第56話 アポイントメントとジーガの手腕

 ●○●


 次の日。ラベージさんは、チッチさんたちと一緒にミルメコレオのダンジョン跡に赴き、我が家は久しぶりに部外者がいない状態だった。あ、違う。シッケスさんとィエイト君は一応部外者だった。

 僕とグラは久しぶりに、気兼ねなくダンジョンの作業と研究を行いつつ、のんびりと過ごしていた。とはいえ、一家の主としてはやらなければならない事もある。いまは地上の屋敷にある書斎で、届いていた手紙を確認しているところだ。

 そんなゆったりとした日常に邪魔が入ったのは、午後も半ばを過ぎて、そろそろおやつにしようという頃合いだった。

 ちなみに、僕は体内で生命力を作れるので、最近は結構食べるようにしている。当然、おやつも食べる。いやぁ、ここがスパイス街道沿道の宿場町で良かった。スパイスもそうだけど、砂糖も比較的簡単に手に入る。


「アポ? 誰から?」

「さぁ? 使いの人は、ただジスカル様の使いだってさ。詳しいところは、その手紙に記されているんじゃない?」

「ジスカル? 知らない名だな……」


 客の応対にあたったハーフリングのウーフーが、封蝋が施された上質な皮紙の封筒を手渡してくる。彼の言動の気安さに、ザカリーの目が光るが、僕としては客の前でなければこれでも問題はない。まぁ、だからといって、舐められるのも問題なので、僕の目の届かないところで説教する分には、止めるつもりもない。

 そそくさと逃げ出すウーフーを後目に、僕はその封筒をひらいて、ざっと中身に目を通す。


「ザカリー、ジーガを呼んできて」

「かしこまりました。イミ、お願いします」

「ひゃ、はい!」


 丁度部屋にいた、アルビノ黒豹人のイミが、緊張した様子で返事をしてから、書斎を飛びだしていった。まだこの家に慣れないのだろうか? あるいは、僕に怯えているのか? 初めて家にきたときは、あんなに懐いてくれていたのに……。

 まぁ、使用人として働かせつつ、特に接点もなかったからな。仕方がないのかも知れない。


「旦那様、どちらからのお手紙だったのか、窺ってもよろしいでしょうか?」


 相手によっては、応接の用意も変わってくる。ザカリーが手紙の相手を聞いてくるのは、ある意味当然の事だ。とはいえ、そこまで急ぐ必要はない。スケジュールの調整は、こちらでできるのだから。


「相手はカベラ商業ギルドのジスカル・シ・カベラさん。現ギルド会長ヴァレリー・シ・カベラさんのお孫さんらしい。だから歓迎の準備は、家にできる最大限のもので」


 ただまぁ、それだけ力を入れて歓迎をしても、向こうはこの辺りでも有数の交易ギルドだ。家にできる程度の歓待では、鼻で笑われる事はあっても、喜ばれる事はないだろう。扱える予算が、小金持ちと地方行政府くらい違うだろうからね。

 まぁ、それでもいい。別に本心から歓迎をするつもりはない。歓迎に手を抜かないのは、隙を見せない為と、その意思表示である。

 相手の名を聞いたザカリーが、表情を引き締める。僕らがカベラの後釜を狙っているという話は、彼も知っているのだ。そんな相手からの伺い状である。これで緊張しない方が問題である。


