第22話 新ダンジョンの小鬼

 ●○●


「グラ様、左側の通路から敵が接近! 数不明。足音はかなりの数です」

「進行方向からも敵の気配です、お姉さま! このまま直進すると、挟撃を受ける可能性が高いです!」


 ラスタとランの声に、私は隣のカメリアを窺う。ここはベテラン冒険者の意見を聞きたい。正直、自ダンジョン内の動きである以上、報告を受けるまでもなくその動きはたなごころの内であり、独力での突破も可能だ。

 しかし、それがわからぬベテラン冒険者が、どういう判断を下すのかには興味がある。……とはいえ、ここで最悪を想定しないような相手であれば、対処は容易なのだが……。


「少し戻って、進路を変えましょう! たまたまこのルートに残敵が多かっただけかも知れないし、完全撤退には尚早でしょう?」

「そうですね。突破するという手もあると思いますが? 敵の層が薄ければ、第一、第二部隊に戦力を取られている小鬼らの後背に抜けられますよ?」


 私の意見にも、カメリアは左右に首を振る。やはり、この者は慎重な意見のようだ。まったく、堅実で嫌になる。


「グラちゃんの魔力は、できるだけ温存するって決めてあるでしょ。アタシ一人じゃ無傷での突破は不可能。攻勢に二人を加えると、周囲に対する警戒が疎かになって非常に危険。となれば、選択肢は迎え撃つか退くか。この場合、時間をかけて迎撃する意味はないでしょ? 元々、戦闘は最低限って予定だしね」

「そうですね」


 納得を見せつつ、私とカメリアを間に、ラスタが撤退ルートを先行する。ランは背後からの追撃への備えだ。先行する者がいても、いち早く察知ができるだろう。

 少し進んだところで、別ルートの分岐点に到達する。しかしそこで、なんとも不思議そうなランが意見を呈してくる。


「これはおかしいです……。追撃が一切ありません。小鬼というものは、撤退する相手の背には大喜びで襲い掛かるものです。罠や伏兵に配慮して、手を控えるなどという真似をした例は、寡聞にして知りません」

「そうよねぇ。ダンジョンの主がこっちに注力して、直接指揮しているってコトかしら?」


 ランの懸念を肯定しつつ、カメリアが考え込む。追撃がない事から、先程の策も再検討の必要があると判断したらしい。


「もしもダンジョンの主が、アタシたち第三部隊に対処しているなら、第一、第二の方が手薄になるはず。そちらから攻略が進むなら、アタシたちが敵を引き付けるのもアリなんだけれど……」

「無理よ! 経戦能力は皆無だって言ったでしょ? 私たちはあくまでも、ダンジョンの主単体を狙う為に組織された部隊であって、群体相手に長時間の戦闘はできない。人数、装備だけじゃない。生命力の総量だけを考慮しても、絶対に不可能なの!」


 カメリアの意見に、とんでもないとばかりにラスタが食って掛かる。その様子に、わかっているとばかりに肩をすくめて嘆息するカメリア。

 ラスタのその意見は正しい。無数の小鬼らと、我ら四人の生命力の総量では、流石に比べるまでもないと思っているだろう。実際、私の依代の分を正しく計上しても、到底足りるまい。

 多少の多寡であれば、策や部隊運用次第で覆す事も可能であろうが、一〇〇倍、一〇〇〇倍の差を覆すのはまず不可能だ。個人技で覆せる数の暴力には限度がある。どれだけ効率を突き詰めたとて、地中海の水を、盥ですべて移し替える事などできないように。


「それで、どうします? 当初の予定通り、別ルートに向かいますか?」

「…………」


 私の問いかけに、カメリアは沈思黙考する。ランとラスタは、その判断を待ちつつ、水筒から水を飲んでいた。私も腰の水筒から一口水を飲んでから、手の平に理を刻む。


「【純水エンフィアロメーノネロー】」


 空中に生み出された、飲料水に適した水の玉から、各々水筒に水を補給する。カメリアも、思考を続けながら水筒の中身を補充していた。

 全員が補充を終えたところで、私は【魔術】を維持している魔力を遮断する。バシャリと、洞窟の岩の地面に音をたてて落ちる水。その光景を見てなにを思ったのか、カメリアは結論を告げる。


「退きましょうか。ラスタの言った通り、アタシらはそもそもぉ長期間の戦闘を想定してないわ。そして、この作戦の主眼にあるのはぁ『現在三層で起こっている異常に、ダンジョンの主が関与しているかどうかの確認』であって、その討伐じゃぁない。もしもできればラッキー、くらいの目標だもの。変に拘泥する必要はないわよぉ」

「そうですね。散発的な戦闘ならまだしも、幾重にも連なるモンスターを突破する力は、いまの我々にはありません。せっかく装備を減らしてまで手に入れた機動力も、ザコモンスターの層によって殺されてしまうでしょう」


 私は頷きつつ、やはりまともな冒険者というものは厄介だと再認識する。

 ここで勇み足を踏んでくれるような輩ばかりなら、どれだけ群れようと、一網打尽にするなど造作もない。だが、そんな愚者ばかりでないからこそ、地上生命は我々地中生命の天敵足り得ているのだ。


「まぁ、もしかしたら本当にぃ、ダンジョンの主がアタシたちに気を取られて、第一や第二の方で成果がでている可能性もあるし、さっさと退いて情報共有に努めましょう? 少なくとも、こっち方面には四人で突破できない程の群れが配されていたって事でぇ、撤退の名分は立つから」


 カメリアの言葉に、私、ラン、ラスタの三人が頷く。誰も、このまま攻略を続けたり、第一、第二部隊の助攻として、小鬼どもを牽制しようなどという者はいないらしい。

 まぁ、当然だ。最低限の経戦能力もない状況で、囲まれかねない危険を冒して、モンスターの群れにちょっかいをかけるなど、危機意識の欠如も甚だしい。


 そんなわけで、私たち第三部隊はすぐに撤退を決めた。二層へ続く階段まで撤退したのち、第一、第二部隊に伝令を放ってそれを伝えると、彼らもすぐに撤収に動き、その日の作戦は終了となった。

 得られたものは、三層には満遍なく小鬼らの群れが配されており、ダンジョンの主がそれを指揮している可能性は低いという情報だけだった。



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