第26話 関係の清算と彼らの危惧
「も、勿論、もう随分前の話だ。最近は一切、ハリュー家にもアルタンにも手は出してねえ」
まぁ、そうだろうね。最近僕らの屋敷に侵入してくるのは、マフィア連中よりもどこかの工作員っぽい連中や、暗殺者紛いの輩だ。随分前から、僕らに対してマフィア関連のちょっかいはなくなっている。
「詳しく話を聞いてもいいですか? というか、聞かせて。拒否は許さないから」
「は、はい……」
すっかり意気消沈とばかりに、力ない声で応える黒髪にーさん。何とも哀れな姿だと思ったが、フェイヴが肘で突いてきた。首を振っている? 変に同情するなって忠告か。
その後、黒髪にーさんから諸々の説明を受けたが、思わず渋面を作ってしまう程面倒臭い話だった。フェイヴなど、早々に事態の把握を投げたのか、気もそぞろに室内の調度を眺めていた。
要約するとこんな感じ。
第一。ウェルタンの裏社会には、当然ながらかつてのアルタンなど比べ物にもならない数の裏組織が存在する。その中で、勢力伸長を図ってアルタンに触手を伸ばしていた連中は、軒並みウル・ロッドにアルタンを叩き出され、力を減衰させた。僕らの屋敷に人を送り込んだこいつらも同じだったようで、人材を失い、ウル・ロッドにアルタンの根を切られた。
結果、現在のアルタンの裏社会は、完全にウル・ロッドが仕切る形となった。
第二。第二王国中央の政治的諸々の影響を受けて、ゲラッシ伯爵領で暗躍しようという輩が、ウェルタンの裏社会に入り込んだ。その連中の目的の一部には、僕ら【ハリュー姉弟】もいる。
ただし、彼らのメインターゲットはあくまでも、ゲラッシ伯爵家であり、僕らじゃない。伯爵領にて、なんらかの工作を図り、王国西部を不安定化させて帝国を刺激する。
第三。王国東部では旧領奪還戦。王国西部では帝国と伯爵家との緊張状態。王国南部は、常に異教徒とシカシカ大司教領との紛争。そうなると、王国中央部がほぼ空白地帯と化す。
その空白地帯にて、なにかをしたがっている連中がいるとの事。そのなにかに関する情報は、流石にこの連中も持っていないらしい。まぁ、ろくでもない話であるとは思っているようだが……。
第四。勿論、帝国に対する重石は、新進気鋭の指揮官にして、次期当主であるディラッソ君を擁する、ゲラッシ伯爵だけではない。帝国兵にとっては、それこそ悪夢のような存在である【ハリュー姉弟】。
この重石をどけない限り、帝国は動かないだろう。というか、現時点で帝国における影響力は、自惚れでなく伯爵家よりも、僕らの方が強いといって過言ではない。
だが、問題はここからで、ゲラッシ伯爵領にて工作を仕掛けようと裏社会に入り込んだ連中は、その辺りの機微をまるで理解していなかった。
要は、戦争における重要なファクターは、あくまでも貴族であり為政者である。戦力とは、その指揮下で適切に割り振られて、初めて効果を発揮するものであり、【ハリュー姉弟】という駒もその一つ……――という、実にお貴族様らしい考えの元に動いていたとの事。
いや、間違ってはいないんだけれどねぇ……。
実際、僕らはこれ以上、第二王国と帝国間の政治事情に深入りするつもりはない。そして、戦争というものは政治の一部なのだ。【ハリュー姉弟】が、帝国に対する重要なカードである事は認める。だからこそ、タルボ侯やタチさんはそのカードの引き抜きを図っているわけだし。
だが、いまだけはそのただの政治カードが、戦争そのものに大きな影響を与え得る。先の【サイタン郊外の戦い】における【
まぁ、こんなのはどうせいまだけの事だ。人ってのは、喉元過ぎれば熱さ忘れる生き物だ。いまはまだ、僕らの名を畏れ、怯えているらしいが、どうせその内その恐怖も風化して、重石としての価値も薄らぐだろう。でなければ、心霊スポットに人が集まるわけがない。
だが逆に、いまはまだ喉元にあるからこそ、帝国民は一番熱さを感じている頃合いなのだ。それを知らずに計画を立てたらしい連中に、裏組織のどこかが優しくもその点を忠告してあげたらしい。すると連中は、やはりというべきか、もっとも単純な僕らの排除法を考えた。実力行使である。
そして、第五である。その連中の計画によって、ウェルタンの裏社会はいま、真っ二つに割れているという。すなわち、【ハリュー姉弟】と敵対するか、与するか……。
いや、ホントもう……――
「――話が長い」
