第35話 敗北の可能性
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昨夜、夕食後の我が家に来客があった。しかも超大人数で。
すわ、またマフィアの襲撃かと一騒動あったのだが、それはマフィアはマフィアでも、ウル・ロッドの連中だった。まぁ、騒動を起こしかけたのは言わずもがな、問題児二人組だ。
問題児を宥めて、彼らの用向きを聞けば、こちらの応援というか、支援というか……まぁ、僕が舐められると、自分たちの威光にも傷が付きかねないから、襲撃者の関係者をしばき倒す為に、部隊を率いてやってきたとの事だ。
その部隊を率いていた、ウル・ロッドの双頭片割れ、ロッドさんと話をしたところ、これもマフィアと町とを守る為に必要な行動だとの事だ。どうやらいまのこの状況で町で騒動を起こすような者は、ならず者であろうと厳しく〆るという姿勢を示しておかないといけないらしい。
なんでマフィアであるウル・ロッドが、いまの町の騒動を積極的に治めようとしているのか聞いたら、その答えは実に単純なものだった。
ウル・ロッドは、この町においては絶大な影響力を有しているが、それはあくまでも、この町ではという但し書きが付く。それを守る為に動くのは、義侠心や正義感というよりも、組織運営を行ううえでの合理性らしい。
実に納得である。さらに、それに加えて、マフィアは意外と、地元住民からの心証というものが必要な家業なんだとか。まぁ、ここら辺は「へぇ」くらいで流したので、あまり詳しくは知らない。
襲撃者が自分たちを『べラス一家』と名乗っていた事と、生き残りは衛兵に突き出してしまったという事を伝えると、この話はそこで終わりとばかりに、ロッドさんは話題を変えた。
「ほ、訪問の日取りは、予定通り、よかったです、かい?」
「ええ、その予定ですが、そちらは問題ありませんか?」
「も、問題ない。ですぁ」
無理なく喋っていいと伝えたら、泣く子がショック死しかねないような厳つい顔を、くしゃっと歪めて喜ばれた。なんか可愛いな、このおっさん。
「準備、大変」
「あれ? 僕なんかを迎える為に、そんな大掛かりな事をやってるんですか?」
「歓迎、白昼夢の為、同じくらい、ウル・ロッドの為」
辿々しい口調で語られた言葉を要約すると、下が迂闊な行動をしないよう、締め付けの意味も込めて僕を歓待しないといけないらしい。ただ、前述の通り、ウル・ロッドはこの町での立場を守る為にも、いまは忙しい時期らしく、僕のアポのせいでてんてこ舞いだったそうだ。そこにダメ押しで、べラス一家の襲撃だ。
ウル・ロッドのもう片方の——というか、実質的にはこちらがトップといえるウルさんは、この事態に頭を掻きむしって憤慨したらしい。ロッドさんが苦笑している事から、事態はそこまで深刻ではなさそうだが、会いに行くときはそれなりの土産を持って行った方が良さそうだ。
と、昨夜はそんな事があって、今朝はかなり遅かったのだが、我が家は割と平常運転だった。朝食後に、新素材の鎧の試着テストを行っていたところに、シッケスさんが訪れるまでは。
「え? そんな急に?」
「そうらしい。セイブンが言うには、最悪が起こり得る可能性が生じたから、早急に動く、だそうだぜ? こっちも詳しくは知んね」
あまり興味なさそうに、シッケスさんは肩をすくめた。
僕としては、どうして急にダンジョンの攻略が早まったのか、気にはなるが、僕の計画においては有利な事態なので、まぁいいかと流した。
「あ、そうだ」
そこでシッケスさんは、思い出したといった雰囲気で手に持っていた本をこちらに渡して寄越す。
「これは?」
「その最悪の可能性ってのに関係ある本らしい」
「ふむ。一層ダンジョンに関係する文献のようですね。さらっとですが、読んだ事はあります。これがなにか?」
「知らねぇよ。こっちもセイブンの野郎に聞いてはみたが、資料を読めばわかるとか言いやがってよ!! こっちはこんな分厚い本なんざ、読みたくねぇから聞いてるってのに!」
憤慨するシッケスさんの言葉を適当に聞き流しつつ、僕はその本に目を通していく。それなりに古いもので、どうやら一層ダンジョンが討伐されてから、それ程経っていない頃に書かれたものらしい。つまり、一〇〇年くらい前の本だという事だ。結構貴重なものだろう。
ふぅむ……。以前読んだときも思ったが、一層ダンジョンというのは本当に不思議だ。その行動原理が、よくわからないのだ。ダンジョンとしてはあまりにも異質。ダンジョンコアとしての本能から考えれば、ダンジョンは地中を目指すものだ。
だが、このダンジョンは横に横にと、ひたすらその範囲を広げる事にのみ腐心したのが窺える。次から次へと侵入者がダンジョンに入ってきても、そのスタンスは変わらず、人海戦術で討伐する人間側の基本スタンスでも、大規模ダンジョンかという程の人数が必要になったらしい。
構造以外にも、多くの謎が当時から残っている。モンスターの種類が多様すぎる点、ダンジョンの主が通常の中規模ダンジョンよりも弱かった点、ダンジョンコアの質も悪かった点、そして——
「——ダンジョンが延伸した範囲の地上にあった村がいくつか、消失している……?」
貪食仮説と銘打たれたその仮説は、実に恐るべきものだった。それは、即座にダンジョン攻略を急いだセイブンさんたちの判断を、僕も支持し、即座に準備を始める程には、重要な情報だったからだ。
まずい……。このままじゃこの戦い、確実に負ける……。
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