第69話 フィールドダンジョン

 〈9〉


 小鬼集団を退け、新ダンジョン三層における優位を確立した我々は、順調にその支配領域を拡大していった。掃討が進んだエリアには下級冒険者を主とした領域維持目的の部隊を派遣し、変化をいち早く察知できる体制を整えていた。中級冒険者らは小鬼らの支配領域に攻勢をかけ続け、小鬼の数とその領域を侵し続けている。

 そしていよいよ、最奥部と思しき領域への攻略が差し迫っていた。


「敵の総数は、多くて一〇〇ってトコですかね。あれからも、何度か襲撃をかけた感じからの所感でやすが、そう大きく外してねぇと思いやす」


 チッチの予測に【アントス】や他の冒険者たちも異論はないようだ。そうである以上、私が口を挟むような事はない。予測も正鵠を射たものである。


「問題は連中を突破したあとよ。ダンジョンの主がいるのか、階層ボスなのか。階層ボスの場合、このダンジョンの規模は、中規模ダンジョンにも匹敵する可能性もあるわ。いまの人員だけじゃ、完全に私たちの手に余る事態に陥るわよ?」


アントス】のリーダー、フロックス・クロッカスの言葉に、一同が神妙な面持ちで頷く。その言葉の重さを理解できない者など、ここにはいない。

 小規模ダンジョンの攻略であれば、ある程度は現場の上級冒険者の裁量に任せられる。だが、中規模ダンジョンの攻略ともなれば、要する人材の質、量からして個人の裁量に収まる話ではなくなってしまうのだ。

 攻略指揮も、ギルドの支部長や領主直属の者が担う必要があり、当然ながら責任も重くなる。執行する予算や攻略期間そのものが、小規模ダンジョンに対するものからは段違いの案件になってしまうのだ。場合によっては、軍の編成までも視野に入れないといけず、指揮者にはその判断が委ねられるのだから、上級とはいえ冒険者に任せられない事態であるのは当然だ。

 要するに、この先にダンジョンの主がいなければ、事はもう我々の手に負える話ではなくなるという事だ。それは、上級冒険者である私や【アントス】がいようと、どうにもならない。ここに【雷神の力帯メギンギョルド】がいたところで、それは変わら――……いや、あそこは貴族やギルド職員が所属しているから、話はまた別なのか……?


「……素直に、連中のいるエリアの向こうに、ダンジョンの主がいてくれりゃあいいんでやすけどねぇ……」


 ぼやくように、天井を仰ぎながらこぼしたチッチ。残念ながら、その希望は叶わない。当のダンジョンの主がここにいるのだから、望むべくもない。

 私は議題に一石を投じる意味で、既に手元にある情報の一つを口にする。


「【燃える橋アースブルー】の生き残り、斥候のボーテの報告から鑑みるに、さらに先がありそうでしたが?」

「その話に、どこまで信頼をおくかって話じゃなぁい?」

「そうよねぇ。流石に、あの話を頭から鵜呑みにはできないでしょう?」


 私の言葉にいち早く反応したのは【アントス】の前衛二人、カメリアとデイジーである。二人の意見に同意なのか、多くの冒険者たちも渋面のまま頷いている。

 生き残りであり、しばらく小鬼集団に労働力として使役されていたボーテからは、最近になってようやく断片的な情報を得られるようになっていた。だがしかし、新種の小鬼――ゴブリンの流出を懸念し、このダンジョンの一、二層を制圧している冒険者たちにとって、その報告はなかなかに信じ難いものだったようだ。

 曰く、小鬼集団は外部から食糧を調達している。曰く、小鬼集団は既にその外部に向けて侵攻を始めているが、周辺村落からの反撃が強く、ダンジョンに封じ込まれている。曰く、自分は逃走防止の為か、ダンジョン外にまで連れて行かれる事はなかったが、食糧搬入に際して、外気が通り、自然光が入ってくる場所までは連れて行かれた。

――との事。

 この情報にどれだけの信憑性があるのか、チッチたちは判断に窮していた。それでも現状では、大まかに二パターンの見方ができるというのが、暫定的な結論であった。


「可能性の一つは、本当にこの奥――小鬼集団らの支配領域最奥部付近に、我々が侵入してきたダンジョンの開口部とは別の開口部ができており、近隣住民の水際対策によって、小鬼集団の流出が防がれているというパターンです」


 私の言葉に、冒険者たちが噛み潰している苦虫の数が、ざっと五倍程増えたようだ。


「その場合、新種の小鬼の封じ込めはもう、完全に絶望的でやすね……。あっしらのここ最近の努力も全部水の泡、ですかい……」


 冒険者らの落胆を代弁するかのようにぼやくチッチ。同じように、落胆を顔に浮かべてため息を吐く者もちらほら見受けられる。


「ですが、このパターンはあまりにも現実的ではありません。その理由の第一が、小規模村落程度の有する戦力で、五〇〇体を超える新種小鬼に率いられた小鬼の【群】を封じ込められていた、という点です」

