第15話 ニコイチ実験


 ジスカルさんたちが帰ったあと、僕は早速ポーラ様に手紙を書く。本当に急で、平民のくせに領主の娘を呼び出すという無作法を働く事にはなるが、事は政治的な厄介事を孕む。ゲラッシ伯の側からしても、現状に介入したいだろうから、必ずしも失礼として突っぱねられる事はないだろう。


「それにしても……」


 せっかくバカンスに来たというのに、次から次へと厄介事が舞い込む。体感でも久しぶり、転生してから初めての海だというのに、釣りをする暇もないではないか。

 ああ、そういえばゴルディスケイルの海中ダンジョンにも行かなきゃなのに、あそこは船を使わないと辿り着けない。その予定も組まなければ……。家も買わなきゃだし、そして、選帝侯からの使者にも会わないわけにはいかない。それに加えて、日課である魔力の理の研究――幻術、死霊術の訓練に、オリジナル術式の開発に、装具作成の訓練。新たに、ジスカルさんからの依頼である義手を覆う幻術の装具の作成。まぁ、これは材料さえあれば、ほとんど【便利な手アドホック】の流用なので、そこまで難しくはない。だが、あまりにもタスクが重なりすぎているッ!!

 いやまぁ、その内予定も空くだろうから、後回しにするしかないのだが……。はぁ……。【魔術】の研究と、ダンジョンの発展の事だけ考えて生活したい……。


「私としても、それは深刻にそう思っているところではあります。あなたは少々、自らを酷使しすぎです。依代は並の人間よりも頑丈に作られてはいますが、それでもダンジョンコア程無理の利く作りではないのですよ?」

「いやまぁ……、それはわかってるんだけれどね」


 とはいえ、僕らの身の安全と、いずれは広大なダンジョンを作りあげる為の布石だ。ひいては、グラの為だ。そう思えばこそ、過密なスケジュールであろうとこなす意義はある。


「そうだ! 一回使ってみて【天邪鬼】に関する問題点を解消する仮説を考えたんだ」


 僕は話題を変えるように、そう切り出した。あのオーカー司祭に対して使った【曼殊沙華】のキーワードはやはり長すぎた。あんな長台詞を、戦場において敵の眼前でダラダラと唱えていたら、すぐに集中放火されてしまう。モンスターが相手でも、余計な注意を惹いてしまうだろう。

 グラは若干呆れつつも、僕の改善案に対して興味があるのか、顔を寄せてくる。僕の投影している、幻術のモニター――【フェネストラ】を覗くグラが、その理の組み合わせを読み解く。まぁ、大まかな図で、幻術に疎い者でも一目瞭然なわけだが。


「なるほど?」


 グラは頷きつつも、訝しげだ。コンセプトは実にわかりやすいが、それが本当に可能か不可能か、判断が付かないのだろう。


「要は、マジックアイテムをニコイチにして、詠唱の簡略化を図ろうっていう、実に単純な解決案だよ」

「それはわかります。これならばたしかに、キーワードを半分程に削れるでしょう。ですが、理を別々に組んで、それが同時に発動したからとて、一つの術式として発動させられるものなのでしょうか……?」


 やはりそこだよねぇ。実際のところ、提案した僕ですら半信半疑だ。そこは、正直実験してみないとわからないと思っている。

 だが、このニコイチ実験が上手くいけば、結構応用が利くのもたしかなのだ。


「すべてがトントン拍子に進めば、【曼殊沙華】がなくとも【死を想えメメントモリ】を効率的に運用できるようになるかも知れない」

「ああ、なるほど。それを見据えるなら、たしかに有益な実験になりますね。私も興味があります。というか、もしも上手くいくとして、それはどこまで含まれるのでしょう?」

「どこまでとは?」


 グラの意図するところがわからず、僕は聞き返す。


「いえ、このニコイチ実験、ですか? この装具運用思想は、かなり画期的に思えます。勿論、想定される障害は多々ありますが、それらの解消が適えば、これまでは理同士の干渉で諦められていた装具を製作可能になるでしょう」

