第58話 双子の挨拶

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 次の日は、ごくごく普通に半日を過ごし、それから出迎え用の礼服を拵えたり、お土産用の装具を用意したりと過ごした。

 お土産用の装具には【鉄幻爪】シリーズというのも、なんだか芸がないと思い、普通にダイヤの指輪のものにした。付与されているのは、指定の場所に土壁を生み出す属性術だ。

 ダイヤの魔導術的なリソースはかなりのもので、特に土の属性術とは相性がいい。まぁそれは、僕やグラの武器に、ブルーとレッドのダイヤが使われているのだから、当たり前ではあるが。


 そうして夕刻。とうとう、我が家にカベラ商業ギルドの御曹司が訪ねてきた。こんなスラムの外れには似つかわしくない、大きく豪奢な箱馬車が玄関先につくと、その扉が開かれる。

 まず出てきたのは、新緑のような鮮やかなグリーンの髪に白皙の肌、切れ長の碧眼を有する涼しげな美人の女性だ。身長はだいたい、一八〇半ば程でかなりの長身だが、モデル体型というわけではない。どちらかといえば、バレーボール選手のような、引き締まった体付きだ。

 そんな長身の美女は、馬車を降りてから周囲を見回し、さらに何ヶ所かに目を配ってから、馬車の中へとこくりと頷いた。どうやら、彼女は護衛要員のようだ。

 次に馬車から出てきたのは、白というよりは、生成色とでもいうような、柔らかな色合いの髪を女性のように長くした青年だ。肌はかなり強く焼けており、元から褐色に近いのかも知れない。身長は隣の女性とほとんど同じくらいだが、少しだけ女性の方が高いだろう。

 身長の割には、あまり逞しい印象は受けないが、まぁそれは、生後僕の交友関係が、かなり冒険者に寄っていたからだろう。少なくとも、ジーガよりかは引き締まった印象だ。

 そんなスッキリとした長身を包む豪奢な服は、この辺りでは見かけない生地で、一見すると絹のようだ。両手の指には、大きな宝石の指輪や金の指輪が、計七個。耳飾りも紅玉ルビー青玉サファイアで、おまけに首飾りは琥珀のあしらわれた黄金細工。それでいて、なんというか、嫌味のないセンスでまとめられている。

 いや、ここまでゴテゴテ飾り付けてなお、それを悪趣味でない形にまとめられるのは、かなりの才能だと思う。彼の仕立て屋と使用人には、万雷の拍手を送りたい。

 無論、ここまで飾り付けてきたのは、己の——ひいてはカベラ商業ギルドの財力をアピールする為だろう。そして無論、僕らとてそれは同じだ。

 僕は黒のベストとスラックスに、ダークブルーのシャツ。ちょっとアクセントに、赤青チェックのクロスタイで、その留め具にブルーダイヤのタイピンだ。

 胸元のブローチは、我が家の地下深くで採掘された尖晶石スピネルの内、オレンジに近い色のものを選りすぐって、金細工で太陽と麦をイメージした代物だ。

 そして、普段ならグラの衣裳はドレスなのだが、今日は僕とお揃いのベスト姿。ただし、シャツは落ち着いたワインレッドで、クロスタイも僕と同色。そしてタイピンにあしらわれているのは、レッドダイヤである。

 アシンメトリーなファッションでありながら、その胸のブローチだけは僕のものとは全然違う。赤とピンクの濃淡を使い分けて、中心には濃い赤を、周りにいくにつれて淡くなるような意匠の、花のブローチだ。アクセントとして、緑色の葉も付いている。

 使われているのは、当然尖晶石スピネルであり、葉の部分すらもそうだ。尖晶石スピネルというのは、多彩なカラーバリエーションを持つ宝石なのである。……なお、いまだにコバルトスピネルは見つかっていない……。

 残念ながら、色のバランスの関係で、花弁の量はそこまで多くはない為、薔薇にはできなかった。『スピネル』という名は、たしかラテン語で『棘』という意味だったと記憶しているから、できれば薔薇にしたかった……。

 勿論、それ以外にもアクセサリーは着けているが、それはほとんど装具であり、ある意味では護身用だ。まぁ、青年のアクセサリーも、どこまでが宝飾品で、どこからがマジックアイテムなのか、この距離では判別はつかないが。


「これはこれは、お出迎えどうもありがとうございます。初めまして、私がジスカル・シ・カベラです」


 青年が柔和な表情で、胸に手を当てて軽く頭を下げる。そんな青年に対して、僕ら二人は同時に頭を下げた。


「初めまして。僕が弟のショーン・ハリューです」

「初めまして。私が姉のグラ・ハリューです」


 そうして自己紹介をすれば、ジスカルさんは楽しそうに、僕とグラを交互に見やる。その目が、アクセサリーやシャツの色を確かめているのを感じ、まずはしてやったりという思いを抱く。

 そっくりの双子に、まるで同じ服を着せて、同じ動作、ほとんど同じセリフを言わせるというのは、やっぱり第一印象としてはインパクトがある。日本の創作物では、双子のメイドなんかがやっていたのを覚えているが、どうやら異世界でもこのミームは通用するらしい。


「いやはや、お噂通りの——いえ、聞きしに勝るご姉弟のようです。これは私も、気を引き締めて当たらねば」

「どうぞ、お手柔らかにお願いします」


 僕はジスカルさんに笑いかけるが、流石にグラはそんなに笑顔を安売りしていない。無表情のまま、ちょこなんと直立している。

 流石に、最初の挨拶以降も双子っぽく振る舞うには、グラの対人能力は低すぎた。これ以降の交渉も、おそらく彼女の出番はあるまい。

 とはいえ、彼女のおかげで、挨拶では僕らがイニシアチブを握れた。戦もそうだが、交渉においても主導権を握るというのは、勝敗に直結する行為だ。

 まずは一手、こちらが先行したというところか。



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