第25話 チグハグな言動と通過儀礼

「ああ、そうそう。挨拶でしたね。『こんにちは』そして『さようなら』」


 僕がそう言ったところで、眼前の連中が一気に腰を落とす。黒髪にーさんは逆に、ソファから腰を浮かせていた。


「あはは。もしかして、『さようなら』に合わせて襲い掛かるとか思いました? 大丈夫ですよ。この『さようなら』は、普通の『さようなら』です。でも、そんなに怯えるなら言い換えましょう。ごきげんよう」


 そう言ってケラケラと笑う僕に、メロンハゲと傷爺さんのこめかみに、再び血管が浮き出る。嘲弄に我慢がならない質なのだろう。まぁ、舐められたら終いの商売だろうしねぇ。

 そんな二人を無視して、僕はソファから立ちあがる。


「それじゃ、帰りましょうかフェイヴさん。挨拶は終わりました」

「そっすね」


 サバサバとした僕らの会話に、慌てたような黒髪にーさんの声が割り込む。


「ま、待ってくれ!」


 外連味の仮面が剥がれた、切羽詰まった様子の黒髪にーさん。その顔には脂汗が浮いており、真剣味を帯びた顔には追い詰められた者特有の悲壮感が浮いていた。

……ふむ。どうやら、単に威圧したり、それを材料になにかを強請るなんていう、単純な話ではなさそうな気配がするな。面倒な。


「悪かった! ゾンダの非礼は、俺から詫びさせてもらう」


 改めてソファに座り直した黒髪にーさんが、間のテーブルに額がつきそうな程に頭を下げる。先程のヘラヘラとした謝罪とは雲泥だ。


「ゾンダ? それがあなたの名前ですか? それともそちらのご老人?」

「い、いや……、アン――ショーン殿が、ぶちのめしたあの男です。俺の名は――」

「ああ、別にいいです。あなたたちの名前になんて興味もありませんし、いまさら聞いても覚えるつもりもありませんから」


 別に欲していない名刺交換の機会を二回も三回も与えてやる程、僕らの人脈は狭くもなければ、僕自身の頭の要領は広くもない。こいつらが自己紹介をする機会は、既に逸したのだ。

 だが、僕のそんな物言いが我慢ならなかったのか、とうとう傷爺さんがブチ切れる。


「小僧! 舐めてっと――」

「へぇ!」


 傷爺さんが持っていたステッキから、すらりと白刃を抜いたところで、僕は枯れ木のようなその手から、抜き放ったそれを捥ぎ取る。やや強引に取り上げたせいで、傷爺さんは「ぐおぉお……」と呻いていたが、あえて無視した。

 連中のど真ん中に棒立ちで、その刃を検めているのだが、それも無視。この状況で襲い掛かってくる度胸があるなら、そいつは名前を覚えてやってもいい。


「仕込み杖かぁ……。でも刃が薄いなぁ。反りもなくて、使いづらそう」


 こんなものをグラが【八色雷公流やくさらいこうりゅう】で使ったら、すぐに折っちゃうだろう。生身の人間を相手にするだけなら幾分マシだろうが、僕らの相手は基本的に鎧を纏っているか、分厚い外皮を持っているからなぁ……。


「ねぇ、傷爺さん。他の刀、持ってない? 僕の姉が使ってる刀がさぁ、そろそろ限界なんだ」

「……ッ……」


 右腕を抱えて蹲る傷爺さん。その目に浮かぶ憎悪と、脅威に対する敵愾心、さらにそれらの思考で、実力差に怯懦する心を覆い隠そうとしている。

 目は口程に物を言う。幻術師になって、これは嫌という程実感した言葉だ。目は感情の受信器官であり、発信器官なのだ。


「ん?」


 見下ろしながら、目を見開いて首を傾げる。強い強い威圧を、僕のトランスミッターから爺さんの眼球レシーバーへと叩き込む。


「……、わ、わかった……」

「なにが?」

「ぐ……。ワ、ワシの取っておきをくれてやる……」

「ふぅん。まぁいいや。話進まないし、それで手打ちにしてあげるよ。はい、この件は後腐れなしね」


 そう言って、仕込み杖を適当に放ると、改めてソファに座り直す。フェイヴもやれやれとばかりに、隣に座り直す。それを見届けて、ホッと安堵の息を吐いてから、対面の黒髪にーさんはもう一度深々と頭を下げた。


