第28話 弱小の選良
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新ダンジョンの出口に設えられた天幕の中に、今回の探索における主だった面子が集い、意見を交わしていた。顔ぶれとしては、私、ラスタ、ラン、【
「まず、今回の作戦でわかった事は、連中は『狼に率いられた羊』ではないって事だ」
チッチが結論から告げるように、手始めにそう述べた。その意見に【
「強い統制力を有し、俯瞰的にこちらの動向を把握し、適切に指揮しているような存在――つまりは、ダンジョンの主が直接小鬼どもの群れを指揮しているわけじゃねえ。また、それに準ずるような、桁外れに知能の高い階層ボスの指揮とも思えねえ。そういうこった」
理解の及ばぬ連中の為に、チッチが噛み砕いて説明する。その隣で、冷や汗を垂らしつつ訳知り顔で頷いているラダの事は、全員が見て見ぬフリをしていたので私も言及しない。
「勿論、連中を『羊に引きられた狼の群れ』だというつもりはねえ。それなら与し易かったんだがな……。あっしの見解としては、連中は『羊に率いられた羊の群れ』だ」
「それって、ただの羊の群れって事じゃないの。かなり弱そうに聞こえるんだけど?」
チッチの見解にフロックス・クロッカスが苦笑しつつ意見を述べる。言いたい事はわかるが、語弊があるというような態度……、でいいのだろうか? この辺りの機微は、流石にまだ私には判断がつかない。
フロックスの言葉に、チッチはゆっくり首を振りつつ続ける。
「連中は、自分たちの弱さというものを理解している。だからこそ、好機であろうと深追いをしてこねぇし、こちらが攻略を急がなければ深入りもしてこねぇ。三層小鬼の群れ、もしくはそれを率いる者の念頭にあるのは、群れと縄張りの維持だけだ。
「まぁ、そんな感じよねぇ……」
チッチの台詞に、フロックスもウンザリという口調で応える。これには、【
「三層に入った途端に動きが変わったのも、このせいだろう。三層小鬼の群れは、縄張りを広げるつもりはなく、二層にいたのは俺たちの良く知るただの
「私も同様の見解よ。付け加えるなら、率いているのが狼どころか、牧羊犬でないっていう意味でも同意。一当てしてみた印象は、適切に戦力を割り振っているってより、広く均等に防御陣形を築いて、弱点を作らないよう本拠地を守っているって感じだったわ」
「同意見でさぁ。数の少ない、グラ様やカメリアさんの第三部隊にすら深追いをしなかったってんだからな。連中からすれば、自分たちの群れにちょっかいかけてくる害獣を追っ払った、程度の認識なんでしょうや」
忌々しそうに語るチッチや、それに同意するフロックス。その言葉に、同様に不快気に同意する様子が、天幕内の冒険者どもに見受けられた。本来の羊飼いとモンスターの立場が逆転して、群れを脅かす害獣扱いされている現状が、心底不快なようだ。
だが、わかっているか、人間ども? それは結局、ダンジョンに分け入るお前らが、我々にとっての害であるという事なのだぞ? 無論、害だけでなく糧でもある以上、まったく入ってこないのも困りものだが……。
「アタシからもいい? 反対意見ってワケじゃないんだけど、二人の見解にちょっとだけ懸念点を提示させて」
軽く手を挙げて話し始めたのは、私たちに同行したカメリアだ。チッチとフロックスが頷き、それを確認したカメリアがゆっくり話し始める。
「アタシが気になったのは、アタシたち第三部隊に、小鬼が深追いしてこなかったって点よ。普通あり得ないでしょ? こっちには、アタシはともかくグラちゃん含め、キレイどころが三人もいたのよ? 小鬼なんてのは、金欠の遊び人並みの漁色家よ。なのに、この三人を前にして小鬼が勇み足を納めるってのはなかなか考え難いわ。だから、アタシ的にはかなり統率が利いてるって思ってたんだけど……」
チッチとフロックスは、顔を見合わせてから互いに頷く。その後、リーダーであるフロックスが代表するように、口を開いた。
「たしかにそこは気になる点ね。でも、だからこそ私は、連中を統率しているのがダンジョンの主や、それに類する者ではないと思うの」
「というとぉ?」
カメリアの問い返しに、フロックスは真剣な面持ちで応じる。
「ダンジョンの主や階層ボスが指揮しているなら、末端の末端まで統率はできないわ。どこかで必ず、ポロポロと統制から離れたあぶれ者が現れる。人間の軍隊と同じね。でも、それが出ない。これが意味するのは?」
「……。……前線の小部隊に、統制を取っている小隊長がいる?」
カメリアの言葉にフロックスがゆっくりと頷く。
「加えて、中部隊には中部隊の統制を取っている中隊長がいて、大部隊には大部隊を統制している大隊長がいると、私は見ているわ。チッチはどう?」
「同意見でさぁ。連中の動きはどうも、一つの意思に統一されたものというより、予め決められた行動指針を末端が墨守し、そこから得られた情報を基に、全体の動きを定めているように見えやす。その大隊長とやらが、群れ全体の指揮を執っているのか、はたまたさらに上があるのかまではわかりやせんが……」
「同感。第三部隊に食い付かなかったのも、小部隊の行動方針に『深追い禁止』が徹底されていて、小隊長が末端の離反者を許さなかったと見れば、然程おかしな話じゃないわ。もし食い付いて離反者が現れたら、小隊長がその者を粛清している可能性まであるわ。末端まで統制が行き届いてい理由は、そこが大きいと思うの」
「なるほど……。つまり、チッチやフロックスちゃんは、三層の小鬼の群れが厄介な要因は、ダンジョンの主や階層ボスのような強力で有能な統率者の出現というより、小鬼の中から小鬼を統率できる、弱小の選良が生まれたと見ているのね?」
カメリアの見解に、チッチ、フロックスが頷く。見回せば、腕を組んで呻吟する者、難しい表情で瞑目する者、未だ話についていけない者と、十人十色の反応が窺えるが、否定的な意見は見受けられない。
なので私は、彼らの意見を取り纏めるように口を開いた。
「――結論としては……」
私が口を開いた途端、天幕内は静寂に包まれ、刺すような緊張感が場を満たす。やはり、ショーンのようにするりと彼らの輪に入る技能は、まだまだ私にはないようだ。
「――三層の小鬼の群れは『一強単独』の統率者の存在によるものではなく、カメリアのいうところの、複数の『弱小の選良』によるもの。小隊長、中隊長、未確認の大隊長の小鬼の出現によるもの。それらが、軍隊のように連携して防御陣を築いているせいで、単体パーティの攻略を著しく難しくしている。ひとまずは、そういう結論でいいですか?」
私の問いに、一同がそれぞれの顔を見合ってから、代表するようにチッチとフロックスが頷く。
「相違ねえっす」
「私も、四級冒険者パーティ【
「よろしい。では、私は【
私の提案に、チッチはホッとするように、フロックスはなるほどと言わんばかりの顔をする。【転移術】を用いて、後方のギルドとの意思疎通を図れるというのは、常の攻略ではなかなか望み得ないのだろう。
チッチは、以前【
それにしても、やはり人間というものは侮り難い……。あの子の打った布石を、こうもあっさりと見抜くとは……。
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