第54話 至神の計画

 〈7〉


 ミルメコレオのダンジョン探索を終え、諸々の報告を終え、ついでに得た宝物の換金も終えて、僕らは僕らのダンジョンへと戻ってきていた。いいかげん、このダンジョンにも名を付けたいところなのだが、しっくりくるものがない。

 地獄門があるから地獄ダンジョンとか? ……だっさ。


「さて、どうだった、僕のダンジョンは?」

「どうと言われても……」


 聞いてみたが、口籠るグラの表情が示す通り、ミルメコレオのダンジョンは特徴らしい特徴もない、ただの穴倉でしかなかった。強いて言うなら、宝箱というファクターが他所との差異だろう。それはそれで、ダンジョンという生命体にとって時代の転換点ともいえる要素だろうが、いかんせんダンジョンそのものは既に攻略されてしまっている。

 グラが言葉に詰まるのも当然だろう。


「そうですね……。虫モンスターというのは、たしかに個々の力量以上に、侵入者に対して有効であるというのが、身に染みてわかりました」


 それでもなんとか、ミルメコレオのダンジョンから学んだ点を、グラが述べる。たしかに、アリだけでもあれだけ攻略が困難だったのだ。これがもし、他の虫系モンスターも使っていたらと思うと、攻略の面倒臭さに眉をしかめる思いだ。

 まぁ、僕らはダンジョンを攻略する側ではなく、迎え撃つ側なので本来それは喜ばしい話なのだが、残念ながら生い立ち的についついモンスターを倒す側で考えてしまう。もう少し、モンスターを防衛に使っていれば意識も変わってきたのだろうが、不幸にもモンスターと接する機会は、味方よりも敵方としての方が多かったのだ。


「そうだね。ダンジョン内だと、軽々に火の属性術を使えないってのも、結構侵入者側にとっては足枷になっていた。これは、冒険者側に立って初めて気付いた留意点だった」

「はい。私やショーンであれば、ある程度は大丈夫でしょうが、ダンジョン内でガスが滞留すると、人間は途端に弱りますからね。これは、トラップとしても使えるかも知れません」

「ただまぁ、開口部があり、属性術がある以上、そこまで有効な罠にはなり得ないだろうけどね。あと、依代の僕だって、酸素が足りなかったり毒素を多く摂取すると、活動に支障をきたすよ?」


 ダンジョンという、通気性の悪い場所において、空気の問題というのはかなり深刻に付きまとう要素だ。常に新鮮で、バランスの取れた空気を循環させる事を心掛けないと、探索においては様々な支障になって表れる。

 ただ、残念ながらというべきか、この世界には属性術が存在する為、これを罠として使うのはなかなか難しい。土の属性術を使えば、空気中の成分をそれなりに把握できるし、風の属性術を使えば換気も楽々だ。なんなら、少々複雑ではあるが土や水の属性を使って、気体に含まれている毒素を抽出し、無毒化する事すら不可能ではないだろう。

 冒険者側に魔術師がいるとなると、毒ガストラップというのが、ほぼほぼ無効化されてしまうと見ていいだろう。だからといって、毒矢や槍天井系のトラップは、前衛の連中であれば反射神経だけで避ける事も、普通に生命力の理で防御する事も不可能ではないのだ。

 ホント、ファンタジー世界の人間というヤツは、できる事が多すぎて厄介である。


「罠がないダンジョンは、人間にとって楽ってのもわかったね」

「はい。我々ダンジョンコアにとっては、なかなか興味深い知見でした。正直、一度発見されてしえばそれまでの、臨機応変な対応のできない罠よりも、モンスターの方が使い勝手がいいと思っていました。これは私だけでなく、ダンジョンコアには割と共通の意識だと思われます」

「勿論、ウチみたいに罠一辺倒の方がいいってワケじゃないと思うよ? たぶん、モンスターと罠、両方を上手く使うダンジョンが、人間にとっては一番対処が難しいダンジョンなんだと思う」

「……ふむ。なるほど」


 感覚としては、罠というのは設置型の防犯設備であり、モンスターというのは移動し、ある程度ダンジョンコアが自由に差配できる警備員なのだ。片方にのみ注力したピーキーなダンジョンよりも、満遍なく力を配分しているダンジョンの方が、攻略は難しいはずだ。


「疑似ダンジョンコアの階層ボスはどうだった?」

「ふむ……。まぁ、落第ではない、といったところでしょうか?」

「まぁ、そうだね」


 残念ながらミルメコレオは、ギギさんたちのような、珠玉の階層ボスモンスターには遠く及ばない仕上がりだった。それでも、生まれたてのダンジョンコアとしての立ち居振る舞い、その肩書きに見合った戦闘能力、なにより僕らの身代わりとして十分な働きをしてくれるミルメコレオは、その生まれてきた理由を遺漏なく果たしてくれた。

