第52話 ミルメコレオ戦
「【
グラが、以前フェイヴも使っていた光の属性術を使う。それによって、闇に占領されていた視界が戻った。ただ、たしかこの【魔術】は、それ程長時間維持できなかったはずだ。
それがわかっているのか、シッケスさんの攻撃スピードが上昇する。一点集中するように細長い、されど強靭なアリの足に無数の白刃が突き立てられる。幾重にも火花が舞い、ミルメコレオの悲鳴が響く。
ミルメコレオとて、そのまま足の一本が折られるのを座視するわけもなく、巨体を支える四本の足をシャカシャカと動かして素早く反転すると、残った二本の獣の腕が彼女に向けて振るわれる。
「へへーん」
だが、そんな鋭い一撃も、銀閃を捉えるには能わない。シッケスさんの基本戦法は、ガンガン最前線に攻め込んでからのヒット&アウェイだ。当然、攻撃の回避などお手のものである。
大ぶりの一撃を回避したシッケスさんだが、追撃はせずミルメコレオの右側へと移動を開始する。そんな彼女に追撃を掛けようとしたところに、グラの属性術が獅子アリを襲う。
ミルメコレオは素早くグラへと襲い掛かるが、彼女もまた余裕をもって獅子アリの攻撃を回避し、また右側へと回避する。それを追おうとしたところに、今度は僕が幻術をかける。
「【
といっても、僕は攻撃をするわけじゃない。ミルメコレオの攻撃目標を、否応なく分散させるだけだ。一気に二〇人以上に増えた僕が、ミルメコレオの周囲を駆け回る。ある者は杖や斧で攻撃をし、ある者はあからさまな挑発をする。背を見せて逃げだす者もいれば、ただボーっと突っ立っている者もいる。当然、シッケスさんやグラと同じように、右回りで回避行動をしている者もいるし、逆回りの者もいる。
否応なく、処理能力を超えた情報を叩き込まれたミルメコレオは、一瞬その動きを止めてしまう。
――そんな獅子アリの後頭部に、僕は斧を振り下ろした。
しまった。自身の安全を考慮して背後から攻撃したが、
僕は即座に地面に降り立つと、すぐに幻影の群れの中へと紛れ、右回りの回避行動に戻る。
「――明かりが落ちます!」
グラの透き通るような声が、戦いの喧騒の中にあって凛と響き渡る。僕らはミルメコレオから一斉に距離を取るが、幻影は逆にミルメコレオに向かっていく。その中に本物がいる可能性を危惧してか、獅子アリは身構えて僕らを追いかけてはこなかった。
けどまぁ、全員幻影なんだけどね。
「グルァァァアアア!!」
暖簾に腕押しの状況に苛立つミルメコレオの、怒気も露な咆哮が轟く。属性術の明かりが弱まり始め、その分闇が侵食してくる空間に、獅子の咆哮が虚しく溶ける。
一応、生命力の理は勿論、幻術の【勇気】も使ってはいるが、そもそもミルメコレオに竜種程の
ミルメコレオには、一応自由意思というものが存在する。そもそもが、疑似ダンジョンコアで受肉している以上、普通のモンスターとは根本からして違う生き物である。当然ながら、ダンジョンのモンスター同様の幻というわけではない。だから、僕らの支配下にあるわけでもないのだ。
そもそも、完全に受肉していたら、ダンジョン産のモンスターも自由意思で行動するのだが。
「【
グラが再び明かりを灯すと、僕らは戦闘を再開する。時計回りで順番にミルメコレオを攻撃し、敵の注意を分散させる。当然ながら、そんな規則的な行動に、いつまでも相手が付き合ってくれるわけもない。
シッケスさんの槍撃を耐えたミルメコレオは、次はグラの攻撃がくると思い、銀閃の槍術士を追わず、そのままグラに攻撃を仕掛けた。だがまぁ、それも想定済みの行動である。
大きく隙を晒したミルメコレオに、シッケスさんの容赦ない連撃が見舞われ、グラはグラで即座に退却してから、今度は反時計回りに動き始める。その動きも、僕の作りだした幻影に紛れて、即座にはわからない。
「ウガァァァアアア! 効かぬ効かぬ効かぬぅ!! 下等生物のそよ風がごとき攻撃など、効かぬわァ!!」
攻撃を食らったからか、そんな負け惜しみを述べるミルメコレオ。だが、折悪しくシッケスさんの集中攻撃が功を奏し、外骨格が割れて関節が半ば千切れてしまう。どう見ても、そよ風なんてレベルの被害じゃない。
うーん……。もう少し、知能を高くした方がいいか? でもなぁ、僕らの顔を覚えられたら、そこから情報が洩れる可能性が怖すぎる。
「グルァァァアアアアアアアアアア!!」
今度は本心からの怒りを、過たず表している咆哮が轟く。四本足で安定していたミルメコレオの動きが、三本足になった事で多少ぎこちなくなった。とはいえ、まだまだ素早いし、多少安定性が悪くなっただけだ。
それからも、かなり優勢かつ安定的な戦闘が続いた。とはいえ、完全にミルメコレオの攻撃を回避できたわけではなく、何度かは爪撃が僕やグラに届きそうにもなった。どちらもグラが盾で受け止めてくれたので、衝撃以上のダメージはない。
シッケスさんは基本回避で、僕なんかよりも接近戦の頻度も多く、距離も近いのに、まったく危なげない戦闘だった。アクセサリーも、僕より上手く使いこなしていた。
「当惑させよ――カエルアンコウ!」
紙一重のタイミングで、残像と入れ替わったシッケスさんが、残り二本になったミルメコレオの虫の足の内、一本を一閃する。すると、いよいよ間接がイカれ、獅子アリの胴体がぐらりと傾いだ。
シッケスさんが距離を取ったところで、どうと半身を地面につけて、憎々し気にこちらを睨むミルメコレオ。これでもう、このモンスターの機動力はほぼ死んだ。ただし、爪や牙はまだ残っているから不用意に近付けないし、ミルメコレオには遠距離攻撃手段も残っているので、油断は禁物だ。
そこからも、動けないミルメコレオ相手にチマチマと攻撃を続けたあと、グラの高威力属性術でとどめを刺した。なお、狙ったのは疑似ダンジョンコアであり、流石に全損こそしなかったが、間違いなく深刻なダメージを与えた。
詳しく調べられると、本来のダンジョンコアとの違いが露見する可能性もあるからね。僕らの間では、最初から壊す算段だったのだ。
こうして、僕が独自に作ったダンジョンはたった数日で攻略されたのだった。僕自身の手で。
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