「それはそうよねぇ。アタシらがダンジョンという地形と【閉傘サニーデイ】というマジックアイテムを用いて作った優位をぉ、ただの村人たちがそうそう真似できるとは思えないものねぇ」

「はい。仮に、小鬼五〇〇体に優越する戦力を有する大集落があったとするなら、そこからギルドに対して報告が入っていないというのも非常に不自然です」


 私とカメリアの意見に、しかしそこで反論があがった。フロックスが冷静かつ深刻な口調で、最悪の可能性を提示する。


「でも、もしかしたら連中が攻撃を仕掛けたのが、高地民族の集団という可能性もあるわよ? 旧帝国領の山地だったら、可能性はなくもないわ。連中だったら、小鬼五〇〇体を撃退できてもおかしくないし、それをギルドに報告していなくても、それは不自然ではないわ」

「そうですね……」


 現帝国南部の、平野部及びパティパティア山麓の高地には、遊牧を生業とする山岳民族が多数分布している。彼らは度々、農耕民族である帝国領や第二王国の集落を襲撃して、その糧を略奪する。

 そればかりか、自分たちの本領をほとんど発揮できないダンジョンでの活動を厭い、その攻略に対して非常に消極的なのだ。基本的には少数民族であるが故に捨て置かれがちだったのだが、かつてゲッザルト平野の一層ダンジョン攻略時には、自分たちの支配領域にも関わらず、ダンジョンの攻略に対する非協力姿勢に加え、攻略物質の略奪が深刻な問題とされた。これが、現ネイデール帝国建国の理由でもある。

 まぁ、公的には、当時のゲッザルト平野は第二王国の支配地ではあったのだが、数十年単位で実効支配が叶わない状況であった。それ故、神聖教が旗振り役となって、大規模な遊牧民包囲網が形成され、多くの遊牧民、山岳民族が族滅か服従を強いられ、生き残りの多くは帝国民として取り込まれた。帝国において、いまも畜産業が盛んなのは、その名残りであるのだろう。

 神聖教のダンジョン攻略に対する飽くなき執念と、それに敵対する者に対する強烈な敵視を、これ以上なく行動で示した事例であった。我々にとってはまったくもって忌々しい話ではあるが、地上生命の多くにとっては、とても心強いと思える話だろう。国家にとっても、一層ダンジョンのようなイレギュラーな存在を放置され、攻略を妨害される状況に際しては、国家を超えた枠組みとしての教会に、存在意義を見出したに違いない。


「遊牧民の集落が小鬼どもに対峙していたならば、たしかにギルドや領主が知らないというのも頷ける話です。そしてその場合、事態は本当に最悪です。我々がこのまま侵攻を続ければ、押し出される形で小鬼集団が外界に放たれる危険があります」


 私がフロックスの言葉を認める発言をすると、すかさずカメリアとデイジーがそれに対する異見を口にする。


「でも、それだっておかしいでしょう? 小鬼を五〇〇体も維持できるような食糧よぉ? 新年間もないこんな時季にぃ、山岳民族どもにそんな備蓄があるとは思えないんだけどぉ?」

「そうよね。もしもそんな食糧が奪われたなら、彼らだって血眼になって取り戻そうとするでしょ? もしくは、他の集落からの略奪に勤しむか……。どちらにしろ、騒動にならないわけがないわ」


 実を言うと、ゲラッシ伯爵領の元帝国領の新領地において、山岳部の高地民族どもの蠢動が騒動になってはいるのだが、それがこの新ダンジョン攻略班にまで伝わるにはまだまだ時間がかかる。私の場合は、ショーンと密に連絡を取り合っているから知っている事だが、あえてここでそれを伝える必要はない。

 そもそも、この事態に山岳民族など関わりはないのだから。


「もう一点、訝しい点があります」


 私はそう言って、冒険者どもの注目を集めてから、重々しい口調で続ける。


「ダンジョンが、ダンジョンの主にとっての補給機構であるのは既に周知の事と思いますが、同時に我々のような侵入者が自らを害する為の弱点であるというのも事実です。だとすると、最奥部付近に開口部を作るなどという真似は、ダンジョンの主の心情面からも、ダンジョンの構築思想の根底にある栄養補給と防衛というコンセプトからも、大きく外れた行いでしょう。ダンジョン学の研究者としては、その点を無視してこの奥に外部につながる開口部があるなどという話を、鵜呑みにするのは抵抗があります」

「なるほど……。それは道理よね……。私たちにとって、新種の小鬼の流出――ねぇ、いい加減なにか別の呼び方を付けない? ともあれ、ソレを外部に流出させない為のダンジョンの封鎖と一、二層の掃討だけれど、その作戦を失敗させようとするダンジョン側の戦術と考えるには、向こうのデメリットが大きいワケね。その視点はなかったわね……」

