第59話 敬称の付け方と、面倒なやり取り

「さぁ、いつまでも玄関先で立ち話というのもなんですから、どうぞ中へ」

「そうですね。それではお邪魔いたします」


 僕がジスカルさんを屋内に招けば、当然彼の護衛の長身美人もその後に続く。彼らを先導するように、僕とグラは玄関ホールへと足を踏み入れた。


「……っ!?」

「ッ!」


 そこに堂々と鎮座する【地獄門】には、敏腕商人であるジスカルさんや、そんな一流商人の護衛である長身美女も、流石に面食らったらしい。まぁ、ロダンとダンテのダブルパンチともなれば、当然か。


「……この奥が、噂の工房、ですか……」


 独り言のようにこぼされたそのセリフに、僕は振り向いて頷く。


「その通りです。絶対に、足を踏み入れないでください。覚悟のないままに入れば、二度と出てくる事はないでしょう」

「なるほど。ハリュー姉弟の工房に足を踏み入れた者は、二度と戻ってこないという噂は、本物でしたか」

「ええ、まぁ」


 言葉を濁しつつ、僕は頷いた。神妙な調子のジスカルさんには申し訳ないが、実はこの扉の奥に侵入した者で、生きている人間は結構多い。フェイヴもその一人だ。

 いやまぁ、生き残りのマフィア連中が、いまもどれだけ生き残っているのか、僕は知らない。なんでも、とんでもない事になって、乞食にまで身を窶していたらしいからな。もしかしたらフェイヴとウル・ロッドの生き残り連中だけかも知れないな。


「さぁ、行きましょうか」

「そうですね。足を止めてしまい、失礼しました」

「いえ」


 そう言って僕らは、案内を再開する。最近では、使用人たちやシッケスさん、ィエイト君も慣れてきていたから、この【地獄門】に対して無頓着だった。

 やっぱり、初見だとビビるよなぁ。

 それが目的とはいえ、いちいちお客さんをビビらせるのもどうかと思う。ウル・ロッドも、どうしてこんな間取りにしたんだろう。もっとこう、奥に安置しているような形にできなかったのか。

 いやまぁ、そうしていたら攻めてきたマフィア連中に、いちいち家を荒らされる事になって、ウンザリしたか。

 そんな益体もない事を考えていたら、すぐに食堂へと辿り着いた。晩餐の用意はまだされていないが、無駄に大きなテーブルにジスカルさんと彼の護衛に着いてもらう。

 護衛の長身美女は最初固辞しようとしたのだが、今日は商談も交えてという事で、執事のジーガも席に着くからという事で、やや強引に着席してもらった。

 なお、そのジーガの隣には、ディエゴ君ではなくィエイト君とシッケスさんが座る事になっている。彼らの役割は、護衛である長身美女と同じだ。

 相変わらずお誕生日席には、僕ら二人が椅子を並べて座らされた。そこはお客さんであり、社会的地位も僕より高いであろう、ジスカルさんが着くべき席じゃないのかとも思ったのだが、ザカリーがその辺のしきたりでミスをするとも思えない。やっぱり、上座には家主が座るものなのだろう。

 まぁ、ゆーて僕も、日本の上座下座のしきたりに関して、詳しいわけではない。あちらでももしかしたら、これが正しいのかも知れない。

 そういえば、じーちゃんばーちゃんの家に親戚一同が集まった際には、たしかに最奥の席にじーちゃんが座っていたな。いや、あれは単に親族だったからか。うん。わからん。


「そういえば、お二人は姉弟なのですから、家名のハリュー様では会話に支障をきたす惧れがありますね」

「そういえばそうですね」


 席に着くなり口火を切ったのは、柔和な笑顔のジスカルさんだった。応対するのは当然僕。


「もしよろしければ、ショーン様、グラ様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「それは構いませんが、僕らはとても、ジスカル様に、『様』なんて敬称を付けて呼ばれるような身分ではありませんよ。どうぞ、呼び捨てで呼んでください」

