第39話 ダンジョンチェイス

 〈5〉


 いやいやいや。面倒臭い、面倒臭い。なんだこの状況?

 姉弟を追ってゴルディスケイルのダンジョンに這入った俺は、思わず声をあげそうになった。だってそうだろう? あの姉弟がなんの為にこのダンジョンを訪れたのかは知らないが、その後を数十人の人間が尾行しているのだ。

 しかも、それは一つの意志を持った集団ではない。諸勢力が牽制し合いながらも、目的をいつにしているだけの烏合の衆だ。


「比較的まとまっているのはやはり、タチの集団だな」


 ランブルック・タチの諜報集団は一番人数が多く、二〇名程度がこのダンジョンに入っている。これも、半分は地上に残してきた諜報員との連絡要員だろう。動きも洗練されているし、そつなく姉弟を追跡している。

 まぁ、このダンジョンだと、どうしたって二層では相手に視認されるだろうが……。このダンジョンは誰かを密かに尾行するのに、とことん向いていない。なんせ、スケスケだからな。しかも、あの人数だ。

 まぁ、そうなっても、通りすがりの冒険者を装うのだろうが、問題は尾行者が多すぎる点だ。


「大公と教会の手の者も、いまは問題ない」


 双方ともに五人しかおらず、こちらはその全員が地上との連絡要員だと思われる。ゴルディスケイルの一層は、危険度はかなり低い為、単独での行き来が可能である。

 双方ともに、実働部隊がまだこの島に辿り着いていないというのも大きい。彼らが本格的に動くとすれば、明日からか。


「んで、一番の問題が……」


 諸勢力入り混じった、監視要員たち。これが非常にマズい……。各勢力からそれぞれに指示を出されて動いている為、足並みを揃える事は叶わず、小競り合いや、本格的な殺し合い一歩手前までいっている連中までいる。

 別に、こいつらがどうなろうと、俺の感知するところではない。なんなら、タチや大公、教会の手勢を含めた全員が死のうと、俺の知った事ではないのだ。

 問題は、こいつらに状況を引っ掻き回されて、なにも得られず終わる事だ。


「やっぱり、姉弟がなにをしに、このダンジョンを訪れたのか、だよなぁ……」


 もしも監視の多さ、諸勢力入り混じっている面倒臭さを察知した彼らが、目標を放棄してしまえば、その目的は最早探りようもない。だが、できれば俺は、ここで彼らの目的や、その意志を確認しておきたい。

 姉弟の動きは、あまりにも各方面に接触を持ちすぎている。その先に、どのような展望があるのかによって、俺の所属する勢力と姉弟との関係も変わってくる。

 もしもであれば、あの集団を用いてでも、ここで姉弟を潰しておくべきなのだ。

 だがどうする?

 あの集団に先んじて、秘かに姉弟の意志を確認する方法を考えるも、妙案は浮かばない。いっそ、直接接触して聞き出すかとも考えるが、どう考えても警戒されて、まともな返答はされまい。時間を浪費して、結局は疑心暗鬼になるのがオチだ。

 そもそも先の暴動騒ぎで、姉弟も他者からの接触には慎重になっているだろう。俺はあのとき、一応敵側として顔を合わせちゃってるしなぁ……。


「まぁ、たしかにアレを起こしたのは俺だから、自業自得ではあるんだが……」


 警戒はもっともだ。いっそ、こっちの素性もすべて晒しちまうか? そういう意味では、このダンジョンはお誂え向きなステージではある。身分証明も容易だ。


「だだの場合、それは悪手なんだよなぁ……」


 無駄に手札を切ってしまうのは悪手でしかない。もしもあの姉弟が俺たちの敵であるなら、味方を危険に晒す真似でもある。

 結局のところ、姉弟の底意を確認できねば、大胆な手段は取りようがない。できれば、姉弟の方から明かしてもらいたいものだ……。


「ま、望むべくもないか……」


 姉弟の考えを確認する為、ここは多少のリスクを甘受してでも、接触を図ろう。最悪、主人からは大目玉を食う事にはなるだろうが、メリットとデメリットを思えば、メリットの方が大きいはずだ。

 そうと決まれば善は急げ。俺はそそくさと準備を整え、連中を追い抜くべく足を早めた。まずは、普通に接触を図ろう。


 ●○●


 普段、ゴルディスケイルのダンジョンに侵入する冒険者は、それ程多くはない。一日、数十人といったところだ。アルタンの冒険者ギルドの資料で確認している。

 それがたまたま、いま、あそこに集中している可能性は、なくはない。多少不審ではあるが、取り立てて気にするようなものではない。


「しかし困ったなぁ……。このダンジョン、スケスケだから秘密裏にダンジョンコアとの接触をするのに、あまり向いていないんだよなぁ……」


 それでも、普段なら人がいないうえに、近付いて来れば丸見えなので、逆に密会には便利ではあるのだが、あの人数が一緒ではなぁ……。


「探索をしていれば、適当に散るでしょう。それ程懸念するような事でもないのでは?」

「いや、このダンジョンの場合、そうはならない」


 普通のダンジョンでは、攻略ルートが確立されていないところにおいては、冒険者パーティは独自に調べたルートで探索する。無闇に他者の跡を尾ければ、襲撃や泥棒を疑われるし、他人に進行ルートを委ねるとなると、今度は逆にそれらのリスクを負う事になる。

 あとは、罠やモンスターの分布等を考慮して、各パーティごとに適正に合わせたルートを選定するのが普通だ。その為、ダンジョン内には適度に人が散る。だが、このダンジョンではそうはならない。


「言ったでしょ? たしかにこの二層、攻略ルートが確立される事はないんだけれど、その代わり正解のルートが一つか二つに限られるんだ」

「ああ、なるほど。つまり、その正解のルートに人が集まってしまう、と」

「大正解」


 困った事に、このダンジョンの二層においては、他人の跡を尾ける事はマナー違反ではない。正解でないルートを選べば溺れ死ぬ危険があるのだから、後続は透明なルートを進んでいる先駆者を追いかけるのが、一番安全な探索方法になる。

 まぁ、その分一網打尽にされる危険もあるが……。


「マズいなぁ……。これじゃあ、向こうのダンジョンコアも接触してこれないだろ」

「どうします?」

「うーん……」


 この海中ダンジョン。三層以降もずっと透明な通路を、海中に進んでいく構造なんだよなぁ。冒険者ギルドに提供されている情報も、三層まで。それ以上の深さまでもぐっている冒険者もいるらしいが、彼らにとっても飯の種の情報を、軽々に他者に教えるはずもない。

 だから、このまま進んでもいいものか、少し悩む。いっそ、今日は諦めようかとも思うのだが、ゴルディスケイル島の宿の高さを思えば、正直ダンジョン内で野営する方がマシに思えてしまうんだよなぁ……。


 どうしようかなぁ……。



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