第38話 ゴルディスケイルのギミック

「さっぶ!」


 思わず声に出してしまう程、このダンジョンの気温は低い。ガラスのようなものでできた、床も壁も天井も透明な通路は、海中の温度を伝えてくる為、常に気温が低めに保たれているらしい。

 とはいえ、これが氷だったら大変だった。ダンジョンはその生態的に、壁や天井などの構造体は、かなり頑丈になっている。生半可な方法では破壊など不可能な程に。

 そうなると、もしも通路を氷で作ったらどうなるか。溶けない氷でできた通路ができあがるわけだ。勿論、他の素材で作った場合よりは脆くなるだろうが、少なくとも、ただの温度変化で溶けるという事はない。また、当然ながら氷の温度は〇度以下だし、気温もそれに近付いていく事になるのだ。


「なるほど。気温を低く保つ事で、人間の活動量を低下させ、攻略を阻害するというギミックですか」

「いや、たぶんこれはダンジョンコアの狙いじゃない。単に、考えなしに作ったらダンジョン内の温度が下がっちゃっただけだ」

「ほう……。その心は?」

「グラのいう通り、こんな低温の層を作っちゃったら、人間の活動量が減っちゃうからさ。こんな浅層で作っちゃうと、侵入者そのものの数が減っちゃって、DPの吸収が覚束ない」

「たしかに……」


 グラは考え込むように、おとがいに指を這わせつつ頷いた。そういうエリアはたしかに侵入者の侵攻を阻むのに有効ではあるが、できるだけダンジョンの奥に作らねば、意味がないのだ。

 苦労してダンジョンの奥に侵入を果たした冒険者たちが、灼熱や極寒のエリアを目の当たりにして、装備の不足で引き返さなければならないともなれば、こちらとしては万々歳。侵入者に、二往復分のDPを落とさせる事に成功するのだから。

 だが、こんな浅層では意味がない。

 勿論、このゴルディスケイルのダンジョンの攻略が困難とされているのは、なにも気温だけの問題じゃない。むしろ、その程度の支障は枝葉末節でしかない。


「では行きましょうか」

「あ、ちょっと待って」


 迂闊に透明な通路に進もうとしたグラを引き留め、僕は通路の先に、違和感がないかをたしかめてから、扉に手をかけた。果たして、扉は普通に開き、その先に透明な通路が続いているのみだ。


「ショーン?」

「いや、このダンジョンね、所々水没しているんだよ。だから、不用意に扉を開けると、最悪溺れ死ぬ」

「は?」


 僕がアルタンの町で集めた情報を開陳すると、グラが素っ頓狂な声をあげた。いやまぁ、その気持ちはわかる。が、これもまたゴルディスケイルのダンジョンコアにとっては、生きる為に必須のギミックなんだと思う。

 いうまでもないが、この水没ギミックは侵入者が多ければ多い程、効果を発揮する。一つのミスで部隊が全滅する惧れすらあるのだ。ダンジョン探索に不慣れな連中に、先導を任せるなど自殺行為もいいところだろう。というか、冒険者だって率先してもぐりたくはないだろう。

 厭らしい事に、ガラスの透明度はかなりこの辺りの海水に近いもので、判別が難しい。


「いえ、それはダンジョンを塞ぐ行為でしょう? 生命力の充溢支障で枯死しますよ?」

「まぁ、普通に考えればそうだね」


 生命力の充溢支障というのは、外部から故意に起こされたものを除き、ダンジョンの構造的な欠陥による自滅の事だ。簡単にいえば、この世界のダンジョンにおける、アリアドネの糸だ。

 ダンジョンという生物の生態において、入り口の開口部と最奥の間は、必ずつながっていなければならない。その理由が、DPをダンジョン内に充溢させる為であり、それはダンジョンの最奥から開口部に向かっていくようになっている。生命力の充溢支障というのは、要はそのDPの循環が滞り、いつの間にかその部分がダンジョンから放棄されてしまう現象の事をいう。大規模になると、それこそ地中に孤立してしまい、グラのいう通り枯死してしまう。