「い、いまの件も詫びさせてもらう……」

「だからいいって。後腐れなし。そう言ったの、聞こえなかった?」

「い、いえ……」


 すっかり委縮してしまった黒髪にーさん。しかしまぁ、プロレス親父はともかく、傷爺さんに関しては実力差はわかっていただろうに、なんだって突っかかってくるのか……。

 僕のその疑問に答えたのは、隣に座るフェイヴだった。


「ショーンさん。コイツらみたいな、裏の連中ってのはどこまでいってもアホなんす。面子がなにより大事で、まず始めに上下関係をハッキリさせなきゃ動けねぇ。その関係を定めるのは力なんすよ」

「ですが、僕は上級冒険者で、先の戦争でもそれなりに名を売ったでしょう? そんな相手に、無造作に挑むものですか?」


 いまはもう、雑多な貴族ですら、僕らに対して軽々に手出しできないってのに。だが、そんな僕の常識的な思考は、フェイヴのクツクツという笑いと共に否定された。


「だから言ったっしょ? コイツら、アホなんすよ。ショーンさんが強いって事ぁ、情報として知ってただろうに、それでも子供に挑みもせず頭を下げたとなれば、裏社会での面子はガタガタになるっす。それだけで、組織崩壊の危機っすね。あの巨漢オヤジも、そっちの爺さんも、いまは安堵してるんじゃないっすかね。ショーンさんに降参する口実ができたっすから」

「なるほど……。つまり、これは通過儀礼だったと……。え?」


 そこまで言って僕は、素直に驚愕を表情に浮かべて黒髪にーさんの顔を見る。


「もしかして君たち、こうして呼び出したの、僕と協力関係を築きたいから?」


 いやいや、それはないだろ。ここまで強面揃えて、威圧して、そのうえでゴマすりに来たと言われたら、やってる事があべこべすぎて困惑する。

 だが、黒髪にーさんを始めとして、対面の連中が気まずげに目を逸らす様子は、フェイヴの言を肯定していた。

 いやいや、壺買わせるか美人局かってくらいの脅しかけといて、その実握手して仲良くしましょうって言われたって、信じられないだろ。裏があると思うのが普通じゃん。


「部屋に最初からいた連中、たぶんぞれぞれコイツらの部下っすよ。それも実力派の。これで、ボスどもがショーンさんに屈しても、それは仕方ないって状況を作ったんす。じゃなきゃ、いかに【死神姉弟】【白昼夢の悪魔】最近の帝国では【邪神生みの御子アングルボザ】っすか? そんな異名を持つとはいえ、年端もいかない子供に、いきなり膝を折れねぇんすよ」


 なるほどねぇ……。なんとなくわかってきた。要はあれだ、戦国武将とかが一戦して敗北しつつも武を示してからでないと敵に降れない、みたいな話だろうか? それをしないと、部下からの信頼を失って主として見限られてしまうっていう。


「それだけじゃねぇんだ……」


 黒髪にーさんが、相変わらず悲壮感漂う顔で言う。


「俺たちはそれぞれ、既にハリュー邸に手の者を送っちまってる……」


 絞り出すように紡いだ黒髪にーさんの言葉に、僕の目が細まり、逆に糸目のフェイヴは目を見開いた。


「へぇ……」


 思わず漏れた声が、この春先に相応しくない厳冬のそれだった。

 それはまた、話がまったく違ってくるな。まぁ、自分たちから明かした以上、そのまま敵対し続けるわけではないだろうが……。




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