第36話 攻略開始
しかしどうしたものか……。
計画を早めるというのはいい。必要な事だ。
問題は、昨日確認したばかりのウル・ロッドとの面会の日程が、たぶんダンジョン探索で丸潰れになるという点だ。いや、事情を話せば先方とて理解はしてくれるはずだ。
――が、これはこれで問題でもある。なにせ、事はウル・ロッドも頭を悩ませている、この町の奴隷飽和問題とも関連してくる。後々まで引っ張ろうとしても、維持管理費が奴隷商たちの懐を圧迫するし、後手後手に回っていると見られれば、その奴隷たちもさっさと鉱山や魔石製造工場にされている小規模ダンジョンに売られてしまう。
しかも、計画そのものはかなり動き出してしまっている。ぶっちゃけ、ウル・ロッドが噛まなくても、もう止まりはしないだろう。なにせ、領主まで巻き込んでいるのだ。ウル・ロッドが介入しなくても、表向きには問題がないところまでお膳立てはすんでいるのである。ただ、そうなるとウル・ロッドとの軋轢が生じ、それが計画全体の蹉跌にもなりかねない。万全を期すなら、この計画にはウル・ロッドの協力が必要なのだ。
その計画の為に、奴隷たちという労働力が欲しい僕らとしては、できれば早急に話を進めたい案件であり、そして下手に遺恨を作らない為にも、ウル・ロッドとの調整はしておかねばならない。
「そんなわけでジーガ、悪いんだけどウル・ロッドからの歓待は、君が受けてきてもらえるかな? 僕がいけない事を丁重に詫びて、ね?」
僕がそうお願いすると、ジーガはぽかんとした表情で「はぁ……」と気のない返事を返したあと、たっぷり三十秒は沈黙してから「はぁッ!?」と驚愕の表情で奇声を発した。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、旦那! いまウル・ロッドが、なんで方々駆けずり回って歓迎の準備をしてんのか、旦那だってわかってんでしょ!? それを俺が代わりに受けるなんざ!!」
彼が怒鳴るのももっともだろう。要は、僕を歓待する為に苦労しているウル・ロッドの努力を、無下にするような真似なのだ。
「それは僕だってわかっているけれどね。でもだからといって、この危機に予定がブッキングしたら、より緊急性の高い方を優先するべきでしょう?」
「そ、それは……」
「ウル・ロッドもどうやら町の安全に心を砕いているらしいし、詳しい状況を聞けば納得もしてくれるさ。まぁ、最悪彼らの末端が暴走して、僕らが相手しなければならなくなるかも知れないけど、そのときはまぁ、後始末は任せてくれていいから」
僕の言う後始末の意味がわかったのだろう、ごくりと喉を鳴らすジーガに笑いかけ、僕は乗っ取り計画に関するあれこれを、ジーガに丸投げした。まぁ、適材適所だと思う。
なにせ、この乗っ取り計画の原案を提示した張本人だしね。僕はそこに、鉄幻爪だの聖杯だのを付け加えて、現実味を加えただけだ。
そんなわけで、ダンジョン攻略の為に準備を早める事になった。幸いな事に、急げば杖の製作は間に合うとの事。僕も、新素材による鎧の新調を急ぐとする。この前作ったアクセサリーの中から、持っていくものも選定しておこう。
●○●
どうやら本当に急いだらしく、そこから数日でダンジョンにもぐる事になった。それだけ、セイブンさんやその他上層部は、【貪食仮説】に危機感を覚えたという事なのだろう。
僕らは下水道の前に集合していた。この場合の僕らというのは、数百人規模の中級以上の冒険者となり、今日の下水道前はそんな大勢の人間でごった返している。
中規模ダンジョンの攻略ともなれば、これだけ多くの人を一度にダンジョンに送り込む、大仕事らしい。
まぁ、これだけ人でごった返している場所でも、僕らの周りは人口密度が極端に下がっている。腫れもの扱いも、ここまでくると面倒事が避けられていい。
多くの冒険者たちを忌々しそうに眺めては、いまにも舌打ちでもしそうな表情をしているのは、女騎士というよりも可憐な姫騎士のような姿のグラだ。ただし、色合いはワインレッドと黒が基調である。
この鎧も、新素材を用いて新調したもので、ついでにランスと盾の表面にも同じ素材が使われている。
その隣で、僕は【貪食仮説】について、いろいろと考えを巡らせていた。僕の格好も、同じように新調された、ダークブルーの鎧であるが、その姿は騎士然としたグラのものとは対蹠的に、現代的なプロテクターに近い。どちらかといえば、簡略化されたマッスルキュイラスだろう。
たしかに危険度という点では、この仮説は最上級の代物だ。そこは認める。
ただなぁ、そんな事があり得るのかという思いも、僕は同時に抱いている。それができるなら、ダンジョンという生物は、その生物の根本からしてあり方が変わってくる。
ダンジョン側の存在だからこそ、本当にそんな事が可能なのかと疑ってしまうのだ。それは言ってしまえば、人間を五〇〇年生存させる医療技術が発見されたと言われたって、にわかには信じられない心境に似ていると思う。
それくらい、ぶっ飛んだ説なのだ。この【貪食仮説】というものは。
「やぁ、ショーン君。贈った本は読んでくれたかい?」
うんうんと、【貪食仮説】について考えていたら、相変わらずローブにすっぽりと姿を隠したダゴベルダ氏が話しかけてきた。これ幸いと、僕は彼に疑問をぶつける事にした。
やっぱり、持つべきものは頭のいい知り合いだよね。
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