第37話 海中ダンジョン
●○●
ゴルディスケイルの海中ダンジョンの入り口は、ごくごくありふれた洞穴だ。島の岩肌に、ポツンと開いたその口は、ともすれば素通りしてしまいかねない程に目立たない。
まぁ、そんな事をいったら大抵のダンジョンもまた、入り口に特徴らしい特徴なんてないだろう。大々的に【地獄門】みたいに、きちんと出入り口を作り込んでいる方が珍しい。まぁ、他に例を見ないという程でもないらしいが。
「侵入してからも、たいして珍しいものはありませんね」
グラがつまらなそうにそう言いながら、襲いかかってきた跳び蟹を一刀で斬り捨てる。まぁ、バスガルのダンジョンでいう、光トカゲみたいな雑魚だしね。
グラの言葉の通り、このゴルディスケイルのダンジョンの一層は、普通の洞窟タイプのダンジョンとあまり差異はない。違いがあるとすれば、磯臭さと湿度が高い点だろうか。地面の窪みには水が溜まっており、不用意に足を踏み入れると靴が濡れて不快になる。
たまに深い穴があり、そこに足をとられたり、モンスターが潜伏していたりと、この穴も一種のトラップのようだ。窪みに水が張っていて、洞窟特有の暗がりでは、一目でその深さを推し測るのは至難の業だしね。
とはいえ、やはりその程度といってしまえばその程度のものでしかない。慎重に進めば水溜りを避けて歩く事はできるし、しっかりと確認すれば深さだって把握は難しくない。
それ以外は、本当にバスガルのダンジョンとそう変わったところはない。精々、あの赤く光るヒカリゴケがないくらいだ。このダンジョンが、北大陸一美しいといわれている所以は、二層から先の構造が故だ。
「そして、その構造が故に、ダンジョンの攻略をほぼ諦められているらしい」
「それは気になりますね。人間どもに攻略を断念させる程のギミックとは、非常に興味深い……。場合によっては、我々のダンジョンに取り入れる事も考慮して、その点前を拝見させていただきましょう」
「あー……」
それはどうだろう。ゴルディスケイルのギミックって、結構諸刃の剣なのだ。実際、ゴルディスケイルは日常的には、あまり侵入者が多くない。攻略を諦められて、疎らにしか侵入者が訪れないというのは、ダンジョンにとって食糧難のような致命的な環境だ。
まぁ、ウチのダンジョンを拡大していって、いくつも開口部を持てるようになれば、それ程問題にはならないだろうから、グラがどうしてもというのなら取り入れるのもやぶさかではない……。ただその場合、今度はゴルディスケイルとの利害調整も必要になってくるだろう。
相手方の食糧事情をモロに刺激しそうだ……。今回はあくまでも、お互いの領域と利害の調整に訪れたわけで、将来に火種を残したくないんだよねぇ。まぁ、そうなったときはそうなったときではあるけど。
歯切れの悪い僕の様子が気になったのだろう。大フナムシを二十数匹目にも止まらぬ早さで斬り捨てたグラが、怪訝そうにこちらを見てくる。僕はといえば、チマチマと一匹一匹斬り捨てられるような技術はない。
「【
やはり雑魚の群れには【混乱】が、幻術におけるセオリーだ。一直線に僕らに向かってきていた、野球ボール大のフナムシの群れが、いっせいに壊乱する。
その混乱の渦中に【石雨】を打ち込めば、とりあえずは一丁あがりだ。勿論、撃ち漏らしもあるので、そこはぷちぷちと斧で潰していく。
「ショーン。先程の反応のわけを教えてください」
戦闘がひと段落ついたところで、グラが問うてくる。まぁ、そうだよね。
「百聞は一見に如かずだ。もうすぐ二層に降りる階段があるはずだから、自分の目でたしかめてみるといい」
「むぅ……。勿体ぶりますね」
「ふふ。そんなつもりはないさ。前情報のない状態で、グラの第一印象を知りたいんだよ。ゴルディスケイルの構造は、一長一短あるからね。メリットとデメリットを勘案したうえで、取り入れるか否かを話し合おう」
