第27話 護衛団の密談と王子殿下
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「殿下。チェルカトーレ女男爵からの報告です。既に遠征軍が行動を開始したとの事」
ウッドホルン男爵の言葉に、私は一つ頷いた。空を飛べる彼女からすれば、増水による足止めなど然程の痛痒にもならぬ。船便よりも素早く動けるのだから、我らに同行する事そのものが、その足を鈍らせる足枷ともいえる。
この報告ののち、既に彼女は王都にとんぼ返りしているだろう。私がここにいる事で、連絡を密にする必要があるからな。
「今年の春はかなり温かい。いち早く大公領へ入り、戦場におけるより良いポジションを得たいのだろう。ただ、
「はい。そのような事は……」
「騎兵や常備兵だけ東に送っても、仕方なかろうに……」
私のぼやきに、ウーズ士爵が苦笑しつつ提言する。
「受け入れ態勢を整えるという意味では、役に立ちましょう。大公軍との意思疎通が円滑に行え、スムーズに遠征軍を現地入りさせられれば、その分素早く侵攻に移れます。下の兵らにとって、上のゴタゴタで足止めされるのは、なにより苦痛ですからな。利も理もあるかと。その辺りは、殿下の補佐たるルーヒリー将軍のご指揮に任されるが良いでしょう」
その言には、私もウッドホルンも唸らざるを得ない。そういう見方もあるか……。やはり、軍役経験のない私や、文官で数える程しか戦場に立っていないウッドホルン男爵には、欠けている視点があるのだろう。
門外漢の我々が、偉そうに評するような真似でもないようだ。やはり親征とはいえ、私のようなド素人が思い付きで軍配を振るわけにもいかぬ。ルーヒリー将軍に指揮を任せたのは、間違いではなかったようだ。
「そうだな。ラクラ宮中伯やドゥーラ大公もいる。まず誤謬はないと任せよう」
「は。して殿下、実際にその目でご覧になって、どう思われました?」
ウッドホルン男爵に問われて、私は一暫時黙考する。しかしすぐに結論を出して、口を開いた。
「伯爵家の嫡子は良いな。聡明で野心がない。おおらかで、進取の気性に富み、果断な決断もでき、既に武勲もある。理想的な辺境領主といえよう。彼の者が当主の間は、ゲラッシ伯爵家を憂う必要はないと安心できる」
「左様にございますね」
柔らかい笑顔を浮かべて頷いたウッドホルン男爵。彼から見ても、次代の伯爵公子の出来は良いらしい。
やはり、ラクラ宮中伯のいう通り彼を味方に付け、地方から私を支えてもらおう。その為にも、私が玉座に就いた際の初仕事は、ゲラッシ伯爵家の家督継承を認め、その嫡子たるディラッソ・フォン・ゲラッシの叙爵となるだろう。
この箔は、伯爵家にとっても大きい意味を持つ。内外に対して、私とゲラッシ伯爵家との結びつきの強さを見せ付ければ、影響力の増大にもつながる。我々としても、地方を冷遇していないというアピールになる。
「――して、殿下……」
続けてなにかを問おうとしたウッドホルン男爵が、語尾を濁して問うてくる。だが、明言する必要はない。それは、わざわざ私がこの一行に同行した二つの理由の、もう一つなのだからか。
「うむ……」
頷いて思い出すのは、黒髪の少年。いまだ幼さの残る、十代前半もいいところの子供の姿。
だがしかし、その実は多くの帝国兵をたった二人で殺戮せしめ、数千の兵を叩き返した【ハリュー姉弟】の片割れ――ショーン・ハリュー。
姉弟の内では比較的温厚で、私が会うならば姉ではなく弟の方だと言われた相手だ。勿論、それを明言したのは、我らの内では唯一姉弟と面識のあるチェルカトーレ女男爵だ。しかし、それを述べる彼女の苦虫を噛み潰したような顔を見るに、弟の気性も相当に荒いものなのだろうと、覚悟はしていた。
……しかし……。
「ウッドホルン男爵、そしてウーズ士爵よ……。私には、彼がそこまで危険な人物には思えなんだ。理知的で、社交的で、ある程度礼節も弁えている。同年代の貴族の子弟と比べても遜色のない言動に、数千の敵軍を欺ける程の幻術の腕を加味すれば、優劣など明白。変に驕ったところのない分、生まれの悪さも問題にならん」