「そうだね。ああ、だとすると装具がコンパクトになるのか」


 魔力の理は、組み合わせ次第では干渉し合って不具合を発生させる。装備に際して、同じ部位にマジックアイテムを重ねられない最大の理由が、この理同士の干渉だ。

 これは、最悪マジックアイテムの魔導陣を破壊してしまう惧れすらあり、別々のマジックアイテムを接触させて保管するのは厳禁だ。これは、マジックアイテム運用の常識である。

 それは、一つのマジックアイテム内においても同様で、干渉し合って悪影響を及ぼす理同士は離して刻まなければならないし、相性のいい理であろうと、刻む場所が近すぎれば、やはり干渉し合って不具合を起こす。

 だが、そういう相性の悪い理をもう一つの媒体にまとめて刻めれば、かなりリソースに余裕ができる。質の悪いものや、小さな素材でも、装具にできるわけだ。

――と思ったのだが、それだけではないらしい。

 首を横に振るグラが、重々しい口調で告げる。


「それだけでなく、製作可能なマジックアイテムの幅が広がります。ショーンはまだ知らないでしょうが、属性術の中には極めて相性の悪い属性というのが存在します。光と闇がその典型ですね。これまでは、その属性を二つ装具に刻むのは、非常に困難でした。一つの装具内に刻み込もうとすれば、装具そのものを巨大にして、物理的に離さなければなりません。剣の切っ先と、柄尻に光と闇を刻もうとして、失敗した事例があります」

「それはまた……」


 想定していたよりも、随分と厳しいな。だが、そんな距離で干渉し合うというのなら、光の属性を付与したマジックアイテムを持つ者と、闇の属性を付与したマジックアイテムを持つ者が一緒にいるだけで、支障がでるのではないか? 僕も、グラが作ってくれた、証明用の装具を持っているが、これがいつの間にか壊れていたら困るぞ?


「いえ、その装具の失敗は、やはり同じ媒体上にあった為に、それだけ離しても干渉してしまったという事のようです。これは光と闇の属性の相性のみに絞った話ではありますが、別々の媒体であれば二〇センチも離せば十分かと」


 なるほど。それならまぁ、ある程度は管理しやすいといえるか。間違っても、同じ手の指には着けられないし、なんなら両耳程離しても干渉し合うだろうが……。


「なーほーね。だからニコイチ実験が成功するなら、光と闇のような相性の悪い属性術を組み合わせた装具が製作可能になるという事か」

「それだけではありませんよ。話は装具だけに限りません。属性術そのものにおいても、やはり理の干渉というのは頭痛の種でした。より高度で複雑な属性術を開発しようと思えば、当然その分刻み込まなければならない理が増えます。その理同士の相性をいちいち考え、干渉し合わないように術式に組み込むというのは、なかなか根気のいる作業だったのですよ。それを、術式を二つに分けて運用できるというのなら、新たな術式開発に莫大な可能性が広がります」


 いや、それは流石に無理じゃね……。一人で同時に二つの術式を詠唱するって事だろ……。

 あれ? でもそういや、僕は【嫌悪】を開発するまで、【恐怖】と【怯懦】はほぼ同時に詠唱してたっけ。じゃあできるのか?

 いやいや、やっぱり下級レベルの【恐怖】と【怯懦】でなく、複雑な理を二つ同時に刻んで、同時に使おうと思うとかなり厳しいんじゃないかな。


「なにより、まずこのニコイチ実験が上手くいくかどうか、わからないしね」

「はい。ですが、支障は解決可能なものばかりであると見ます。かなり有望な仮説かと」

「そうかな……」


 なんか、グラの想定が遠大すぎて、逆にとんでもない事のように思えてきた。本当にできるかな……?



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