第37話 杞憂と学者との付き合い方
「お久しぶりです、ダゴベルダ氏。ええ、実に興味深く拝読させていただきました。氏は【貪食仮説】について、どの程度信憑性があるとお思いですか?」
挨拶もそこそこにそう切り出すと、ダゴベルダ氏は声に喜色を滲ませて応えてくれる。予想通り、余談に時間をかけるのを好まない質らしい。
「うむ! 吾輩もその件について、君と語ってみたかったのだ! 無知蒙昧なる輩は、あり得ると思えばあるとしか思わず、あり得ぬと思えば頭から否定してかかる愚か者ばかりでな。話にならなかったところだ」
「それはまぁ、お疲れさまでした……」
ダゴベルダ氏の気苦労を慮り、僕は苦笑しつつ労いの言葉をかける。彼はゆるゆると首を振ると、なおも嬉しそうに話しかけてきた。
「どうやら君も、【貪食仮説】がそのままの形で現実になるとは、思っておらぬようだの?」
「それはそうでしょう。そうなったら、ダンジョンは迷宮ではなく巨大なワームです」
「ハッハッハッハ!! 面白い事を言う。しかも正鵠を射ているときている! その通り。しかしな、仮説が丸っきり眉唾とも思えぬ事情もある」
「一層ダンジョンの広さ、ですね?」
僕の答えに、我が意を得たりとばかりに手を叩き、こちらを指差すダゴベルダ氏。
「然り。ダンジョンの広さ、深さは、ダンジョンの主の強さに直結する。すなわち、若いものは狭く、浅い。対して、経験を積んだダンジョンの主のダンジョンは、広く深いというのが一般的だが、その成長の糧となるものが、我々人の命であると考えられる」
重々しく語るダゴベルダ氏に、僕も神妙な面持ちで頷き返す。
正確にいえば、生命力の源は、必ずしも人間でなくてもいい。人間の生存圏外で生まれたダンジョンの場合、野生動物や外部のモンスターを一時の糧としているものは、それなりにいるようだ。まぁ、当然だろう。
ただし、そういったものは、経験で危険な場所に寄り付かなくなる為、定期的に得られる糧とはなりにくく、やはり中規模以上のダンジョンに成長する為には、自らダンジョンに飛び込んできてくれる、人間という糧が必須なのだ。
これは僕も、人間以外を糧に成長できるならそうしたいと思っていたので、グラに詳しく聞いている。
「しかし、そういう意味でも、一層ダンジョンというものは例外なのだ。広くはあっても、深くはない。深くなければ、糧は少なくとも良いのか? あるいは、広さに見合った糧は必要なのか? だとすれば、その広さを担保する糧とはなんだったのか? 浅いからこそ、少ない糧で広げられたという見方もあれば、本来ダンジョンの主が用いるエネルギーすらもダンジョンの拡張に回したからこその広さだったとか、様々な仮説が立てられておる。だが、真相は闇の中……」
なるほど。どうやら一層ダンジョンの主――ダンジョンコアはとても弱かったらしいし、戦う為のDPすらもダンジョンの拡張に回していたという説には、それなりの説得力はあるな。どうしてそんな事をしたのかという点を除けば、それがかなり信憑性が高くも思える。そして、地表付近の地面を掘るのに消費するDPが少ないのもその通り。
やはり侮れないな、人間。結構正確に、ダンジョンの事を掴んでいるじゃないか。
「その仮説の一つが、【貪食仮説】ですか……」
「うむ。ダンジョンが広がるうえで、その先にあった地上の村々を、食っていったという説。それが【貪食仮説】だ」
それは、さながら体に入り込んだ異物を細胞が食らい、消化するように、ダンジョンが延びる先にあった村々を、異物として取り込み、消化していったという説だ。
たしかにそれならば、一層ダンジョンの近隣にあった村々が消失した理由にはなる。ダンジョンを拡張した生命力の出所にも、説明は付く。
ただし、ダンジョンというのはそういうものではない。これは僕がダンジョン側にいるからこそ、明確に否定できる。
先にも述べた通り、それではダンジョンは巨大なワームでしかない。以前グラも言っていたな。それではダンジョンの向きが違うのだ。
「僕はその、ダンジョンが積極的に外の集落を食らって広がったという、仮説そのものには否定的な立場です。ですが、集落が消え去ったという事実と、広がったダンジョンに関連性がまるでなかったとも思えません」
「左様。吾輩も同意見である。ダンジョンが外の地上生命を襲えるのであれば、そうせぬ理由がない。いま現在、我々が試みているダンジョン討伐の策など、ダンジョンが自由に外部の生物を襲えるのであれば、根底から間違いであるという事になる。今次の策も、まず上手くはいくまい」
「しかし、これまではそうではありませんでした。これからは……――保証できませんが……」
「であるな。もしかすれば、このダンジョンは地上に浸食する術を手に入れたのかも知れん。それは、我ら地上生命にとって、最悪の未来の到来を意味するだろうが、それを頭から否定する理由などない。我ら学者は、絶対に希望的観測に縋ってはならん。最悪の予想が杞憂であれば、そのとき笑い飛ばせば良い。もしも危惧の通りであれば……」
ダゴベルダ氏はそこで言葉をためると、僕を試すようにこちらを見上げ、先の言葉を口にした。その口調は、意外な事に楽しそうなものだった。
「……杞憂にしてしまえばよい。違うかな?」
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