そもそも、私が他者の生まれをどうこう言える立場ではない。半分は先王陛下の血を継いでいるが、もう半分は市井の赤い血なのだからな。
「なにをおいても、第二王国に取り込むべきではないか? 王都のアカデミーに招聘し、その知見を授けてもらえるならば、必ずや我が国の役に立とう。勿論、彼らも秘匿したい技術はあろう。件の【死神召喚】などは秘中の秘故に、伝授など望むべくもなかろうが、それ以外の幻術に対する知識であれば、いくらかは教示もしてくれるはずだ」
サイタンでの戦の経緯を思えば、幻術そのものに対する認識を改められるだけでも利は大きい。軍事において、大々的に幻術を組み込めるならば、戦場はこれまでのものとは一変しよう。
いや、そんな悠長な事言っている余裕は、もはやないかも知れぬ。【サイタン郊外の戦い】を経験している帝国ならば、既に戦場における【魔術】のあり方を見直しにかかっているはず。手痛い損害を被っているだけに、その危機感は強く、腰も軽かろう。
我らがそれに後れを取るわけにはいかぬのだが、新興の帝国よりも旧態然とした第二王国の動きは緩慢になりがちだ。なればこそ、いち早く変化についていかねばなるまい。
そういう意味でも、次期伯爵の進取の気質は頼もしい。ハリュー姉弟とのつながりも含めてだ。
「……ふむ。私も、現時点においては、そこまで忌避する必要はないと判断いたします。されど、無位無官の少年をアカデミーに招聘という話はどうでしょう……。いささか、影響が大きすぎるかと。せめて、博士爵を取らせられませぬか?」
「そうですな……。肩書きが戦場での武威だけでは、お歴々も扱いに困りましょう。でき得るなら、さらにもう一つ二つ、学術的な功績があれば良いのですが……」
ウッドホルン男爵の言に、ウーズ士爵も同意して頷きつつ眉根を寄せる。ある程度教養を積んでいる我々ではあるが、流石に一定以上の学術においては、畑違いもいいところだ。それは、文官であるウッドホルンも同様である。彼はあくまで、優秀な官僚であって学究の徒ではないのだ。
故に、あのショーン・ハリュー少年に相応しい功績というものが、なかなか思い付かない。彼らは、武の道以上に実績主義だからな……。辺幅を着飾る為の、取って付けたような功績などを与えても、表面上は受け容れようが、その言はことごとく無視されよう。それならば、むしろ実績がない方がマシですらある。
「ただ、私は彼の矯激な振る舞いは、やはり憂慮すべきかと存じます。当初の想定通り、彼への接触は私と騎士ウーズに任せ、殿下は身を明かさぬ方がよろしいかと」
「某も、ウッドホルン男爵の意見に同意いたします」
ウッドホルンとウーズの言に、無意識に表情が険しくなるのがわかった。できれば、胸襟を開いて彼と話をしてみたかったのだが……。しかしたしかに、この身の重要度を思えば、みだりに危険は冒せぬか……。
「左様か……」
そう言って頷くにとどめる。
「は。いま、第二王国にとって御身の安全こそが最優先にございますれば、ご辛抱ください。ルートヴィヒ殿下」
重々しい口調言い含められた私は、そのウッドホルンの忠告を受け入れた。無理を言って彼に同道し、そのせいでチェルカトーレ女男爵とウーズ士爵という、贅沢すぎる護衛がつく事態になったのだ。
チェルカトーレ女男爵がハリュー姉弟と面識があり、彼らの連れている【
無論それは、私が忍びで一向に同道する為であり、護衛の少なさを戦力の質で補っているに過ぎない。だが、それでもかなりの無理を通した事は間違いない。
ウッドホルンを始めとした配下らには、既にこれだけ負担をかけているのだ。これ以上ワガママを言えば、あの愚兄と同類と見做されかねないだろう。それだけは、本当に勘弁してもらいたいところだな……。
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