第34話 ウル・ロッドのスタンス
●○●
アルタンの町の裏の顔、ウル・ロッド。
そんなアタイらの本拠である邸宅はいま、蜂の巣をつついたような騒ぎだった。
「ママ! こいつぁどうしやす?」
「それはそのままでいいよ。それよりも、花の方はどうなったんだい?」
「当日に、必要分は届けるよう注文していまさぁ! だが、どうにもカタギの連中が浮き足立っちまってて、本当に当日注文分の花が集まるのか、わかんねえっすわ」
「仕方ないね。予備も含めて、別んとこにも発注しときな!」
「へい!」
「食材の手配は?」
「そっちはつつがなく。町の連中も、流石にこの状況で高級食材には用はないようで、普段からは考えられないような値で仕入れられましたよ」
「よし。ただし、アタイらは向こうの好き嫌いを知らない。万が一も考えて、別の食材もしいれときな」
「了解しました」
理由は単純。我らウル・ロッドにとって宿敵ともいえるような、魔術師のガキ——白昼夢が、よりにもよって面会のアポイントメントを取ってきたからだ。
いや、正直なところ、アタイや上の連中にとっちゃ、ガキに対する敵意なんざ残っていない。これは、ガキの強さにビビってひれ伏したとか、目を逸らしているってわけじゃあない。
どちらかといえば、お貴族だの上級冒険者だのと同じく、触っちゃなんない輩が、この町には一種類多かったと認識しただけだ。ただし、それがわからないバカも多い。特に、下っ端連中のなかには。
しかも、そんな連中にとっちゃ、件のガキが巣穴からのこのこと顔をだし、こちらに赴いてくるというのは、香草咥えた野ウサギが手元に転がり込んできたように思えるらしい。
ウル・ロッドにとって、先の敗北はいまの立場を築く契機となった。そういう意味では、大きな声では言えないが、負けて良かったとすら思っている。が、やはり単純に、『負け』という事実に拘泥する連中というのはいるのだ。
そして、そんな連中の自信の根拠は、魔術師の工房に殴り込んだのが良くなかった。外であれば、魔術師一人恐れるに足りず、というものだ。
ある意味正しくはあるのだが、そんなみっともない言い訳をして、闇討ち紛いの状況で勝っても、ウル・ロッドにとってはなんの得もない。いまある名声は地に落ちるし、せっかく白昼夢が引き付けてくれている他の組織の注目が、こっちに向いてしまう。勿論、それ以外の目だって厳しくなるだろう。
それにも増して厄介なのが、和睦の仲裁者である一級冒険者パーティ【
もしも連中の機嫌を損ね、どころか顔に泥を塗ろうもんなら、ダンジョンの代わりにウル・ロッドが潰される。上級冒険者というものは、それだけアタイら一般人とは隔絶した存在なのだ。ダンジョンの化け物と、タイマン張って引けを取らない、同じ人類というカテゴリに属しているだけの、化け物だ。
だからこそ、アタイらは目に見える形で、白昼夢を歓待しなければならない。どんな下っ端でもわかるよう、双方の関係は良好であり、良好に保つ為にお互い、少なくともウル・ロッドとしては動いているのだ、と。
アタイらはここんところ、その準備にかかりきりだ。まったく、町の騒動でそれどころじゃないってのに!
「ウル」
「ロッドかい。下の連中には言い聞かせられたかい?」
「うん。でも、ちゃんと言いつけ守る、わからない」
「はぁぁぁ……。本当のバカってのは、扱いづらくてやんなるね」
ウル・ロッドファミリーはマフィアであり、ならず者の集団だ。要は社会不適合者の集まりであり、その末端ともなれば、その知能レベルは赤ネズミと大差はない。
アンタッチャブルにも平気で手を出して、勝手に命を落としかねない。別に被害が当人だけにとどまるなら、それでもいいのだ。しかし、残念ながら組織の一端ともなれば、その責は否が応にもアタイらの双肩にものしかかってくる。
こんなときばかりは、統制の利かないならず者集団の長というものに、少々ウンザリする。とはいえ、愚痴っていても仕方がない。
「必要なら、バカやろうとしたもんの一人二人は潰していい。とにかく、あの白昼夢に余計なちょっかいはかけんじゃないよ。噂を聞く限り、アレは本当に手をだしたら面倒だ」
「うん」
素直に頷く弟にアタイも頷きながら考える。
どうやら、白昼夢は姉弟だったらしい。話に聞く限り、この姉もそうとうにヤバい。ややもすれば、白昼夢よりも危ないといえるかも知れない。少なくとも、白昼夢はある程度自制が利くが、この姉はまったく利かないらしい。
それに加えて、どうやら相当な【魔術】を使いこなすようだ。知られているだけでも、属性術と幻術に関しては、並み以上の腕前である。
しかも、【魔術】だけかと思えば然にあらず。バカでかい槍を担ぎ、まるで騎士のような鎧に身を包んで、町を闊歩していたという。十全にそれらを使いこなせるというのなら、単純な暴力——即ちアタイらの領分においても、白昼夢の陣営は十分に厄介だといえる。
だとすれば、穴倉からでてきたといっても、なに一つ安心などできない。手を出してから、相手が竜種のモンスターだったと覚っても、手遅れなのだ。
「白昼夢も白昼夢で、得体が知れない……」
一度、町に白昼夢の死亡説が流れた。だが、すぐにそれは誤報だとわかった。しかし、この一連の流れもおかしい。
最初の死亡説の出どころは、件の一級冒険者パーティの斥候からもたらされたものだった。情報の出どころとして、これ程信頼できるところもない。特級及び三級の冒険者ともなれば、情報の出どころとしては下手な貴族の情報よりも信じられる。
戦闘能力を評価基準にしている冒険者ギルドの階級において三級というのは、斥候では世界最高峰といっても過言ではないだろう。そんな人間が、意図して誤報を流すとは考えられない。
つまり、彼女は完全に、白昼夢が死んだと認識し、自分の名と肩書きにかけて報告をあげたのだ。
だというのに、それを否定した報告の出どころは、実に曖昧で胡散臭い。なにせ、白昼夢の屋敷の使用人がギルドに直接持っていったのだ。普通に考えれば、白昼夢生存の方が嘘臭い。
この事実が、実に気持ち悪い。
情報の精度としては、逆が正しい。出どころのあやふやな生存報告よりも、情報元のたしかな死亡報告。信じるならば絶対に後者だ。
だが、白昼夢は間違いなく生きている。町を歩いている姿を、ウチのもんも確認している。
「ったく、化かされている気分だよ……」
白昼夢の白昼夢たる所以。あまりにも掴みどころのない相手に、アタイは天井を見上げてボヤく。
「マ、ママぁ! てぇへんだ!! は、白昼夢の屋敷が、チンピラ集団に襲撃されたんだ!!」
「なんだってっ!?」
よりにもよってこんなタイミングでッ!?
ひとまずロッドに手下を集めさせて、白昼夢の屋敷に向かわせよう。たぶん既に片付いているとは思うが、だとしたらその連中に連なるヤツを炙りだして〆るのは、ウチの役目だ。
あのガキが舐められると、こっちも困るのだ。
ただでさえ忙しいってのに、さらに積みあがった仕事に目眩を覚えつつ、アタイは手下に指示を出し始めた。
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