 僕としては、及第点ではなく合格点を与えたいくらいの働きだ。たしかに、めざましい成果ではないが、堅実な成果である。


「さて、では説明していただきましょうか?」


 一通り所感を述べたところで、グラが居住まいを正して質してきた。まるで、言い逃れは許さないとでも言わんばかりの態度であり、事実彼女はそのつもりなのだろう。


「どうしてあなたは、わざわざ?」


 まるで手品の種明かしでも求めるように、あるいは一向に正解のわからない問題の答えをねだるように、彼女はそう問う。

 対する僕としては、現時点ではまだまだ仕掛けの一丁目一番地なのだから、ここで種明かしをするというのは、如何様時期尚早だという思いがないわけではない。だが、グラの頑とした態度を見るに、これ以上はぐらかして事を進めるのは悪手だろうと覚る。

 仕方ないかと肩をすくめてから、僕はこれからこの辺りで起こそうとしている状況について、説明を開始する。といっても、ハッキリ言ってこんなものは、誰にでも思い付く程度の、簡単な仕掛けでしかない。勿体ぶって語るようなものでもないだろう。


「まぁ、宝箱だの僕らの影武者だの、細々とした確認作業がやりたかったのも事実だけれどね。でもそれは、あくまでも本題のついででしかなかった」

「では、真にあなたがやりたかった事とは?」

「いずれ、僕らのこのダンジョンを、世界最大のダンジョンにする為の布石だよ」


 事もなげに、僕はそう言った。それは、随分前からの僕の行動指針であり、いまさら再確認するまでもない、僕のいまの人生の主目的だ。僕は、グラを神に至らせる為に生きている。

 だが、グラには一連の行動がそういう目的で行われていたとは思っていなかったらしい。無表情に、微かにきょとんとした驚きの表情を浮かべている。ちょっと可愛い。


「まぁ、ぶっちゃけまだまだ失敗する可能性はあるし、方針転換する可能性もおおいにあって、いまここで明言するのは怖いんだけれどね」


 苦笑しつつそう前置きする。

 格好いいのは、状況が完成する段になって、ドヤ顔をしかつめらしい表情で隠しながら、いかにも前々からこの状況を想定していたとでも言わんばかりに解説する方だろう。ただ、その為に意思疎通を怠るなど愚の骨頂。グラとの共通認識の確立は、僕らの関係においてはなによりも尊重される。


「これから半年の間に、僕はシタタン方面に一つ、ウェルタン方面に一つ、それとは別の方面に二つ、ミルメコレオのダンジョンのような小規模ダンジョンを作るつもりだ。あ、そっちは宝箱はなしね。僕らが攻略に出向くという事も、もうない」

「はぁ。それが、私たちのダンジョンを世界最大にする為の行動なのですか?」

「そうだよ。いずれ攻略されるだろうけど、ダンジョンの跡地は残る。人里離れた場所であれば、攻略されたダンジョン跡なんて、碌に確認すらされない。で、あれば?」


 ニヤリとグラに笑いかけると、彼女はハッとした表情を浮かべる。どうやら、僕の意図を察してくれたようだ。


「まさか……――」

「――そのまさか、だよ」


 シタタンからウェルタンまでのゲラッシ伯爵領に加え、パティパティア山脈の一部、さらには第二王国領の一部にも食い込む、ゲッザルト平野の一層ダンジョンをも凌駕する、広大な範囲を領域とする大ダンジョンの創造――それが僕の計画だ。放置したダンジョン跡を、こちらのダンジョンに取り込んでしまえば、もはやマジックアイテムでどこを調べられようと、問題にならない。

 一つの県程もある領域に存在する、たった一つの階段を探しだすという行為に、組織だった人海戦術は通じるか? まず間違いなく、中級冒険者という上澄みだけでは、手が足りなくなるだろう。


 では、なにで補う? 問うまでもない。


 実際、一層ダンジョンのときには、中級だけでなく下級冒険者も多く投入され、領軍や、国家が招集した軍までもが攻略に駆りだされたという。それはすなわち、現在ギルドが主体になっている、ダンジョン攻略の基本戦術が崩壊しているという事に他ならない。

 一層ダンジョンはほとんど対処らしい対処をしなかったから討伐されたが、上手くやればいくらでも成長する方法はあったはずだ。

――だから、僕が上手くやる。

 ただ、無意味に広くするだけじゃない。行政管区と国境線を適度に跨ぎ、対処を遅らせたり騒乱の火種にする。機が熟したら、ダンジョン内に宝箱を出現させ、侵入している下級冒険者や徴兵された兵士たちの欲心を煽る。

 ミルメコレオのダンジョンを含め、僕がこれから作るダンジョンはその布石だ。一手目は、とりあえず上手くいった。だからこそ、ここから打つ二手目、三手目も慎重に、ひっそりと打っていく。


 人間たちが事態に気付くのは、すべて手遅れになってから、というのが理想だ。そうなればいいなと思いつつ、なんとなく邪魔は入りそうだという思いはあるんだよなぁ……。



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