「いえいえ、まさかまさか。我らとて所詮は一介の商人。父はともかく、私はその嫡流でもありませんので、こちらこそジスカルと呼び捨てていただければ」

「いえいえいえ。それこそまさかですよ。音に聞こえたカベラ商業ギルドのギルド長の血族で、それもあの巨大なスティヴァーレ半島の販路の開拓を任され、いまではナベニポリス、ナルフィ王国、ポンパーニャ法国で盤石の地位を築いているジスカル様を相手に、ただの魔術師ごときが対等に話すわけには参りません。そんな事をすれば、冒険者ギルドから上級冒険者資格を取り上げられかねませんよ。いまでも、その辺りのマナーがなっていないからと、教導役が付けられているくらいですから」


 それに、謙遜して傍系を自称しているが、この青年が、後継者争いにすら食い込める実力であるというのは、ジーガから聞いている。いつでも現ギルド長の嫡孫になり得る相手に、気安い態度など取れようはずがない。

 王侯貴族なんかと違い、僕らはどちらも平民であり、この辺りの敬意の匙加減というのが、非常に面倒臭い。無礼な態度を取るわけにもいかないが、然りとて無位無官の相手にどれだけ阿るのが適正なのかというと、明確な指標はない。

 冒険者の作法に則るなら、ひたすらに頭を下げればそれで正解なのだが……。


「困りましたね……。私としては、本日は上級冒険者のハリュー姉弟ではなく、ハリュー家のご当主としてのお二人とお話をしたいのです。率直に申し上げるなら、そんな相手に、必要以上に気を使われてしまうと、こちらとしても少々話づらいと申しますか……。むしろ、こちらとしてはお願いに参った次第でして、正直下手にでる方が気楽な状況なのですよ」

「なるほど……。そちらの言い分はわかりましたが、そうは言われましてもといったところですね。以後、カベラの血族に対してぞんざいな対応をしたという噂が流れますと、僕らとしても困るわけです。僕らみたいな、木端がごとき研究者が、巨大な商圏、莫大な富、膨大な情報を有するカベラ商業ギルドと正面切って戦えるわけもありません。ここで口約束を元に、対等な態度をとったとして、知らぬ存ぜぬで攻撃されてはたまらんのですよ」


 肩をすくめて、どうしようもないと言わんばかりの態度をする僕。そんな僕に、無表情ながらウンザリとした表情を向けているのが、グラだ。

 なにをモタモタと、益体もない事を話していると思っているのだろうが、ここで互いのスタンスを共通認識として確立しておかないと、後々面倒事になりかねないのだ。

 実際、以前のカベラの担当者の僕らに対する態度は、明確にこちらを下に見たものだった。だからこそ、あんな不義理な借金の取り立て方をしたのだ。あんな事、対等な相手にはできまい。

 そして、その認識は別に間違ってはいないのだ。カベラ商業ギルドの支部長ともなれば、ただのアクセサリー職人など下々の民である。上級冒険者になったいまでも、それはたいして変わらない。


「……わかりました。仕方のない事ですね。ですが、こちらは対等な相手との交渉に臨むつもりで、お二人をショーン様、グラ様とお呼びします」

「はい。我々は、カベラ商業ギルドの大きさに敬意を表して、あなたをジスカル様と呼ばせていただきます」


 残念とばかりに肩をすくめるジスカルさんに、僕もまた苦笑混じりに頷いてみせる。

 ようやく、お互いの立ち位置が決まった。ジスカルがやや上ながら、こちらを対等とみなす。ただし、こちらは相手を敬い、下手に出ているというスタンスだ。

 

 はぁ……、面倒臭い。お互いに平民であり、油断ならない相手だからこそ、こうして立ち位置からして暗中模索しなければならない。爵位のような、わかりやすい指標が欲しいよ、ホント……。



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