「はい。単に大きいというだけでなく、デメリットが大きすぎると、私は見ています。ダンジョン側にとって、モンスターの排出は餌である侵入者を呼び寄せる為の行為だと言われていますが、それは我々がこうして攻略にあたっている以上、優先するような事情ではないはずです。開口部から防衛戦力の流出という点を考慮すれば、新小鬼の流出は我々にとってもデメリットですが、ダンジョンの主にとっても大きな不利益であるはずなのです」


 それ以外にも、受肉したモンスターはダンジョン側のコントロール下におけない為、ダンジョンコアの保身の観点から、さっさとダンジョン外に排出するという理由もあるのだが、わざわざ教えてやる義理もない。無論、そう提唱する学者もいるが、それをスタンダードとするだけの確証がないのが、地上生命の見解である。


「もしもこの奥に開口部が存在しているとすると、ダンジョンの主がそれを作った理由がまったく読めないのです。勿論、我々の知らないなんらかの理由――以前の【崩食説】のような理由から、そういった開口部を用意したという可能性は否定できません。ですが、それは三層の攻略がここまで進んだ現状においてすら、戦力流出の穴でしかない開口部を塞がぬ理由にはならないでしょう。また、我々がその開口部を確保した場合、外部との連携によって攻略の簡便化が図れます。一、二層のダンジョンは完全に無意味な空間となってしまいます。ますます、ダンジョン側が放置する理由がありません」

「なるほど……。あっしら学のねぇ冒険者にはなかなかな思い付かねぇ観点で、参考になりやす……。しかし、そうなるとボーテの話はまるで信用に値しないって話になるんでやすが……」


 釈然としないといった表情で呻吟するチッチに、フロックスとカメリアが反対の立場から意見を呈する。


「でも、そんな嘘を吐く意味が、彼にあるとは思えないわ」

「小鬼連中に対する復讐心から、サイタンに戻らず一層で療養しているような男よぉ? 体調が回復次第、自分も攻略に加えて欲しいってねぇ。そんな男が、ダンジョンや小鬼の為に嘘を吐くとは思えないわぁ」

「そうよね。なにより、そんな嘘を吐いたところで、ただ彼に対する信用がなくなるだけで、現状のこちらの優位を崩せるとも思えないし、攻略そのものを遅らせる事もないわ」

「スパイを使い潰すだけのぉ、無意味な嘘よねぇ。そもそもぉ、いくら知能が高い新種の小鬼だからってぇ、そこまで戦術的な観点でものを考え、ボーテに仕込めるとも思えないわよぉ。まぁ、そこはダンジョンの主が幻術かなにかを施した可能性もあるけれどぉ……」


 カメリアの言葉に、私はすかさず反論する。


「だとしたらやり口が拙劣です。先程クロッカスも言っていましたが、そんな嘘を吐かせたところで、多少混乱はするでしょうが、攻略そのものを阻止できるわけででもなければ、遅滞すら望み薄でしょう。むしろ、新種小鬼の低い知能で考案された策であるとする方が、まだしも現実的かと」

「そうよねぇ……。こうしてあーだこーだ言ってるけど、結局は現地を見てみなければ結論は出ないワケだし、それができれば情報の真偽は定かになるわ。もしも嘘だったとしても、吐く意味がない嘘よ」

「三層最奥の状況を確認してからぁ、アタシたち攻略班の今後の方針も決まるワケだしねぇ。まぁ、そこはダンジョンの主も知らない事情でしょうけれどぉ」


 カメリアの言葉に、パラパラと乾いた笑いが起こる。実際は、こうしてダンジョンの主自身が、攻略班の今後の方針を定める会議に参加している以上、筒抜けどころかある程度方針策定に介入できる状況である。つくづく、こんな状況を整えた我が弟の手腕に、いちダンジョンコアとしては舌を巻く思いだ。無論、姉としてはこれ以上なく誇らしい。

 今度会った際には、存分に褒めて頭を撫でよう。嫌がっても撫でる。


「――もう一つの可能性ですが……」


 そんな考えをおくびにも出さず、私は平板な口調で最奥に開口部が作られていないパターンも口にする。しかし、ゴブリンが流出しているという、我々の攻略が無意味になりかねない可能性を否定する材料だというのに、途端に集っていた冒険者たちは渋い顔で黙り込む。苦虫の数は、さらに倍されたようだ。


「フィールドダンジョン、ですかい……」


 認めたくない現実を、それでも見なければならないとばかりに、重々しい口調でチッチが絞り出す。それは、冒険者にとって最悪のダンジョンの形状であり、我々ダンジョンコアにとっても好ましからざる形態の防衛機構である。


 そして、間違いなくこの先に待ち受けているダンジョンの四層の状態でもあった。



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ダンジョンツインズ 〜元人間のダンジョンマスターと誇り高いダンジョンコアは、共依存の果てに国を滅ぼす〜 白雲庭 まし麻呂 @marshmallow-white

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