「面目ねぇ……」
いや、こっちから話せと言っといてこの物言いはどうかと思うが、流石に先の話を要点を踏まえずに、一時間半以上ダラダラと語られたら、文句の一つも言いたくなる。フェイヴが何回あくびをしたかわからない。
「でもまぁ、とりあえずわかった。君たちは、その真っ二つに割れた、ハリュー姉弟派という事でいいね?」
「はい。その為に、一度きちんと関係を清算しておきたかったんでさぁ。例えそれが、負けという形であろうとも。なぁなぁにしてっと、ウチ等の下のもんまでその良からぬ企みにいっちょ噛みしかねねぇわけでして……」
「ふぅん……」
まぁ、血の気の多い下っ端が『あそことは敵対関係だし、まぁいいか』と手を出して、僕らが本腰入れてウェルタンに乗り込んできたら困ると、この人たちは考えたわけだ。逆に、反ハリュー姉弟派の連中は、大々的に敵対しても構わないと考えた、と。
そして、この連中が本当はなにを一番恐れているのかも、なんとなくその話し振りからわかってきた。
「僕らがウェルタンの裏組織を潰しにかかったら、協力してくれるのは誰だろう?」
「「「…………」」」
ああ、やっぱり。この人たちが一番に恐れているのは、僕に敵対する事でウル・ロッドという組織がウェルタンの裏社会に参入するという点だ。そうなれば、いまのアルタンがそうであるように、ウェルタンの裏社会をもウル・ロッドが一手に牛耳るなんて事態もあり得るわけだ。
そして、もしもそうなった場合には、彼らは必然的に選択を迫られる。抗うか、従うか、はたまた逃げ出すか……。
「――……俺たちぁ、一度ハリュー家に手を出して、痛い目を見てます。だからこそ、今回の件に関わるのは嫌だったんです……。ですがもう、連中は動き出しちまった。そして俺たちも、もうハリュー家に手を出しちまったあとだ……」
「関係を清算しないと、そのまま一緒くたに潰されかねない、と考えたわけだ」
「……はい……」
「まぁ、そうだろうね。こちらには、いちいち選別する意義なんてないし、ウル・ロッドだってこの機に一掃したがるだろう」
「ご協力ならなんでもしやす。この街で起きてる事なら、今回の件に限っては包み隠さず、どんな情報でもお伝えします。ですからどうか、それだけは勘弁してくだせぇ……」
黒髪にーさんの必死な様子に、やはりここが彼らのウィークポイントなのだと再確認する。
まぁ、彼らからすれば、アルタンという町の裏を完全に掌握し切っているウル・ロッドは脅威だろう。町の大きさこそ、アルタンとウェルタンでは比べ物にもならないが、大小さまざまな組織が群雄割拠しているウェルタンと、完全に単独の組織で牛耳られているアルタンとでは、話がまったく違ってくる。
合従連衡すれば対抗も可能かもしれないが、その隙に足を引っ張られたり、矢面に立たされてすり潰される惧れもある。どだい、裏組織に共闘などという高度な政治判断はできないのだ。そんな状態でウル・ロッドという大組織を、徒に敵に回したくはないはずだ。
……まぁ、まともな状況判断ができる頭があれば、だが。
「まぁ、そうだなぁ……」
僕はソファに深く背を預け、天井を仰ぐ。実を言うと、答えはもう決まっている。だがここは、悩むふりをしておいた方が、僕らやウル・ロッドにとっても好都合だろう。
「うん……、まぁ、わかった。今回の一件に限り、君たちと僕らは協力関係だ。そしてその間――いや、この一件が終わってしばらくは、ウル・ロッドがウェルタンに手を出さないよう、我が家からも働きかける。判断はあちら次第だから、軽々に確約はできないが、まず大丈夫だろう。ウル・ロッドに対して、それくらいの影響力はあるつもりだ」
「は、はい。それでお願いしやす!」
ぱぁっと、その精悍な顔に喜色を浮かべて喜ぶ黒髪にーさん。後ろの連中も、ホッと胸を撫で下ろしている。
まぁ、いまウル・ロッドの連中は、他所に構ってる余裕なんて微塵もないだろうから、嘘じゃないよ。アルタンはいま、空前絶後の人手不足なんだ。なんなら、こいつらのところから、人足を出させたいくらいだ。
そんなわけで、僕らはまたぞろ、陰謀とやらに巻き込まれているらしい。【扇動者騒動】のときと違って、かなり早い段階でそれを察知できたのは、かなり幸運だっただろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます