第36話 ハリュー姉弟の弱点

 私の応諾に、チューバは笑みを深くする。


「よぉし。どうせだったら、調子こいてるガキどもを、徹底的に叩き潰してやろうじゃねえか!」

「徹底的に、とは?」

「なんだなんだ、お高くとまってるとそんな簡単な事もわからねえのかい?」


 チューバの物言いに、ムッと表情を歪めるも、ヤツのヘラヘラとした態度は変わらない。


「ハリュー姉弟には、あからさまな弱点があんだろ?」

「弱点だと?」

「なんでもあの姉弟、使用人に対しては随分とお優しいらしいじゃねえか。だったら、そいつらを人質に取るなり、ぶっ殺してその首を足元に投げつけるなりすれば、最っ高に面白ぇ顔すると思わねえか?」

「…………」


 なんとも下衆な発想だ。だがしかし、たしかにあの悪魔は使用人に、必要以上に甘い顔を見せていた。もしかしたら血縁者や、乳姉弟だったのかも知れない。あるいは、婚約者という可能性もある。そうだとすれば、人質としての価値は、たしかに高い。

 発想は本当に下種ゲスであり、俺がこれまで相手にしてきた王侯相手には、絶対に取ってはいけない禁じ手だ。即座に思い至らなかったのも仕方がないだろう。だが、たしかに有効であり、あの悪魔に相応しい処遇だといえる。


「どうせなら、徹底的に、だ」


 繰り返すチューバの悪どい笑みに、我知らずごくりと喉が鳴った。


「徹底的に、か……」

「そうさ! 徹底的にだ。いいか? ムカつくヤツをブチのめしたいときってなぁ、手心を加えたらダメだ。そんな甘さは、必ず己の不利益となる」

「…………」


 もっともらしいチューバの言葉に、つい聞き入ってしまう。なにせこの男は、あの【客殺し】なのだ。本当に、気に食わない相手を、保身すら考えずに手を下した男だ。勿論、そのせいで不利益を被ったという反論は可能だったが、手心を加えていたらもっと最悪の事態になっていたと言い返されるのがオチだ。そしてそれは、必ずしも間違いではない。


「それに、遺恨ってなぁいつまでも胸に蟠るぜ? 思い出すたびに胃がムカムカして、酒を不味くする。だから、な? 一度暴虐に手を染めると決めたら、頭の先から爪先までこの沼に浸かりな。その方が、いろいろとスッキリするぜ?」

「……そうだな……」


 どうせやるなら徹底的に、あの姉弟を破滅させよう。あの澄ました顔を、ガキらしい泣き顔に染めて、そのうえでヤツの希望をすべて踏み躙るのだ。

――それはきっと、きっと楽しい。


 俺はもう、少女の骸を振り返る事なく、そう思った。


 ●○●


「あん? この気配は……」


 俺サマは朝の毛繕いの最中、ダンジョンに侵入してきたおかしな気配に気付いた。経験上、この気配は他のダンジョンからの使者のものだ。

 俺サマのこのダンジョンには、西にニスティス大迷宮という、地上生命どもどころか、同じダンジョンコアにすら名の知れた深いダンジョンがある。

 当然ながら、争っても勝ち目がない俺サマは、使者を送り合って不可侵の約定を取り付けている。だから他のダンジョンの使者の気配を感じるのも、初めてではない。

 まぁ、ニスティス大迷宮のコアからすれば、格下の同族を狩ってまで深くならねばならぬ程、切羽詰まってはいないのだろう。屈辱ではあるが、実際太刀打ちできるはずもないので、ありがたくはあった。

 地理的に隣接しているといっても、間に大きな半島を挟み、直線距離ではかなり離れているという点も大きかった。

 ただ、惑星のコアを目指して深くなっていけば、いずれは接触は避けられない。俺サマはそのときの為に、ずっと準備をしている。

……とはいえ、いつまで経っても俺サマのダンジョンには地上生命の侵入が増えず、糧はむしろダンジョンに取り込んで殺す、大型の魚や海棲の哺乳類といった、地上生命ではなく海中生命がメインといっていい。


「そんな俺サマのダンジョンに、他のダンジョンからの使者だと?」


 ニスティス大迷宮からの使者であれば、いよいよ俺サマのダンジョンが領域拡大の支障になり、約定を反故にするという宣戦布告の使者か。あるいは、東にあるという、俺サマと同規模のダンジョンコアからの使者という場合もあり得る。

 いや、もしかすれば、以前訪れたグリマルキンと名乗るダンジョンコアからの使者かも知れない。

 まぁ、思い当たるのはこの辺りか……。元々ダンジョンコアは独立独歩が基本。特に利害がぶつかり合わなければ、一生関わり合いにならない事もザラだ。


「うん? なんだ? この使者、地上生命に尾行されてんじゃん」


 侵入してきた使者は二人。視覚を飛ばして確認してみれば、同じ姿の人間っぽいヤツだった。これは、俺サマにもわかる悪手だ。人間ってのは、個々人で結構姿に差異がある。勿論、俺サマたちダンジョンコアからすれば区別なんて付くようなものではないが、然りとて人間どもにとっては、ちょっとした違和感でも勘付かれる切っ掛けになるようだ。

 俺サマだって、一、二度は密偵を送り込んでみたが、悉く地上で討たれた。それくらい、人間どもに潜入工作用のモンスターを送るというのは、難しいのだ。

 その点を踏まえれば、この二人はよくもまぁ、ここまで至れたものだと感心する。まぁ、違和感を感じ取られて、だからこそ尾行されてるんだろうが。


「さて、どうするか……」


 人間に尾行されている使者と接触を図るか、否か――……うむ。否だな!

 危ない橋を渡る必要はない。向こうからなんらかのアクションを起こさない限り、俺サマはこいつらには手を出さん。ダンジョン同士で使者を交わすという行為は、地上生命どもに知られるわけにはいかぬもの。万一これが知れれば、いま以上にダンジョンの出入り口は厳重な監視下におかれる惧れがある。

 俺サマのダンジョンだけではない。世界中のダンジョンでそうなる危惧になるのだ。我ら地中生命がいかに優れた種であるとはいえ、やはり地上は敵地であり、行動にはいくつもの障害が付き纏う。慎重になるのも当然だろう。故に俺サマは、二人の動向を注視する。

 この二人がなにをしにきたのか。そして、背後の人間どもをどうするのか……。このときはまだ、そんな悠長な事を考えていられた。


「いやいやいや!! 尾行の数が多いっつのっ!!」


 二人を追ってダンジョンに侵入してきた人間が五〇人を超えたところで、俺サマは思わず声をあげた。いくらなんでも、人間社会に潜伏するのが下手すぎるだろ、この使者たちっ!!

 そして、さらなるダンジョンコアの使者の気配を感じ取り、俺サマの混乱は最高潮に達した。



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