第31話 ショーン・ハリューを敵に回すという事
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マフィア連中の集まりから解放され、闘技場をあとにする頃には、空はもう茜に染まり始めていた。せっかくの休日を台無しにされた気分だ……。
結局僕とフェイヴは、観客席に一歩も足を踏み入れる事なく闘技場をあとにする事になった。いや、正直興味があったわけではないが、これでは入場料の払い損である。
やっぱりあいつら、もうちょっと懲らしめておくべきだっただろうか……?
「ああ、もう! 面倒臭ぁーい!」
「第一声がそれっすか……。いやまぁ、わかるっすけど」
精一杯伸びをしつつぼやく僕に、フェイヴが苦笑しながら声をかけてくる。
話の内容は、件のバカ王子とその取り巻き――【新王国派】が暗躍して、僕らや伯爵家に対して、謀略を仕掛けてきているという事だ。そして、このウェルタンの裏社会は、それに味方するものと僕らに味方するもので、真っ二つに割れてしまっているとの事。
これは、一応ゲラッシ伯やディラッソ君とも情報共有しておくべきだろう。ウッドホルン男爵たちはどうするか……。一応知らせておくか。
もしかしたら、バカ王子とは無関係の陰謀という可能性もあるが、タイミング的にまず間違いないだろう。違ったとしても、僕と伯爵家はどうせ対処しなければならない。その場合、ウッドホルン男爵たちは関係なかったという事になるが、端から蚊帳の外におく必要まではない。
「とりあえずどうするんすか?」
フェイヴの質問に、夕焼け空を眺めながら考えていた今後の方針を思考の棚にしまい、そちらを眺める。
「どうするって?」
「いや、さっきの話っすよ。中央のアホが【ハリュー姉弟】を軽視して、なんか仕掛けてきたんすよね? だとすると、これを放置したら次から次へと、雨後の筍のように厄介事が舞い込んでくるっすよ? 舐められたら終いっす」
「ははは……、そうだね。僕もその意見には同意だ」
普通なら、王族も絡むような敵に対して、即断即決で対抗を選択できるかという懸念もあるのだが、その辺りの機微はフェイヴには難しいか。とはいえ、僕だってその意見には概ね同意だ。
ここで、敵の大きさにビビって手を控えると、二匹目三匹目の泥鰌を狙う輩が現れ、僕らはそれの対処に忙殺されかねない。そんなのはごめんなので、ガツンとしっぺ返しを食らわせるつもりだ。
「ただ、やり方には注意が必要です」
「というと?」
「バカ王子は勿論、【新王国派】の貴族の顔を潰す形での報復は、現時点ではできません」
「まぁ、それはそうっすよね」
苦笑して頷くフェイヴ。どうやらこいつでも、王侯貴族に対して真っ向から反抗する愚については理解しているようだ。まぁ、それはそうか。
でなければ、とっくの昔に問題を起こして【
「しかし……、だとするとどう報復するんすか? 既にアルタンのハリュー邸には、手勢を差し向けられてるんすよね?」
「まぁ、そっちはそっちで、出来る限りの手は打ってあります。対処できなければ、そのときはそのときですね……」
心配ではあるが、気を揉んだところで状況が好転するわけでもない。僕の返答に、フェイヴも淡々と応じる。
「そっすか」
あの黒髪にーさんの話では、既に多くの裏組織がアルタンのハリュー邸に襲撃をかける為に出発したらしい。以前の【先導者騒動】のように、数百人単位で人を送り込むのではなく、それなりに名の知れた腕利きが送られたとの事。
【ジジ三兄弟】【殺し屋・ロロ&デッダ】【コールニー商会】【スルトの巨人コンビ】【ドゥカ・ラージ・ティヴィリスのお肉屋さん】【ゴミ処理業・ドーブ】【ボ・ラップ兄弟】【ヘンケとカッソ】【ベチ兄弟】【ザバード兄妹】【メッソ兄弟】【ダドル兄弟】その他兄弟姉妹多数……。どうやら、裏社会で義兄弟の関係を築くのはあるあるらしい。
サイタンの冒険者ギルドで【ハリュー姉弟】というパーティ名を登録したとき、受付の人が嫌そうな顔をしていたのもこれが理由か……。『○○兄弟』というネーミングそのものに、裏稼業風のイメージが根付いているのだろう。
面倒だけど、あとで変えようかな。このままだと、結局悪いイメージが付き纏いそうだ。罷り間違って、そっちの依頼が舞い込んできても対処に困るしね。
「ひとまずは、連中からの報告待ちですよ」
フェイヴの『どうするのか?』という質問には、現状ではこう答えるしかない。
黒髪にーさんを始めとした連中には、僕らに敵対している連中の情報を、できるだけ集めてくるように言ってある。なにしろ、たったいま事態を把握したところなのだ。情報収集が最優先であり、それがなければ二進も三進もいかない。
「まぁ、お貴族様だの王子様の顔を潰さない分、裏の連中には存分に痛い目を見てもらおうとは思ってる。二度と、第二王国中央の連中の陰謀になんぞ、肩入れしたくなくなる程度には、ね」
「おおー……、おっかねぇっすねぇ……」
「なにを他人事みたいに言ってるんですか? これからフェイヴさんには、おおいに働いてもらわなければならないのに」
「はぁっ!? 俺っち、なんも関係ないっすよね!?」
「たしかに関係はありませんが、だからこそ動きやすい立ち位置にある駒でしょう?」
「駒って……。ショーンさん、そういう事言うキャラでしたっけ?」
「前回の戦争では、お仲間にも黙って一緒に悪巧みをした仲ですからね。無理に取り繕った姿を見せる意味が、もうないですから」
「まぁー……、たしかに……。いまさら、他人行儀っすしね?」
ニヒヒと悪い笑みを浮かべるフェイヴに、僕も悪代官に笑いかける越後屋のように笑いかける。他人は他人だがな?
「勿論、報酬はお約束しますよ」
「乗ったっす。ショーンさんは金払いがいいっすからね。で? 俺っちになにをさせたいんすか?」
「今日会った連中、そしてそうじゃない【親ハリュー姉弟派】の連中を探ってください」
「…………」
味方側を探れという指示に、フェイヴの表情が引き締まる。だが、反論はない。
当然だろう。彼らとはあくまでも、呉越同舟の間柄だ。呉と越の関係同様、僕らは仲良しこよしというわけではないのだ。
どころか、あっちとこっちを両天秤に架けたり、蝙蝠として振る舞う者。逆に知らんぷりで嵐が通り過ぎるのを待つ者。状況を利用して上手く僕らを使おうとする者。様々なスタンスを取る裏組織がいるだろう。
それは勿論構わない。だが、ならばこちらにも相応の接し方というものがあるというのを、理解してもらおう。
「とりあえず、敵となった連中には潰れてもらいます。虱潰しにするのは面倒なんで、できれば一発二発で片付けたいところですね」
フェイヴの言うとおり、舐められたら終わりだ。特に、裏家業の連中には。
その後の対処は、フェイヴからの報告待ちになるだろう。舐められても面倒だが、僕らを利用してのし上がろうなんて考えられても面倒だからね。
「いやホント……。おっかねぇっす……」
茶化すでなくそうこぼしたフェイヴに、ちょっとだけ苦笑しつつ帰路に着く。さて、どうなるものか……。
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