだできていない。できる気がしない……。


「それよりもさ、君の名前を決めようか。さっきみたいな緊急時に、なんて呼べばいいか迷うのは、生死を左右する隙になりかねない」


 僕は誤魔化すように、話の矛先を変えた。実際、『声の主』とか『彼女』とか呼ぶのも限界だったし、いい加減決めたかったのも本音だ。


「先程のように、ダンジョンコアでいいのでは?」

「それじゃあ味気なさすぎる。対話相手を、いちいち『ダンジョンコア』なんてもって回った呼び方するのもねえ」

「ふむ……。では、ショーンが決めてください」

「僕が? まぁ、自分で決めろってのも酷な話だけどさ。せめて希望とかない? 名前に込めて欲しい意味とかさ」

「特にありません。呼び名を必要としているのは、私ではなくあなたですので」


 そう言われると、ぐうの音もでない。

 だが、ここで名前を決めようにも、あまりにもとっかかりがない。彼女について、僕が知っている要素は、【ダンジョンコア】【女性】という二点だけだ。ここから名前を決めろというのも、なかなか無理難題だろう。


「コア? いやいや、最終的に惑星のコアを目指しているダンジョンコアにそう名付けるのは、どうなんだ?」

「会話中に、惑星のコアと私の個体名とが混同されてしまう危惧もありますしね」

「そうだね……」


 希望はないけど、文句は普通に言うのね……。

 そうなるといよいよ、なにを元に名前を決める? ダンジョンの別名? ラビリンス? 迷宮? 曲輪くるわ? しっくりこない。

 かといって、漠然と女性に付ける名前で選ぶというのもなぁ……。あ、潔癖な性格から、女騎士っぽい感じで。


「くっころ?」

「…………」

「いや、嘘嘘。僕としても、呼びにくいしね」


 無言の抗議に、僕は速攻で前言を撤回した。いや、本気じゃなかったんだよ? ところで、意味わかっていて抗議してる?

 しかしそうなると、やっぱり僕の知る名前から選ぶしかないか。どこの文化圏から選べばいい? 和名は、きっと彼女に合わないだろう。僕も、紹運じゃなくショーンとか呼ばれているし……。

 ヨーロッパ圏の女性名? ますますなにを選べばいいのかわからん。かといって、中華圏やイスラム圏はもっとわからんし、東南アジアや南米の名前に関しては、もう男女の区別すらつかない。アフリカ圏など、パッとすら名が浮かんでこない。


「ショーン」


 うんうん唸っていたら、この名付けに積極的ではなかった彼女の方から、声をかけてきた。僕は誰に向けるわけでもないのに、顔をあげる。


「どうせなら、あなたにちなんだ名前にすればよろしいのでは? 私とあなたは、一心同体——いえ二心同体として生まれ落ちた身なのですから」

「——あ」


 その言葉は、ぽとんと水面に雫が落ちるように、僕の中へと浸透した。そして自然と、その名が口から零れる。


「——グラ……」

「グラ、ですか?」

「う、うん。どうかな?」

「いいのではないでしょうか?」


 ぶっちゃけ、僕にちなんだとか言われた段階では、紹運の名から円環アニュラスなんて洒落た名前も考えたのだが、今となってはグラの方がしっくりくる。なんというか、二心同体と言われた瞬間、その名がパッと閃いたのだ。

 理由はわからないが、当人も文句がないようだし、これから彼女の事はグラと呼ぶ事にしよう。


「では改めて、僕の名前は針生紹運。これからよろしく、グラ」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします、ショーン」


 グラの声に、姉のような親しみが戻っているのを感じ、僕の頬は綻んでいた。


「さて、一息吐いたところで、と急ぎやるべき事ってある?」

「そうですね。普通であれば、ダンジョンを作るところから始めるのですが、先程の落とし穴を作る際に、かなり生命力を消費しました。あの人間の生命力も吸収したので、すぐに枯渇するという事はありませんが、維持を考えるとここでさらにダンジョンを広げる必要性は薄いかと」

「ふぅん。やっぱり、維持にもエネルギーが必要なんだね」


 そこは、グラのいうところの地上生命と同じだ。特別な活動をせずとも、状態を維持するにも食事が必要になる。やっぱり、生きていく為には、僕は人を食べなければならないらしい。


「はい。そして、いまだ地上生命から隠れなければならない、浅いダンジョンです。町中で、急激な拡張を行うのは、看過できない危険を伴うかと」

「人間を食べる理由は、その生命力ってのを吸収する為?」

「そうです。地上生命はその生命活動において、生命力を生成できます。しかし、ダンジョンにはそれができません。それゆえに、我々は地上生命を捕食せねばならぬのです。そうして得た生命力を使って、ダンジョンは地中深くへと伸張し、その威容を維持します。それが枯渇すれば、当然餓死します」


 やっぱり、ダンジョンってのは、僕のイメージするただの迷路なんかじゃなく、生き物なんだな。きちんと生態があるのがその証拠だろう。そんなダンジョンの核が、僕でありグラなのか。

 しかし、流石にいつまでも、二心同体っていうのもなぁ。グラにも、自由になる体があればいいんだけど……。


「ではまず、生命力の使い方から覚えていきましょう!」


 グラの淡々とした声音に、どこか張り切るような意気込みが混じっているように思えた。



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