第57話 二つ目のアポ

「ジスカル・シ・カベラについて、有名人だって言ってたけど、ジーガはどの程度知っている?」

「そうですね。ジスカルは現ギルド会長のヴァレリー・シ・カベラの孫で、次期ギルド長であるデスタン・シ・ジュール・カベラの息子です。たしか六男で、それも側室の子だったかと。にも関わらず、後継者争いに食い込める程の商才らしいですね。俺が知っているところでは、カベラ商業ギルドにおいてはスティヴァーレ半島方面の責任者でした。現在もそうかは、スィーバ商会に所属が移っているいまは、ちょっとわかりかねますが……」


 ジーガは面目なさそうにそう言うが、カベラ商業ギルドとスィーバ商会とでは、その経営理念が全然違うのだから、仕方がないだろう。ジーガがカベラ商業ギルドに所属していた頃は、たしかに外部の情報にアクセスしやすかった。それは、とりもなおさず、カベラ商業ギルドの情報網の広さを物語っていた。

 スィーバ商会は、伯爵領内での立場を確立し、領主や他の商人から信用を得て、地域に盤石な地盤を求める商会だ。カベラはその逆で、あちこちに根を張る事で、利益を追求するとともにリスクを分散し、領主や国に縛られないスタンスを取っている。

 それで複数の国で特権商人になれているのだから、カベラ商業ギルドのトップの商才とは、どれだけのものかと戦慄すら覚える。普通、自国に縛れない商人に、特権なんて与えないだろう。それだけ、カベラのもたらす利益が、各国にとっても大きいという事なのだろうが。


「ともあれ、あの巨大な半島を任されていたという事は、そのジスカルさんとやらは、ギルドからの信頼も厚いのだろう。その手腕を、このアルタンでの汚名返上に振るわせようってのが、カベラの腹かな?」

「そうでしょうね。まだ若いらしいですが、その手腕は界隈でも知られています。ナベニポリス都市国、ナルフィ王国、ポンパーニャ法国において、このジスカルが一から拓いた商圏は、半島全体にも影響を及ぼす規模だそうで。まだ特権こそ持ってないらしいですが、カベラの商圏に食い込んで、商業を活性化させたいお貴族様方は、それなりに多いんだとか」

「つまり、時間の問題、と」


 あの大きなスティヴァーレ半島の大半が、カベラ商業ギルドの商圏に入るのだとしたら、それは資金力以上にとんでもない事だ。地中海中の情報にアクセスできるようになるんじゃないか?

 下手をすると、カベラ商業ギルドは、この世界の東インド会社になるかも知れない。いやまぁ、流石にそこまで大きくなるかはわからないけどね。


「なんにしても、手強そうな相手だという事だね」

「はい。それと、旦那方に取り分け注意して欲しいのは、相手が挑発してきても、今回ばかりは堪えて欲しいという所です」

「ふむ。それは、どういう意味だい?」

「カベラ商業ギルドの次期後継者の息子ともなれば、連れている護衛は生半可な腕前ではないでしょう。実際、カベラの護衛の戦闘能力の噂は、結構巷間でも耳にします」


 なるほど。要は、ケンカを売るとまずいかも知れない相手だ、と。たしかに、無駄に実力行使になられると、地上では僕ら姉弟は不利かも知れない。無論、地下に潜れれば一、二ダースの実力者でも、ものの数ではないが。

 それでもまぁ、わざわざ一、二級冒険者を敵に回したくはない。大人しく、ジーガの領分で話を完結させておくのが無難だ。

 でも、わざわざそれを注意してくるって事は、ジーガは僕ら姉弟を『ケンカっ早い問題児』だとでも思っているのかな? 失礼な。それはグラだけだ。


「わかったよ。明日はお行儀良く、紳士に振る舞おう」


 ときと場合によっては、紳士にお行儀良く宣戦布告という事態もあり得るだろうが、それはそれだ。流石に、向こうがグラに対して舐めた態度をとってきたら、こちらも出るとこ出るしかない。