「ふむ。そういう事情であれば……」
心底納得したわけではなさそうだが、僕の言い分に一理あると判断したのだろう、グラが頷くのを見つつ、僕は別の事を考える。通常通りモンスターが襲ってくるという事は、先方のダンジョンコアはまだ僕らの存在に気付いていないのだろうか。
ギギさんでわかっている事ではあるが、自分のダンジョンに他所のダンジョンの支配下にあるモンスターが侵入すると、結構な違和感を覚えるはずなんだけれど。
まぁ、気付いていながら手を緩めないと判断した可能性もある。宣戦布告の使者と判断されているなら、そんな対応をされても仕方がない。
「階段ですね」
「うん。情報通り」
一応、アルタンの町の冒険者ギルドには、バスガルとゴルディスケイルのダンジョンの情報が蓄えられていた。近場の中規模ダンジョンは、この二つだけだったしね。
だから僕は、出現するモンスターの種類やその傾向、地形と留意点、確立されている道順までも含めた前知識をもって、このダンジョンを探索している。今回は斥候を連れて来れないので、特に入念に調べていた。
「一層は本当に、見るべきところのないダンジョンでしたね……」
「そう言わないの。水溜りトラップも、胡乱な下級冒険者とかなら結構引っ掛かりそうな罠じゃん。特に手入れに手間のかかる罠でもないし、効率的といえば効率的だよ。手入れの滞りがちなダンジョンの一層に、そういう罠を設置するってのは、それなりに賢い証拠じゃない? それに、技術のない連中を一層で間引きするっていうのも、見方によっては効率的だろう?」
単に腕っ節の強さだけを競うなら、ダンジョンの防衛機構はモンスターだけでいい。だが、そんな単純な構造では、人間からの攻勢に耐えられない。それで困るのはダンジョン側なのだ。故にこそ、ダンジョンコアは様々なギミックを、己のダンジョンに施して冒険者を狩るのである。
ゴルディスケイルとしても、この一層は力自慢なだけの馬鹿を食い物にする目的で、現状を維持しているのかも知れない。……まぁ、たぶん違うだろうけど……。
グラと接してみてわかったが、ダンジョンコアの目というのは、やはりどうしても深い方へ深い方へと向くものだ。故に、ダンジョンの浅層というものは、なおざりにされがちだったりする。
これは、中規模以上のダンジョンには強く見られる特徴で、大規模ダンジョンに至っては、一層にモンスターも罠もないところもあるらしい。最低限、開口部としての機能さえあればいいという判断で、罠だのモンスターだのを配して維持コストをかける必要すらもないという意識なのだろう。
「ほぅ……。なるほど、これはたしかに……」
階段を降りたグラが、感嘆するように呟いた。その視線の先に広がっているのは、水と光の織りなす青の世界。見上げれば、陽光が波の凹凸に沿って網の目に歪んで揺蕩う光景。水面を裏側から眺めるという経験は、この世界においては他ではなかなかできない経験だろう。
海面から差し込んだ光のカーテンの中を、黒々とした魚群が通り抜け、海底の岩場はまるでスポットライトに照らされてるように、その重厚な姿を露にする。色とりどりの魚が悠々と頭上を泳ぎ去り、遠方には鮫か海豚のような、大きな影も朧げに見えた気がする。
まるでアクアリウムのような美しさだが、これは誰の手も入っていない、天然の光景だ。天然でありながら、完成されすぎている。あまりにも出来過ぎた景色。
「綺麗だ……」
ついつい言葉が溢れた。
まるで、水族館のような――否。確実にそれ以上のインパクトを持った、文字通りの意味においての海中ダンジョン。それが、北大陸一美しいともいわれる、ゴルディスケイルのダンジョンである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます