第53話 ボーナスタイム突入!
●○●
「すげぇ……――」
思わず見入ってしまう程に、鮮やかな戦闘だった。
前衛のシッケス殿は勿論、前衛後衛の両方の役割をこなすグラ様、後衛と遊撃を担い、特に妨害においてはダンジョンの主である獅子頭のアリを完全に翻弄していたショーン・ハリュー。
シッケス殿やグラ様が危なげなく戦えたのも、幻術による妨害で敵が混乱していたから、という理由が大きい。派手ではないが、戦闘におけるショーン・ハリューの貢献度は、なかなか高いだろう。
無論、最前線で直接的と刃を交えたシッケス殿や、盾役もこなしつつ魔術師としてダメージソースとなったグラ様がいてこそのサポートではあるが。彼がいなければ、戦闘はもっと危険と隣り合わせのものとなっただろう。
この姉弟は、運やコネで上級冒険者に至ったわけではない。確実に、それだけの実力を秘めているからこそ、一足飛びに四級の資格を与えられたのだ。
横たわるダンジョンの主に、どこか同情を覚えながら、俺はそんな事を思った。
「これで一応、これ以上このダンジョンで宝箱が増える事はないでしょう。問題は、我々が見落としているものを、誰かが見付ける可能性ですが……」
ダンジョンの主を討伐したというのに、それに微塵も思うところなどないのか、そんな事を言いながら戻ってくるショーン・ハリュー。残りの二人も、その後ろをついて戻ってくる。
俺たち三人は、凱旋する英雄をささやかに出迎える。
「お疲れさまでした」
「ラベージさんたちも、警戒ありがとうございました。おかげで、戦闘に専念できました」
「いえいえ、結局奇襲もなく、モンスターも生みだされず、ただのカカシでしたよ」
「あなた方が警戒していたからこそ、ダンジョンの主も無駄だと諦めたのでしょう。僕ら三人だけだったら、絶対にモンスターを生んで手数を増やしてきたでしょう」
フォローするようにショーン・ハリューが言うと、グラ様がそれに頷きつつ肯定した。
「そうですね。我々が終始イニシアチブを握れたのは、敵を中心に戦闘を展開できたからです。攻撃の起点を増やされたら、別の戦い方をしなければならなかったでしょう」
「そーだね。警戒だって大事な仕事だよ。三人の連携が上手くいったのは、ラベちゃんたち三人の警戒があったればこそだよ」
そんなグラ様の言葉を継ぐようなシッケス殿のそのセリフに、ここで下手に自己卑下をすれば彼らの成果にも心意気にも水を差すと思い、そうですねと言って頭を掻いた。
「ところで、ダンジョンの主の死骸ってどうするんです? 僕、前回は意識がなかったのでわからないんですけれど、持って帰るわけにはいきませんよね?」
戸惑いつつ獅子頭を振り返るショーン・ハリュー。そこには、重量にしてゆうに数百キロ、下手をすれば一トンに届こうかという巨体が横たえられていた。この人数で持ち帰るというのは、あまり現実的な話ではない。
「普通は、ここに放置したのち、ギルドに報告して処理はそちらに任せますね。今回もそれでいいかと」
俺のセリフを、チッチが補足してくれる。
「ただ、ここは未発見のダンジョンで、ギルドは管理していやせん。あっしらが戻って、ギルドがここに人を寄越すまでに、誰かが見つけて獲物を横取りされるって可能性は否定できやせん。まぁ、いきなりダンジョンの主の遺骸を持ってったら、どこにだしても目立ちやすし、今回はきちんとギルドから依頼を受けての事なんで大丈夫でやすが……」
なるほど。今回の依頼が、セイブンさんを経由してのギルドからの依頼という事は、もしもこの獲物を横取りされたら、そいつに対してギルドを通じて抗議するのは可能だろう。依頼主が冒険者ギルドであり、冒険者の権利を守る為の互助会であるそのギルドを通して受けた依頼なのだ。これで依頼を受けた冒険者を守れないようでは、組織としての信用問題に関わる。
ただし、それはあくまでもギルドを通した依頼だから、という注釈が付く。
もしこれが、俺たちが独自の判断で、功名の為にダンジョン討伐に動いたのだとしたら、ギルドが俺たちの事をどこまで守ってくれたか。いや、その場合ギルド側としたら、どちらが正しい事を言っているのか、判断材料がないだろう。
「なるほど。では、これから急いでアルタンまで戻ったら、いろいろと手続きですか。残りの宝箱はどうします? 放置しても、それ程問題ないかとは思いますが……」
「放置で良いでしょう。虱潰しに探索しているような時間はありません」
「だねー。流石にそれはダルダルだし」
ハリュー姉弟とシッケス殿の言葉に同意だった俺は、そこで頷いた。チッチも同様だったが、ここで異論があがる。
「あ、だったらアタシらはギルドに戻ったら別行動って事で!」
片手をあげてそう宣言したのは、ラダだった。どうでもいいが、その『ら』に含まれてるのは、チッチだけだよな? 別にそこまで長期の探索だったわけじゃねえが、休めるなら一日二日くらいは休みたいぜ?
「おい、ラダ。なに言ってんだ?」
予想外の言葉に、チッチが慌てて彼女を制止する。だが、そんなチッチを、ラダが鋭い目で睨みつけてから言った。
「アンタこそなに言ってんだい? まだ未発見のお宝が眠るダンジョンを前にして! いつからアタシらは、それを『そんなもの』呼ばわりできる程にお大尽になったんだよ!?」
「い、いや、そうじゃねえがよ……。見付けたって、どうせギルドに持ってかれるんだぜ?」
「でもその分、対価は得られんだ。だったらその銭を人にくれてやろうだなんて、随分篤志家になったもんだね。残念ながら、アタシはそんなに慈悲深くないさ。同業に恵んでやる程、心も財布もデカくないよ」
「……まぁ、たしかになぁ……。……はぁ……。わぁーったよ。いま、このダンジョンに一番詳しいのは俺らだ。せっかく得たアドバンテージ、それを活かしてお宝は独り占めしちまうか!」
「そうこなくっちゃ!」
わが意を得たりとばかりに指を鳴らすラダに、肩をすくめるチッチ。何日もダンジョン内で過ごした割には元気な姿だ。いや、まだ見ぬ臨時収入に、疲れも吹っ飛んでいるのだろう。
そう。サバサバした上級冒険者の面々に釣られたが、しがない中級の俺らにとったら、お宝で得られる利益というのはかなり大きい。多少の無理を押してでも手に入れる理由は、十分にある。
「ラベージはどうする? 別にお前、ショーンさんの教育係ってだけで、常に付きっきりでなけりゃならねえって依頼じゃねえんだろ?」
「あー……」
「どうする?
「……たしかに」
ただ、どうなんだろう? 俺はいま、ショーン・ハリューと行動を共にするだけで報酬がでる。もしもダンジョンにほとんどモンスターがほとんど残ってなかったとしても、ダンジョンを探索する労力と危険を冒して得られる利益と、ただ安全にハリュー邸に滞在するだけで得られる利益、どちらの方が得だ?
なんとなくショーン・ハリューの方を窺えば、彼は笑顔で頷く。
「僕らの事はお気になさらず。今日から何日かは、研究をしたい気分なんです。その間、ラベージさんを暇にさせるのも心苦しいですから、チッチさんたちと探索に励むのもよろしいのでは?」
「……そうですね」
そういう事ならと、俺は主のいなくなったダンジョンの探索を続ける事にした。のちのち、この判断を強く後悔する事になるとは、露知らず。
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