 僕なんかはそれを、ダンジョンの窒息と呼んでいる。DPを生命力と呼称するのも、もう違和感を覚えるしね。ちなみに、ダンジョンを塞ぐ行為は、水で満たすだけでも該当する。オニイソメちゃんのエリアで確認済みだ。


「たしかに、通路を塞ぐ行為は、ダンジョンにおいては御法度だ。その愚をまさか、ダンジョンコアが犯すはずもないだろう?」

「それもそうですね。ダンジョンを塞いで一番困るのは、そのダンジョンのコア本人なのですから」


 だからダンジョンにおいては、開口部や、必ず通らねばならない要所を塞がれたりすると、コアはそれを解消する為に、絶対に行動を起こす。形振り構わず、アリアドネの糸を通そうとする。それこそ、氾濫スタンピードを起こしてでも。

 人間側も、出入り口を塞ぐという試みは、当然行った歴史がある。が、その際には大規模な氾濫スタンピードが発生し、大きな被害を生んだ。以後、ダンジョンを物理的に塞ぐ事は、人間社会においてもご法度とされている。


「では、そこになにかギミックがあるのですね?」

「まぁね。とはいえ、それはここのダンジョンコアが考えた仕掛けであって、僕がドヤ顔で語れるようなものではないんだけれどね」


 苦笑しつつそう言う僕に、早く先を言えとばかりに、無表情のまま無言で催促してくるグラ。肩をすくめつつ、僕は話を続ける。


「生命力の充溢支障は、ある程度長期間、その場所をDPが循環していない環境で発生する。であるならば、定期的に水を抜いて道を通せば、問題なくそこを維持できるだろう」

「それはそうですが、定期的に開口部と断絶するようでは、やはりダンジョンの維持に支障を来すのでは? あなたの言を借りるなら、窒息でなくても酸欠になりますよ?」

「なにも、すべての道を水没させるわけじゃない。常に、最奥から開口部まで、一本か二本の道を通してさえいれば、ダンジョン全体が枯死する危険は避けられる」

「なるほど。別の場所の水を抜いている間は、その場所を水没させるのですね。それにより、地上生命たちに攻略ルートを作らせないという工夫ですか」

「その通り。ついでにいうと、このギミックは一種の漁なんだよ」

「漁、ですか? ああ、なるほど」


 僕らもまた、同じように侵入者以外からもDPを得ているからこそ、即座にグラがその意図するところを理解し柏手を打つ。


「海棲生物の生命力を糧とするのですね。大型の海棲生物の生命力は、人間の平均よりは多いでしょう。安定したDP供給源の確保と、侵入者どもの探索を阻害するギミック。ゴルディスケイルのダンジョンコアも、なかなかやるものです」


 感心するような、どこか誇らしげに腕組みをして頷いているグラ。だが僕は、そんな彼女の勘違いに釘を刺す。


「うん、まぁ、もっと深いダンジョンだったらね」


 温度の件でもそうだが、おそらくゴルディスケイルのダンジョンコアが目論んだのは、DPの安定供給だけだろう。なぜなら、水没ギミックが二層にあるせいで、このダンジョンは攻略をほぼほぼ放棄され、侵入制限のみの、いわば兵糧攻めをされている状態なわけだ。

 海棲生物というDP供給源があるおかげで、バスガル程切羽詰まってはいないものの、これ以上の発展が著しく困難な環境にある。狙ったのならただの自殺でしかない為、この状況はゴルディスケイルにとっても不本意なものであるはずだ。

 まぁ、現状を正確に把握していれば、という注釈は付くが。


「ねぇ、それよりもさ……」

「ショーンも気付きましたか?」

「うん、まぁ、丸見えだしね」


 このダンジョンの二層は、とても見晴らしがいい。通路も罠も透明なのだからある意味当然だが、だからこそ、気配を読むとかいうファンタジーな技能を有しない僕らにとっても、それはハッキリとわかった。

 先程、僕らが降りてきた階段から、続々と人が降りてきている。この、不人気なゴルディスケイルのダンジョンの、さらに二層に、だ。

 不穏な状況に、僕らは顔を合わせて首を傾げた。



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