第23話 ウェルタンの町歩き

 〈4〉


 春先の大河というものは、どうしたところで荒れやすい。

 冬の間にパティパティア山系に降り積もった融雪水が流れ込み、増水してしまう為だ。そして、パティパティアからの距離が近いゼンイーレイ河は、結構な暴れ川として有名だ。

 日本の地理でもそうだが、水源と海との間が短いと、冗長性の不足から氾濫し易くなるらしい。地中海性気候に近いゲラッシ伯爵領は、天候による水害は少ない方なのだが、春先の融雪洪水には注意が必要だったりする。

 ただまぁ、パティパティアに積もった雪がすべてゼンイーレイ河に流れ込むわけではない。他の大河にも同様に流れている為、必ず洪水になるというわけでもない。増水の期間も、例年通りなら一〜二週間程度という話だし、その程度の旅程の遅れは、この時代にはつきものだろう。


「今日もまた、出航は無理でしょうね」

「そぉっすね。ま、春先のパティパティアの麓じゃ良くある話っす。いつもはもちっと遅い時期なんすけど、今年はちょっと雪解けが早かったようっすね。まぁ、比較的温かかったすしねー」


 ゼンイーレイに添うウェルタンの城郭から、足元を見下ろすようにしてこぼした僕の声に、同じく河見物にきたフェイヴがどうでも良さそうに返してくる。

 既に河岸は濁流に吞まれ、ウェルタンの城郭をガリガリと削らん勢いで流れている。普段は賑わう船着き場も、すべてどす黒い水底だ。


「この様子だと、まだしばらくこの町に滞在しないといけないでしょうね」

「そっすね。まぁ、いいじゃないっすか。しばらくウェルタン見物しながら、時間潰しましょうっす」

「そうですね」


 他にする事がないともいう。ただでさえ人の多いウェルタンの町には、同じように足止めを受けた商人やその付き人なんかで、普段以上にごった返している。そんな街並みを眺めながら、僕とフェイヴは連れ立って歩く。


「うっぷ。……踏み潰されそうな人の波ですね……」


 前からやってきた人にぶつかられて、思わず呻く。こんなときばかりは、背の低いこの身が恨めしい。


「ショーンさん、俺っちの後ろを歩いてくださいっす。どこ行きたいんすか?」

「特に目的地を定めてたわけじゃないけど、宝石の出物があれば欲しいと思って。ここはアンバー街道の出口、ウェルタンだからね」

「では琥珀を?」

「いや、琥珀はいらない」


 立地的に、アルタンでも手に入れやすい琥珀の手持ちはそこそこある。いま欲しいのは別の代物だ。青い尖晶石スピネルとかあったら、飛びつくんだけどなぁ……。

 まぁ、こういう交易都市なら、嵩張らず高価な宝石は集まっているだろう。問題は質だが、魔術的なリソースと宝石としての価値は、必ずしもイコールではない。……イコールである場合が多いのだが……。


「じゃあ適当に宝石商を回ってみるっすか?」

「うん。お願い」


 僕はそう言って、フェイヴの腰の辺りのベルトを掴む。はぐれると面倒だからな。そのまま僕は、フェイヴを風除けにしながらウェルタンの人垣という、嵐を突き進んだ。

 空は抜けるような晴天だったが……。


 ●○●


「うーん……」


 成果は、正直ぼちぼちといったところ。珍しい日長石ヘリオライトが手に入ったものの、品質はそこまでのものではない。他にもいくつか、宝石としても【魔術】の触媒としても品質の低い宝石は手に入ったものの、交易都市という事で期待したような成果ではなかった。

 まぁ、普段からジスカルさんを通して、ウェルタンからの出物はアルタンに取り寄せているからな。いまさら、素人の物見遊山のついでに、珍しい石が手に入ると期待する方が無謀か。


「どうするっすか?」


 日長石ヘリオライトを陽の光に翳して唸っていると、隣のフェイヴが訊ねてきた。おそらくは、捗々しい成果がなかったと察して、このあとも予定通り買いものを続けるかどうか聞いているのだろう。


「切り上げよう。やはり、手遊びに掘り出し物なんて探しても、上手くはいかないね」

「ま、そんなもんっすよ。このあとは? 宿に戻るっすか?」

「いや……」


 正直、宿にはウッドホルン男爵を始めとした貴族ばかりがいて、息が詰まるんだよ。お行儀良くしないといけないからね。


「じゃあ、アレっす! せっかくウェルタン来たんだし、闘技場とか見てかないっすか?」

「闘技場?」


 そういえば、この街ではそういう興行もやっているんだったか。別に構わないが、冒険者なんていう血生臭い稼業に就いといて、オフまでそんな血気盛んなものを見て楽しいものかね……。水着のお姉さんがチャンバラソードで戦うなら、見てて楽しいのかも知れないが……。

 それなら、海の方で釣りでもしたい。河は増水しているが、海は割と穏やかなのだ。天気も良くベタ凪なので、あまり釣果は期待できないだろうが……。

 いや、釣り具はシタタンの方の家にあるんだった。一から揃えるのは手間だし無駄な出費だ。おまけに、王都に持ってくのは荷物になる……。


「では、そうしましょうか」

「おっしゃ! 勿論、ショーンさんの奢りっすよね?」

「なにが悲しくて、年上の男になんぞ奢らなきゃならないんですか……。でもまぁ、今日はそれでいいです。護衛代代わりって事で……」


 実際、フェイヴが付いて来てくれてる事で、助かっているのだ。風除けだけでなく、周囲への警戒や道案内、スリ対策も教えてもらった。

 ある程度身なりの整った、いかにもお金持っていそうな子供なんて、人攫いどもの格好の獲物だ。下手をすれば、下級冒険者や木っ端商人なんかが、小遣い稼ぎがてらちょっかいをかけてくる惧れすらある。

 その対価としてなら、闘技場の見物料くらいは安いものだ。


 ●○●


「……で? どうしてこうなった?」

「俺っちに聞かれても困るっす……」


 僕らは闘技場の奥の迎賓室のような一室で、むくつけき男どもに囲まれていた。

 どいつもこいつも筋骨隆々の大男で、身長が二メートルを下回る者はいない。そんな男が十数人。広いとはいえ、調度もおかれた室内に犇めいて、こちらを睨み付けているのだ。


 ホント……、どうしてこうなった……?



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