第40話 【先導者】

 最悪、今日は一層に戻って野営という選択もアリだ。あの人たちをやり過ごして、ゴルディスケイルのダンジョンコアとの接触は明日に回してしまえばいい。

 この層で泊まるのは、勘弁して欲しい……。寒いから……。


「グラ、僕らは観光半分研究半分といった態で、進行速度を落とすよ」

「了解しました。まぁ、まるきり嘘というわけでもありませんしね」


 それはその通り。海中ダンジョンという珍しいダンジョンの見学に来たというのも嘘じゃないし、それをなんとかしてウチに取り入れられないかと思っているのも事実だ。

 表向きには、ダンジョンの研究者という肩書きもあるし、それ程不審がられる事もないだろう。


「はぁ……。それにしても、本当に綺麗だな……」


 ガラス越しに広がる海中の世界を眺めて、染み染みとそうこぼす。ゴルディスケイルのようなダンジョンを作って、そのまま深海へと延伸していったら、労せず深海の観測が可能になるのではないか? もしそうできたなら、現代地球よりも安全確実に深海研究が可能になるのではないか?


「なんて……。まぁ、やらないけどさ……」


 もしそれをやれば、僕はそればかりに専心してしまう自信がある。他にやらねばならない研究や仕事が山積しているというのに、すべてを蔑ろにして己の目標に邁進してしまう、あの母の血が騒いでしまうに決まっているのだ。


「ショーンのやりたい事であれば、やれば良いでしょう。共に生きて欲しいという私の願いは、なにもやりたくない事ばかりを優先してやって欲しいという願望ではありません。人間などよりもはるかに長い、永い時間を共にするのです。むしろ、あなたにはあなたのやりたい事を、我慢せずにやって欲しい。なんでも、望みのままに、その知的好奇心の赴くままに。私の望みは、あなたが自由に、化け物ダンジョンとして生きてくれる事です」


 別に、ダンジョンや【魔術】の研究、人間社会への潜入工作を、やりたくないわけじゃない。必要な事ではあるが、負担というわけでもない。

 生きる為にやらねばならないからやる。人間にとって、学校に行ったり仕事をしたりという活動が必要不可欠なように、それらの行動もまた、僕らにとっては必要不可欠なのだ。それは、食事や睡眠のように、生命活動に必要というわけではないが、社会性を有す動物である人間として、必要なのだ。


「それに、好き勝手にしてばかりだと、安易な方に流されちゃうだろう? それで結局追い詰められるなんて、借金で首が回らなくなるヤツみたいで、格好悪いじゃん?」

「それはたしかに……。ですが、あなたが私と共に生きるという事が、多大な負担となっているのでは、と……」

「負担ねぇ……」


 どんな生き方をしたところで、それこそ野生で獣のごとく過ごしたとて、やらなければならない事はなくならない。逆に、すごいお金持ちになろうとも、きっとやる事というのはなくならないだろう。

――グラと生きる道でも、そうでない道でも。


「君と生きる為であれば、その程度の荷は背負わせ、担わせてくれよ。それ以外の道なんて、僕は歩みたくないんだからさ」

「ショーン……」


 安堵の滲むグラの顔に笑いかける。

 そうだ。僕は化け物として生きる道を選んだのだから、それに伴う負担は当然の責務だ。研究も、潜入も、殺人も、食人も。


「しかし……」


 僕はガラスの向こうの海中の、さらに向こうを覗いて眉根を寄せる。


「あの人たちはホント、なにをしてるんだろう……?」

「さぁ?」


 僕らはダンジョン内をつぶさに観察しつつ進んでいる。当然、その探索ペースは遅い。

――が、僕らを追い越したのは十数人で、このダンジョンに入ってきた大半の人間が、なぜか僕らの後方に残ったまま、所在なさげに一層から降りてくる階段の近くで屯ろしている。

 なにしてんだ、ホント?


「先に行った連中も、我々を気にしているようです」

「そうなの?」


 グラが言うには、チラチラと僕らの様子を窺っているらしい。斥候としての後方確認じゃないかとも思うのだが、それにしても頻繁すぎるとの事。ついでに、探索ペースが遅い僕らと、進行度が大差なくなっているらしい。


「もしかして、囲まれている?」

「可能性はありますね。どこの誰かは推測がつきませんが、前方と後方に陣取られ、側面に逃走する術はありません。典型的な挟撃の態勢です」

「そう、だね。でもなぁ……」


 本当にかれらの目的が襲撃なら、一層でやるだろう。どうしてこんな、スケスケの二層で襲う? このダンジョンは、多ければ一日に数十人もの冒険者が足を踏み入れるんだぞ? それは、ダンジョンとしては少ないが、暗殺や襲撃のポイントとしては、賑やかにすぎる。おまけにこの立地だ。標的には警戒され、余計な目撃者が増える可能性が高いという、暗殺にはとことん不向きな立地である。


「最悪を想定しましょう」

「まぁ、そうだね……」


 たしかに備えは必要だ。実際に襲われてから慌てて準備するなんて、バカみたいだ。といっても、ここはダンジョン内で、一応僕らは探索中だ。戦闘準備はダンジョンに潜る前から完了しているし、準備らしい準備なんて必要ない。

 まぁ、一応目に見える形で武器を抜いておけば、相手方にもこちらが警戒態勢である事は伝わるだろう。グラの場合、刀を提げている状態が、既に臨戦態勢だから、威圧という意味では弱い。その点、【頬白鮫ホオジロザメ】は威圧感抜群だったのだが、デカくて重いのと、最近グラが刀にハマっているので、アルタンの屋敷に置いてきたんだよねぇ。


「ま、襲ってきたら反撃するって事で」

「待ってください。一人、近付いてきます」


 見ればたしかに、後方から一人、透明な通路を進んでくる冒険者がいる。斥候か軽戦士らしい軽装。腰にはノバキュラと呼ばれる、鎌のような短剣。ツンツンとした金髪に、特徴的な濃紫色のゴーグル。

 アルタンで見た顔だ。そして――聞いていた顔だ。


「あー……、ど、どうも……」

「「…………」」


 近付いてきた男が、ヘラヘラと片手をあげて挨拶してくるが、僕らは一切警戒を解かない。むしろ、さっきよりも警戒を強めている。当然だろう。



「――どうも、【扇動者】の【先導者】さん」



――こいつが、先の暴動騒ぎを起こした、最有力の容疑者なんだから。



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