第24話 大都市の裏社会
しばらくして、扉が開いてゾロゾロと人が入ってくる。これも十人を下らない。
どいつもこいつも、一癖も二癖もありそうな連中だ。比較的若い、腰までありそうな黒髪長髪の男や、匂い立つような色香を放つ美熟女さん。プロレスラーかよってくらいのガチムチは、もうこの部屋に十分いるから入って来なくてもいいっての……。スキンヘッドのおっさんなんて、マスクメロンかってくらい顔中傷だらけだ。それ程でなくても、枯れ木のようなお爺さんも、縦横無尽に入った傷跡が皺の奥で歪んでいる。
まったく、なにがなにやら……。
「いやはや、お待たせして申し訳ないですねぇ……」
代表するように、黒髪長髪の男が僕らの対面に腰を落ち着ける。その他の面々は彼の後ろにずらりと並んで、剣呑な目付きでこちらを見下ろしている。
ヘラヘラと笑う黒髪男だが、こちらの目の奥もまったく笑っていない。一切の感情が窺えない、ドス黒い瞳がこちらを値踏みするようにジッと観察していた。
「「…………」」
男の声に応える事なく、僕とフェイヴはソファにどっかりと腰掛けながら、彼らの動向を観察する。そこに動揺はなく、怯えもない。
「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」
それからも重たい沈黙が室内に流れるが、僕とフェイヴは冷めた目で眼前の連中を眺めるだけだ。五分……、十分……。
自己紹介もしてない連中に、わざわざこっちから話しかけてやる理由もない。そして、初手謝罪という手札を切るならヘラヘラすんな。ま、どう見ても謝る気なんかなさそうだから別にいいが。
「ふぅ……」
やがて、降参とばかりに長髪にーさんは大きくため息を吐いてから、視線を落とす。それから改めて僕らに顔を向けた。
「俺たちは一応、このウェルタンの街の裏社会を住処とする、組織の頭どもです。アンタ――ハリュー姉弟の片割れたる、ショーン・ハリュー殿に、ここで一つご挨拶を申し上げたく、ご足労頂きました次第ですわ」
そう言って片方の唇をあげて皮肉気に笑う黒髪にーさん。僕とフェイヴは申し合わせたかのように、同時に互いの顔を見合わせる。フェイヴはやや批難がましい顔で、僕は視線だけでそっぽを見てから肩をすくめる。
僕のせいって言われてもねぇ……。
「お待たせしたのは、急な事でこの連中を集めるのに、少々手間取ってしまったのが原因です。申し訳ねえ」
そう言ってから軽く頭を下げる黒髪にーさん。ただ、やはり謝意は感じ取れない。後ろの連中も、彼に倣うでもなくこちらを見下している。その反応を見るに、やはりこいつら、別に挨拶にきたわけではなさそうだ。
「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」
再び室内に降りる沈黙。これは黒髪にーさんも流石に意外だったようで、窺うように僕らの事を見る。傷爺さんとメロンハゲの頭に血管が浮くのも見て取れた。
その様が面白くて、ついつい口元が歪む。
「なにがおかしいッ!? 魔術師のクソガキ風情が!!」
そこで怒鳴り始めたプロレスラー親父。バツバツンという音と共に、着ていた服の上半身が弾け飛ぶ。
あっぶな。弾丸のようにはじけ飛んできたボタンを、蠅を払うように手で弾く。
「このレンジで、魔術師ごときがなにかできるとでも思ってんのかッ!? ここには、ご自慢の穴倉もお姉ちゃんもおらんぞッ!?」
上半身裸で、ビリビリと室内の調度を震わせる怒号を放つプロレス親父。どうやらかなり、近接戦闘能力に自信があるようだ。だが、そんなプロレス親父を見るフェイヴの目は、車輪に挑むカマキリを見るようなもので、次いで早く止めてやれよとばかりに他の連中に目配せしていた。
『蟷螂が斧』の故事成語の起源となった、『韓詩外伝』における逸話で『このカマキリが武人であったなら、天下一の武勇の者であっただろう』と言った後荘公とて、気付かなければ踏み潰し、踏み潰した事にすら気付かずに隆車を走らせていただろう。
「おいッ!? 聞いてんのかクソガキ、くぉらぁ!!」
実際、後荘公って『蟷螂之斧』以外にいい逸話がないんだよな。『
気性が荒く、廃嫡されたのちに正当後継者を幽閉する形で、宰相である崔杼に擁立されたってだけでもマイナスポイント高いのに、贅沢を好み、諫言を聞かず、最期は痴情の縺れで殺されている。しかも、自分を擁立した宰相の妻と不倫したのが原因である。
どう考えても、思慮の浅い阿呆だ。ただ、斉の国は彼の代に結構栄えている。まぁ、それだけ崔杼の政治手腕が高かったという事だろう。やはり後荘公の生涯で『蟷螂之斧』だけ浮いてるんだよなぁ……。絶対、部下の誰かが捏造した
「おい!! 聞いてんのかってんだコラァ!! こっち見やがれッ!!」
ちなみに『崔杼弑君』は、斉の国の
さらに太史兄弟の死を聞かされた別の史官もまた、竹簡に『崔杼、其の君を弑す』と記して駆け付けたというのだから、崔杼としても折れざるを得なかったのだろう。
なお、以上はすべて母からの受け売りである。
「テメェ! 舐めてっとブチ犯してから、男娼館に売っ飛ば――ずべ!?」
プロレスラーの二メートルを超える巨体が、脆い漆喰壁を突き破る。漆喰の奥にあった木の板もへし折って、彼の顔は廊下に突き出してしまった事だろう。僕は男の頭から手を離し、パンパンと手を打って破片を払う。石壁でなくて良かったね。
向き直れば、室内の全員が唖然とした表情でこちらを見ていた。櫛が欠けるようにプロレス親父の部分だけ人のいなくなった列と、その奥のソファから僕を見ている黒髪にーさん。そして、室内で僕らを威圧していた大男たち。
いや、フェイヴだけは「俺っち知ーらね」とばかりにそっぽを向いている。
「失礼。いま男色関連の話題は、こちらにとってもデリケートなところなんだ。できれば避けてくれるとありがたい。それを言われる度に、次々と嫁候補が増えていきかねない……」
このプロレス親父の、いまの発言が漏れただけでも、いよいよ帝国出身の嫁候補が現実味を帯び始める……。いや、その前にジスカルさんとの由縁が先か……。独立したら、彼も縁故を必要とするだろうし。ああ……。
思わず全身から噴き出した、僕の負のオーラに、連中が蒼褪めた顔で脂汗を流し始める。そんな視線の雨を受けて、僕はゆっくりと歩き、再びソファへと腰を下ろした。
「さて――」
僕がそう口にしたところで、フェイヴを除く室内の全員の肩が跳ねる。
「――なんの話だっけ?」
おや? 顔色が悪いよ、黒髪にーさん。後ろの傷爺さんと選手交代したら? メロンハゲでもいいけど、美熟女を泣かせるのはあまり趣味じゃないぞ。まぁ、必要に迫られればやぶさかではないが。
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