第30話 ゴブリン

「……状況は、【群】対【個々】という構図になりつつあります。本来のダンジョン攻略は【個】対【個々】であり、現状とは真逆の構図になります。これでは、冒険者ギルドが培ってきたノウハウはあまり役には立ちません」

「そうだな。本来は、ある程度統制が取れてる俺ら人間側が【群】であるはずだったんだが……。なるほど【個々】か……。上手い事言いやがる」


 同じく顎を撫でさするようにしながら、皮肉気に笑うウー。シニカルに笑ってこそいるが、その顔には疲労が色濃く浮いている。私はそんな彼に一つ頷いてから続けた。


「はい。人類社会はその組織力によって、ダンジョン――の主を攻略するのが、戦術の根幹にありました。しかしいま、それは覆されつつあります。であらばこそ、こちらもしっかりと【群】を形成し、最低でも【群】対【群】の構図に持ち込むべきかと。あるいはそれを【軍】まで引き上げられれば、かなり優位に立てるでしょう」

「つまり、伯爵家を頼れ、と……?」


 ウーの質問に、その目をまっすぐ見据えながらゆっくりと頷く。おそらく、人間の立場に立てば、そう間違ってはいない意見のはずだ。実際、それをやられると三層の突破は時間の問題だろう。


「……それは、なかなか難しいだろうなぁ……」


 だが、ウーは呻吟しながら顔を顰めて首を振った。私はその言葉の真意がわからず、首を傾げる。


「今年はもう、領内では兵役を行っちまってる。ここからさらに兵を徴すのは、民に不満が生じる為、伯爵家としては避けてぇはずだ。兵役ってのは税の一種だからな。民からすりゃ、一年に二度税を絞られるようなもんだ。つまり、伯爵領軍が動けるのは最短でも来年という事になる」

「そんな事を言っている場合ですか? 三層の群れが大きくなり、受肉し、ダンジョン外に出ていくような事になれば、大問題に発展しますよ?」


 私の言葉に、わかっているとばかりに手を振ってから、深く深く息を吐いて項垂れるウー。執務室の机に肘をつき、左手で頭を支えなければ、転げ落ちてしまいそうな有り様だ。


「小鬼が群れるのはままある事だ。そこに豚鬼や大鬼が加わるのもな。だが、数は多くて数十だ。それ以上の群れになると、維持する為の食料や住処を、用意、維持するだけの頭が、これまでの鬼系モンスターにはなかった。だが、その新ダンジョンの鬼は違うようだ。これだけで、緊急事態と言っていい」

「はい。現在、あちこちに生息している小鬼の脅威度にまで影響する大事です。徴兵が出来ないというのなら、きちんと報酬を支払う形で募兵すれば良いのでは?」

「そうなんだがなぁ……」


 なおも煮え切らない返答に、正直イラっとした。その思いで睨み付けていたら、視線に気付いたウーが、多少バツの悪そうな顔で両手の平をこちらに見せる。


「悪かった……。お前さんの意見が正しいというのは理解してんだ。ただなぁ、俺たち冒険者の役割が、本来その急場しのぎの為の戦力なんだ。ある程度まとまった戦力を迅速に、安上がりに組織して、それこそ【群】を形成するっていうな。まぁ、お前さんの言う通り、現状は【個々】なんだが……」

「つまり、冒険者ギルドの存在意義を揺るがし、自分たちの無能を認める事態であるから腰が重いと?」


 煮え切らないウーの態度に、無意識に苛立ちが声に混じる。

 とはいえ、よくよく考えればショーンがこのタイミングで新ダンジョンを発見させ、攻略をさせているのは、諸々の現状を踏まえての事だ。つまり、現状伯爵家が軍を整えづらいのも、冒険者ギルドが身動きとりづらいのも、ショーンの狙い通りである。

 流石、私の弟! 人間の動向を見計らって、最適のタイミングを狙い澄ましていたのだろう。


「はぁ……。本来、【個々】を【群】にする為の指揮官として、アルタンの支部長ギルマスにセイブン殿を就かせようとしてたんだ。一級冒険者パーティ【雷神の力帯メギンギョルド】の前衛。経験も威厳も十分。これだけわかり易い旗頭は、なかなかいねえ。荒くれも多い冒険者を率いるにゃ、相応の実力は必要だからな」


 ふむ……。セイブンがアルタンから離れているのは、ショーンの思惑からは外れた事態だった。だとすると、なにもかもが思惑通りという事ではないのだろう。

 ショーン的には、このままセイブンが攻略に加わっても構わないと思っていたのだろうか……。流石にわからない。


「聞き齧った話ですが、そういう能力を有する特級冒険者がいるのでは?」

「ここから離れた場所にはいる。付近の支部にはいねぇよ……。セイブン殿が近場にいる間は、他所の支部に必要な人材だったからな……」

「なるほど……」


 人を指揮するというのはかなり高度な技能だ。指揮者が無能であるなら、ダンジョンに攻め寄せる軍勢がどれだけ多かろうと、すべてただの糧でしかない。そう思うと、チッチの指揮能力はかなり高いと見るべきなのだろう。


「だが、そうだなぁ……。現実的には、そういう特級冒険者を呼び出しつつ、伯爵家の方にも連絡を入れる。ただし、伯爵家も伯爵家で、いまは当主も次期当主もいねえ。代理はいるだろうが、勝手に軍を組織できる程の権限なわけがねえ。連絡がつくのは、お前さんの弟と同時期くらいだろうさ……。事態が動くのもな」

「そういえばそうでしたね」


 こちらはショーンの想定通りの事態。ふむ……。となると、攻略に際しては領軍の介入よりは、冒険者ギルド主体の方が望ましいのだろう。想定外の点は【雷神の力帯メギンギョルド】に関わる部分だけのはずだ。

 であれば……――もう少し、本腰を入れて攻略に当たるべきか。今回の新ダンジョンに関しては、過程はともかく最終的には四層に到達させるのがショーンの思惑だ。

 だとすると、あまり攻略が遅れすぎるのは不確定要素の介入が増える。なるほど。領軍が攻略の主体になると、我々が関与できる余地が少なくなるのか。

 冒険者が攻略の主体であれば、上級冒険者である我々の立場はかなり強い。だが、攻略が伯爵家の主導になれば、采配を振るうのは有力家臣となるだろう。

 一応、私が伯爵家家臣にはなったものの、新参のうえに若年。まず、意思決定に携われるような場面はあるまい。どちらが動きやすいかは、言うまでもないだろう。


「では、伯爵家が動けるようになる一月後までは、攻略班指揮のチッチが全権を維持するという事でいいですか?」

「うん? まぁ、そうならぁな。部隊指揮ができる特級冒険者がどれだけ早く動けるかにもよるが、まぁ同じくらいの時間はかかるだろうなぁ……。下手すりゃ、それよりも遅いかもだ」

「わかりました。攻略用人員の増加の準備だけ、進めておいてください。下級冒険者でも、一層や二層の掃討、維持に役立ちますから」

「おう。チッチや【アントス】の連中にも、無理はするなとだけ伝えといてくれ。焦って現攻略班の崩壊ってのが、いま一番避けなければならねぇ事態だ。お前らが、ダンジョンのになってくれてんだからな」

「了解です」


 私はそう言って、サイタンのギルド支部をあとにした。仕方がないので、ここはチッチに花を持たせる形で三層を攻略させよう。

 ショーンが作った、小鬼の亜種モンスター――ゴブリンを、私と【アントス】以外は、中、下級冒険者で攻略か……。多数の人間を動かすのは、私にはまだ難しいのだが……。



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