「……我が家で可能な、最上級のおもてなしをいたしましょう」

「うん。お願い」


 深々と頭を下げてから、ザカリーも書斎をでていく。それと入れ違いに、ジーガとイミが書斎に入ってきた。良かった。今日はジーガも家にいたようだ。


「ありがとう、イミ」


 ジーガを呼んできてくれたイミに、笑顔でお礼を述べる。失った懐柔ポイントの回復に努めているともいう。


「は、はい! い、いえ! その、ありがとうございます!」


 うん。もうちょっと落ち着こう。ザカリーがどんな教育をしているのかは知らないが、その応対は完全に間違いだ。お礼に対してお礼って……。

 ペコリと頭を下げたイミが、そそくさとザカリーを探して退室していった。だがその様はまるで、僕らから逃げていったようですらあった。いや、やっぱり逃げたのだろう。


「イミの嬢ちゃんも、旦那の前じゃなきゃウーフーよりかはマシなんですよ? ただ、流石に主人の前だと緊張するんですかね」


 苦笑しながら、フォローするようにそう言うジーガに、こちらも苦笑を返す。あれだけ緊張されると、少々落ち込んでしまうものがある。


「それで、わざわざ俺を呼び出す用事って事は、件の事業についてですか? 一応、仮の鶏舎と家つ鳥の育成状況と、正式な鶏舎と従業員宿舎の建設予定地における、瓦礫の撤去状況なんかは、報告書にまとめてありますが、目を通しますか?」

「いや、今回はそっちとは別件。とはいっても、完全に別の話って訳じゃない。カベラ商業ギルドから面会の打診がきた」

「はぁ……。とうとうですか……」


 いよいよ来るべきときかと、緊張のため息を吐きつつ、ジーガが僕を見返す。その真剣な瞳には、緊張はあれど臆病はない。以前は臆するような事も言っていたが、一度腹を括れば目標の達成と、最大限の利益を求める商人の顔になる男だ。


「相手はジスカル・シ・カベラ。知っているかい?」

「……マジかぁ……。……俺なんかじゃ影も踏めねえ大物です。胃がギリギリしてきやがった……」


 かと思ったら、相手の家名と肩書きにビビるジーガ。やっぱり腹は括りきれないらしい。


「面会の予定日と場所はこちらに任せるとの事だ。どうする?」

「……そうですね。それは向こうの必死さの表れでしょう。いま、この町におけるカベラの足元はボロボロですから」

「いまのままじゃ、碌に従業員すら雇えないだろうからねぇ」

「俺たちがその従業員を奪ったんですがね」


 奪ったなんて失礼な。カベラが放り出した彼らに、生活する術を提供したに過ぎない。先に従業員たちを粗雑に扱った向こうが悪いのだ。


「全員を余所者で固めるというのも、今の状況では外聞が悪いだろうねぇ」

「そりゃあそうでしょうよ。ただでさえ、町を見捨てただけでなく、町の窮地に火に油を注ぐような真似までしたんですからね。そこにきて、住人とは縁もゆかりもないような連中が商いを始めたって、上手くいくわきゃありませんって。早晩、店を潰す事になるでしょう」


 いま現在、カベラ商業ギルドの店舗は店じまい状態だ。だからこそ、諸々の諸経費は最低限で済んでいるだろう。だが、一度商売を始めたらそうはいかない。だというのに、まったく客が付かないような状況では、採算など取れるはずもない。

 端的にいって、いまこのアルタンの町におけるカベラ商業ギルドの状況というのは、最悪なのだ。これ以上悪化しようのない程の、文字通りの意味での最悪だ。

 ここからの起死回生というのは、非常に難しいだろう。他人事ながら、まだ見ぬジスカルさんとやらが可哀想になってくる程だ。


「面会予定は早い方がいい? それとも遅らせる?」

「そうですねぇ……。早ければ、こちらの積極性をアピールできますし、遅らせればこちらの優位性をアピールできます。どちらを優先しますか?」

「うーん……」


 面会予定をあえて前後させる事によって、相手にメッセージを送るという手法を取るのは、正直面倒くさい。こちらの一挙手一投足を監視されているようであり、また相手の一挙手一投足をもつぶさに観察しなければならない。下手をすると、ありもしないメッセージを送受信しかねない。

 そういう気疲れしそうな生活は、お貴族様に転生した人に任せたい。ダンジョンコアに転生した僕は、そういう面倒くさい生き方はパスして、楽しい楽しい研究生活を謳歌したいのだ。


「そうだな……。諸々の準備も含めて、明日の晩餐でどうだろう?」

「だいぶ性急な予定ですね。先方は、こちらがカベラの復権に、積極的だと解釈するでしょう。こちらがカベラの立ち場を掻っ攫おうとしていると気付かれていた場合には、大胆に切り込んできたと思うかもしれませんが」

「そこら辺は、明日の交渉で見極めて欲しい。」


 こちらの計画に気付いているのか、いないのか。さぁ、いよいよ乗っ取り計画も大詰めだな。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る