第41話 遠回しな質問
情報屋レヴン。
先の騒動では、冒険者ギルド
思い返すと、上手い立ち回りだ。【扇動者】側にいても、ギルド側にいても不自然でない立ち位置を確保し、安全な形でウチにちょっかいをかける。危険からは、【
僕ら姉弟とラベージさんとのつながりを知っていれば、わざわざ【
とはいえ、【
つまり、この人が安全にあの事件から離脱できたのは、結構運もあったんだよ、って話。
「【先導者】だぁ? おいおい、俺は単に、アルタンのギルマスに頼まれてだなぁ」
「ああ、その辺りの弁明は結構。こっちも、既にたしかな筋から情報を得ていますので、下手な口上はみっともないですよ」
「へぇ……」
レヴンは底冷えのするような声音で、口元に笑みを作る。だが、彼の唇以外のすべてが笑っていない。むしろ、ビリビリとその警戒心が伝わってくる。
「んまっ、たしかにみっともねーわな。バレた悪戯を、やってねぇやってねぇと喚くガキみてぇな真似は」
「ええ。僕らとしても、別にあなたに対して思うところがあるわけじゃありませんしね。ただ、気になる事がないわけでもない」
「当然だろうさ」
肩をすくめつつため息を吐くレヴン。だがやはり、そんな仕草を見せつつも、一切隙はない。
「とはいえとはいえ、俺にだって言えない事はある。すまじきものは宮仕え、すさまじきものも宮仕えってね」
「まぁ、根掘り葉掘り聞くつもりはありません。ですが、これすら答えられないというのであれば、今後僕らは没交渉です」
「それは困る。ウチの上は、あんたたち姉弟に結構興味津々なんだ。できれば、良好な関係を築きたい」
良好な関係って……。人ん家に何千人もの暴徒を
当人もそれがわかっているのだろう。言った側から、茶化すように今度こそ少し警戒を解きつつ肩をすくめ、空気を弛緩させる。だがすぐに、真剣な表情に戻って問い返してきた。
「んじゃ、その御用件ってのを窺いましょ。願わくば、俺に答えられるもんであってくれよ?」
「簡単な質問です。イエスかノーで答えられます。むしろ、それ以外の応答は、はぐらかしと判断します。いいですね?」
詰問するような注意にも、レヴンは鷹揚に両手を開いて、どんと来いと示す。僕は一度グラを振り向き、なにがあってもいいようにだけ、アイコンタクトで注意を促す。そして、彼へと向き直る。さぁ、この男が僕らの敵か、味方か、たしかめよう。
「君は――グレイの使い?」
一拍の沈黙。
「はぁ? グレイって誰よ?」
そして、レヴンは心底質問の意味がわからないというような、素っ頓狂な声で聞き返してきた。これが演技である可能性はあるが、彼が本当はグレイの手の者だったとして、わざわざそれを隠匿するだろうか? 彼がグレイ本人とかならまだしも。
「じゃあ次の質問」
「ちょい待ち! 一個答えたんだ。どうせなら、こっちからも一個聞きたい」
レヴンが片手をあげて僕の言葉を遮りつつ聞いてきた。僕は少しだけ考え込んでから提案する。
「ふぅむ。いいだろう。お互いに聞きたい事を交互に聞いていこう」
「よし。じゃあまず、どうしてこのゴルディスケイルに?」
「研究と観光。ついでに、会いたい人に会えたらいいなぁ、程度のものさ」
まだレヴンの正体がハッキリしない為、回答もぼやけてしまうのは仕方がない。
要領を得ない答えに、レヴンも首を傾げる。
「会いたい人?」
「次はこちらからの質問。君は、誰からの使い?」
「軽々には明かせない、然るお方からの使い、としか……」
なんだよ。それじゃまるで、こないだのヴェルヴェルデ大公の使者みたいじゃん。もしかして、本当にどこぞのお偉いさんからの使いじゃないだろうな? あんな面倒な連中と付き合うのは、もうお腹いっぱいだぞ?
質問の答えになってないし……。まぁ、答えられないものは、答えられないでいいんだけれどさ……。
「次は俺から。どうやら君たちは、商人、冒険者ギルド、領主と強いつながりを持っているようだが、それはどの程度親密なのかな?」
うん? これはどういう意図があっての質問だ?
「どの程度? ある程度としか言いようがないね。論旨をハッキリとさせてくれないと、答えようがない」
「わかった。例え話にしよう。付き合いのある商人たち、冒険者ギルド、領主、優先順位をつけるならどの順だ?」
やっぱり質問の意味がわからない。
「その三つであれば、領主、ギルド、商人の順になるでしょう。普通に」
「ああ、まぁ、そうだな……。すまん、忘れてくれ。質問の仕方というか、質問そのものを間違えた」
「はぁ……」
なんか、面倒臭いな。まだるっこしい掛け合いに、背後からイライラのオーラがヒシヒシと漂っている。グラって、理知的に見えて他人に煩わされるような事態には、短気なんだよなぁ。
もういいか。もしもこの人が無関係のただの使者で、それこそどこぞのお偉いさんからの使いとかだったとしても、口封じをしてしまえばいい。いよいよ僕も、損得で人を殺すようになるのか。
それくらいの決意をもって、僕は次の質問を投げかけた。
「じゃあ次の質問――」
さりげなく僕は腰の【撞木鮫】に手をかける。背後でも、鯉口を切る音が聞こえた。以心伝心で、僕の覚悟が伝わったようだ。レヴンも、さりげなく腰の短剣に手をかける。
「――君は、どこのダンジョンコアの使い?」
ド直球の質問。再びの静寂に、漂う緊張感。今度の沈黙はすぐには破られず、重く重くのしかかる。いよいよ僕の手は【撞木鮫】に触れ、ワンアクションで投擲できる構えになる。背中の向こうからの威圧感も、先程までのイライラではなく、研ぎ澄まされた鋭いものへと変じている。レヴンも、いよいよ腰を落とし始めたが、どこか逡巡するような様子も窺えた。
流石に、ここまでストレートな質問をするとは、思っていなかったのだろう。あるいは、人間だから意味がわからないか?
ここまでは、互いに遠回しな質問を繰り返しつつ、お互いがダンジョン側の存在であるという確信を得たかったのだろう。とはいえ、ここは僕らのダンジョンではないし、この様子ではレヴンもゴルディスケイルの手の者ではないのだろう。
ここのダンジョンコアには、僕らが人間でない事など、感覚だけで丸わかりだろうし。
しかし、もしも相手が人間だった場合を思えば、お互い最初にボロを出すわけにもいかない。僕のような半端者ですら、口封じをせねばならないと覚悟をする程の、危ない橋だ。
それが、さっきのまだるっこしいやり取りの理由である。
果たして、沈黙は破られた。またも、レヴンの口から。
「俺は、ニスティス大迷宮のダンジョンコア様の使者だよ」
大物は大物でも、ダンジョン界の大物でした……。
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