第55話 あまり興味のなかった技能は覚えていない

 ●○●


「……なるほど」


 僕の遠大な計画について語ったところで、グラがポツリとそうこぼした。なにかを考えているのか、俯き加減で口元に指をおいている。

 ややあって、こちらに向き直ったグラが具体的な点を問うてきた。


「これまでの常識では、それだけ広大なダンジョンというものは、管理の手間から維持の難しい代物でした。ですが、いまの我々には至心法ダンジョンツールがあります」

「そうだね。至心法ダンジョンツールがあるのとないのとでは、維持管理の手間は雲泥の差だ」


 これがあったればこそ、僕はこんな計画を立てたといっても過言ではない。一層ダンジョンのように、後先考えない拡大ではなく、人間たちの基本戦術を元に、その対抗策としての広大なダンジョンだ。

 僕らが上級冒険者という、領主や国が総力を挙げてダンジョンに対抗する際には、確実にそこに食い込めるだけの身分カバーを確立しているという点も、この計画におおいに寄与するだろう。敵がダンジョン僕らに対抗する為に、僕らダンジョンに頼らざるを得ないという状況を整えられたのは、実に大きい。


「そこは、人型ダンジョンコアのメリットをいかんなく発揮させてもらおう」

「そうですね。それでも、普通のダンジョンコアではこれ程まで深く、敵性生物のコミュニティである人間社会に、深く入り込めなかったでしょう。それは間違いなく、ショーンの功績ですよ」

「いやいや、どうだろうね。僕が見る限り、ダンジョン側もダンジョン側で、結構人間社会に這入り込んでいると思うよ? 例のグレイの件もあるし」

「グレイですか……」


 こちらもまた、一向に事態の進展がない【グレイ案件】に、グラの眉根が寄せられる。バスガルのダンジョンに現れたという、恐らくは別のダンジョンコアだが、それ以降動きが見えない。

 そもそも、ダンジョンコアというのは生来、出不精な気質をしている。これは別に、怠け者という意味ではない。むしろ、彼らはその能力と寿命から考えれば、驚く程に勤勉だ。

 出不精というのは、あくまでもその引き籠り体質を表しており、敵が現れたのなら、その動向を窺いつつ、罠に掛かるのを待つ傾向が強い。そういう意味では、そのグレイなるダンジョンコアと僕らは、いまだ敵対関係にあるかどうかすら不明なのだ。

 とはいえ、旗幟の明らかでない勢力というのは、計画を練るうえでは非常に厄介な不確定要素だ。件のグレイは、いまのところダンジョン側なのか第三勢力なのか、よくわかっていない。この【グレイ案件】の一番厄介な点は、敵か味方かすらもわからない程に、情報がなさすぎる点だ。


「まぁ、わからない事をここでこれ以上考える意味はないだろう」

「そうですね。考察する材料が乏しすぎる状況で、あれこれ考えるのは時間の浪費です。それよりも、いまは我々ダンジョンコアにとって有意義な議題について語りましょう」


 心なしか生き生きとしているグラの言葉に、僕は首を傾げた。その意図するところがわからなかったからだ。


「有意義な議題? それは僕らにとってって事じゃなく、ダンジョンコア全体にとってって事なんだよね? なにかあったっけ?」

「なにかもなにも、宝箱です!」


 ああ、それか。まぁたしかに、ダンジョン勢にとっては画期的であり、いま現在追い込まれているダンジョンコアにとっては、まさに福音となるような朗報だろう。ただ、僕にとっては、ダンジョンといえば宝箱というくらい、当たり前の要素であった為に、あまり重要視してはいなかった。

 ぶっちゃけ、他のダンジョンコアがどうなろうと、あまり興味も関心もないのだ。そこら辺は、グラとの価値観の乖離だろう。むしろ僕は、人間社会の動向や興亡の方が気になってしまう。つくづく、未熟な化け物である。


「至心法と宝箱は、間違いなくこれからのダンジョンにとっての光明となるでしょう。あるいは、ダンジョンコアと人間との生存競争そのものにとって、大きな転換点となり得るファクターです」

「まぁ、それはたしかに。とはいえ、人類だって追い詰められれば宝物なんかよりも、ダンジョンコアを倒しに来るだろう。それに、完全に周知される前に情報統制をされる惧れだってある」


 人の口に戸は立てられないとは思うが、それでも利益独占という名目で、宝箱の情報を一定のラインまででせき止めるという事は、不可能ではないだろう。たとえば、五級未満の冒険者は宝箱が出現するダンジョンへの侵入を制限する、とかだ。


「ただ、その場合にも宝箱の存在を完全に秘匿するというのは、難しいだろう。そして、知れば人は欲する。手が届きそうな場所にある宝物に、手を伸ばさずにはいれないのが、人という生き物のさがなんだ。元人間の僕が言うのだから間違いない」

「自制もできないとは、これだから地上生命は……。連中に、大人と赤子で区分する意味など皆無ですね」

「耳が痛いね」


 実際、人間はときに、国家単位の規模であろうと、驚く程の愚行に走る事すらある。ともすれば、本当に子供ですらわかる事がわからなかったのかと問いたくなるような愚行を犯すのだ。まったくもって汗顔の至りである。


「ところで、ミルメコレオのダンジョンを攻略し、以後のダンジョンで宝箱を用意しないという事は、しばらく宝物作りは中断ですか? 宝石の採掘は、それでも続けるのでしょう? あれは我々のダンジョンの拡張のついでの作業ですから」

「そうだね。尖晶石スピネルについては継続、磁器については……」


 どうしようか。いやまぁ、あって困るものでなし、いざダンジョンに宝箱をおくことになってから急いで作るのも大変だ。既に酸性白土等の材料も輸入を決めてしまっているし、コツコツと作っていこう。


「漆器はどうします?」

「漆器かぁ……」


 あれはなぁ……。ぶっちゃけ尖晶石スピネル、磁器、漆器だったら、尖晶石スピネルは一番楽、磁器はそこそこ楽、漆器が一番面倒なんだよ。なぜなら、漆器に一番必要な漆が、完全に舶来品なのだ。

 しかも、南大陸を経由した東から、絵具として輸入されている品だ。たぶん、地球なら東南アジアあたりの熱帯地域から輸入されているのだろう。その分、お値段もかなりお高くなっている。一番材料費がかかるんだよ……。

 もしかしたら、この辺りにも自生している漆があるかも知れないが、残念ながらそんな情報はどこからもでてこなかった。少なくとも、この辺りでは漆をなにかに利用はしていないらしい。

 しかも、そんな漆器が三つの内で一番価値が曖昧なんだよねぇ……。


「うん。漆器はもういいんじゃない? わざわざ手間もお金もかける価値がなさそうだ」

「そうですね。既に作ってしまったものはどうします?」

「そうだなぁ。練習がてら、僕が細工を施してみるよ」


 とはいえ沈金はともかく、螺鈿や象嵌は方法を知らないんだよなぁ。あまり興味がなかったから。螺鈿細工や象嵌細工なんかは、別に東の専売ってワケでもないだろう。一度取り寄せてみてから、手探りでやっていこう。



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