第29話 帰納的な推論とギルドの対応
●○●
「かぁぁ~~……」
私の報告を受けたサイタンの
「チッチらは、現在も前線で今後の行動方針を思案しているところです。場合によっては、攻略人員の追加を要望する可能性もあります」
「…………。……わかってる。だが、呼ぶったっていまのサイタンにゃ、ミソッカスばかりだ……。アルタンから、お前さんの弟でも呼び寄せるか?」
「ショーンは現在、なんとかというバカ王子に呼び出しを受けて、王都に向かっています。連絡がつくのは、早くて一月後でしょう。【
「クソっ! なにを目的に、地方から上級冒険者を移動させてんだ!? 戦争に冒険者を使わねぇのは、こういう緊急事態にいち早く対応する為だろうがッ!! っとに、余計な真似しかしねえバカ王子がッ!」
悪態を吐くウー。その態度には、本心からの苛立ちが表れていた。冒険者ギルドの支部を任されている者にとって、使える人材を政治に左右される事態はなにより苛立つ事柄のようだ。
私から見ても、この政治というものが人間という生き物の宿痾に思える。ただし、その政治がなければ、我ら地中生命は楽に地上生命を家畜とできていただろう。ダンジョンにとっては一長一短の性質……。いや、やはり少々厄介さが勝るか……。
「……。すまん、愚痴だ。お前ら姉弟がどうにかできる事でもねぇってのに……」
「いえ……。一つ聞いていいですか?」
一通り憤りを吐き出したウーに、私は気になっていた事を訊ねる。ウーは、その白眉を片方持ち上げて、私の顔を見る。
「あなたはいま、地方から有力な冒険者を引き抜いた点で、バカ王子の方を批難しました。ですが、同じく【
そこにあるのが依怙贔屓以外の理由ならば、彼ら冒険者というものの生態について理解する一助となるだろう。場合によっては、自分たちのダンジョンから上級冒険者を引き剝がす際に利用できる事情かも知れない。
そんな内心を隠しつつ訊ねた私に、ウーは眉間に皺を寄せて返答する。
「……ギルド全体や、社会全体のダンジョンに対する姿勢はともかく、俺の個人的見解としては【
「なるほど……」
頷いてみたが、やはり釈然としないものがある。
つまり、彼らのなかに国に属す人間がいるから、政治によってその行動を制限されているという事だろうが……。私がダンジョンコアだから、政治を優先するその行為を怠慢と思ってしまうのだろう。
しかし、パーティ内に二人も貴族を抱えているが故の事だとすれば、そう利用価値の高い情報ではないか……――いや? 案外そうでもないだろうか……。
国は、有力な冒険者に対し、首輪をつけたがっている。私が伯爵家家臣にならざるを得なかったのも、ショーンが政略結婚を已むをえぬものとして捉えているのも、貴族らが我らの動きを制御したいが故であり、これを厭うと『国に対して叛意アリ』と見做されかねない。
ならば、他の一級冒険者パーティにも同じような首輪が付いていると考えるのは、かなり確度の高い憶測だろう。もう少し、帰納的推論を述べるならば、国家において一級冒険者程の【武力】を放置する事はあり得ない。
なんだったか……。たしか、ショーンが言っていたのだ。
『力というものには、多かれ少なかれ政治力が伴う。財力、武力、求心力。金貨一、二枚程度に換算される【力】程度ならば、そこに伴う政治力は塵芥も同然。数が十倍、百倍、千倍であろうと然したる違いはない。だがしかし、数万、数十万もの金貨にはかなり強い政治力が伴い、数百万、数千万枚に換算される頃には、それはもはや貴族と変わらない政治力となっているだろう。政治力とは、影響力と同義だからね』
これはたしか、今後のハリュー家の方針として『あまり財力を貯め込まず、しかしある程度は保有しておかねばならない理由』としてジーガやザカリーに述べていた話だ。【力】の塩梅を上手く調整しておかねば、貴族に敵視されかねない理由として。
私はなるほどと唸ったものだが、ジーガとザカリーにはいまいち理解が及んでいなかったようだ。ハリュー家というコミュニティが、そこまでの影響力を有する事態を、現実感を伴って想定できていなかったのだろう。
なお、【力】を金貨換算で例えていたのは、それがジーガのみならずザカリーにもわかり易いからとの事だった。実際には、財力では覆せない【力】というものもあるから、すべてを財力基準で考えると認識に齟齬を招くと、注意喚起もしていたのを思い出す。
一級冒険者とはつまり、【武力】という大きな政治力を有する個人なのだ。王侯貴族がこの『浮き駒』を放置できるわけがない。もし誰かが放置しようと、別派閥の誰かが自派閥に取り入れにかかる。それが、人間の政治という病のあり方だろう。
ならば大小はともかく、有力な冒険者パーティに国家の首輪がついていないと考える方が、悲観論に基く当て推量でしかない。であるならば、政治的要因によって有力パーティを遠方に追いやる方法というものは、なかなか再現性が高く、有益な情報足り得るかも知れない。
あとでショーンと相談してみよう。
「――んで? チッチや【
私が自らの思考に没頭していたのと同様、沈思黙考していたウーが顔をあげて問うてくる。
「未だ協議中です。私は、いち早く情報共有ができるよう、伝令役を買ってでたまでです」
「なるほどな……。ちなみに、お前さんの見解は?」
「ふむ……。そうですね……」
私は頤に指をあてて、暫時考え込む。ダンジョン側からでなく、地上側からこの事態への対処法か……。
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