 裁判所などというものもなく、裁定を領主やそれに連なる官吏が担っている現状では、法は必ずしも公正ではない。ならばこの場合、出るとこというのは法廷ではなく、戦場であるのは言うまでもないだろう。

 仕方ないよね。人間って、そういう生き物だから。はぁ、やれやれ、これだから地上生命は。


「本当に、お願いしますね?」

「しつこいなぁ。なんだか、そこまで念押しされると、逆にフラグを立てられている気になるんだけど?」


 僕の発言に首を傾げるジーガに、なんでもないとばかりに手を振ると、次の話題に移行する。


「カベラの事はひとまずわかった。いまは明日に備えるくらいしか、する事もない。それで、事業の方はどうだい? 順調かな?」

「そうですね。まぁ、順調っちゃ順調ですよ。いまではウル・ロッドも、屋敷で家つ鳥を飼わずに、実験中の鶏舎から得られた卵を買っています。羽毛の方は、上手くいくかは未知数ですね。場合によっては、別種の家禽を使った方がいいかも知れません」

「ふむ。卵の需要は問題なし。羽毛の利用は、先行きは不透明、と。ふむふむ、なるほど」


 まぁ、羽毛はぶっちゃけ、酸性白土の輸入をカモフラージュする為のブラフみたいなものだ。別に上手くいかなくてもいいから、試行錯誤は続けてもらおう。


「家つ鳥の育成状況は——」


 仮設の鶏舎で育てた鶏の育成状況を訊ねようとしたタイミングで、扉がノックされた。僕とジーガは口を噤み、入室を許可する。


「お話中失礼します、旦那様。ただいま、ラスタと名乗る女性が、ラベージ様を訪ねて来ておられます。いかがなさいましょう?」


 現れたザカリーが告げたのは、またも来客の知らせだった。ただ、今回訪問してきた相手の面会希望は、僕らではない。


「ラベージさんはいま現在、依頼中で不在だと伝えてくれ。言付けを預かるくらいなら問題ないが、急いでいるならギルドから連絡を取る方が早いと、教えてあげるといい」


 ミルメコレオのダンジョンを隈なく探索するなら、たぶん三、四日は必要だろう。急ぎなら、ダンジョンを通して伝言してもらった方が、たぶん断然早いと思う。

 僕らだと、どうしたって帰ってきてから伝える形になるだろうしね。

 かしこまりましたと頭を下げて退室するザカリーを見送り、鶏舎の話に戻ろうとしたら、機先を制してジーガが訊ねてきた。


「なにかあったんですかね?」

「さて。あまり他人の事情に首を突っ込むわけにもいかないが、どうなんだろうね」


 ラベージさんも、もう半分身内みたいなものだ。困り事があるなら手助けするのもやぶさかではないが、だからといって頼まれてもいないのに、勝手にプライベートに介入するというのは違うだろう。


「ラスタって女に聞き覚えはないんですか?」

「ラスタ……? ラスタ、ラスタ……。うーん、ないような、あるような……。最近名前を覚えないといけない相手が多すぎてなぁ……」


 少なくとも、重要人物にそういう名前の女性はいなかった……、と思う。流石に、絶対に覚えておかなければならない人物に関しては、きちんと覚えているはずだと、自分の頭を信じたいところだ。

 その中に、ラスタなんて名前はなかったはずだ。


「うん、やっぱり全然知らない相手だ」


 これだけ考えて思い出せないという事は、聞いたとしても別人とかだ。もしかしたら、ラベージさんに連れられて行った、道具屋のおかみさんがそんな名前だったかも知れない。


「それよりも、仮設鶏舎での鳥たちの育成状況について、詳しく聞きたいな」

「はいよ。資料はこっちにあるヤツで、ウル・ロッドの構成員が言うには——」


 その後僕らは、養鶏業についての相談に戻り、彼女の名前は記憶の片隅へと追いやられていった。



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