第38話 ケブ・ダゴベルダの魔力の理基礎概論
〈10〉
ダンジョン探索が開始された。
……とはいっても、最初の内は僕らにする事なんてない。数百人もの中級冒険者が、下水道を通ってダンジョンに侵入していく為に、その道は掃討が完全にすんでいる。
中級冒険者は鉄扉の向こう、すなわちダンジョンのバスガル側で討伐を続け、下級冒険者は下水道の保全に力を入れ、退路を守る事になっている。
まぁ、僕らがバスガルに潜る以上、ここ数日は下水道側でのモンスターの補充はないので、下級冒険者たちも暇を持て余すだろうが……。
バスガルに突入してからも、僕らは暇だった。まずは入り口付近のモンスターの掃討を中級冒険者が担い、物資を運び入れ、長期探索の橋頭保とする必要がある為だ。中級冒険者のうち、七級冒険者は、この物資の集積所の付近を警戒しつつ、モンスターが出現すればそれを掃討し、周囲と情報共有を図る。
これに不備が生じると、七級から八級に落とされ、しばらくは中級にあがれなくなるらしいので、ガラの悪い七級冒険者たちも真面目に働く。それくらい、中級冒険者と下級冒険者とでは、稼ぎに差が生じるようだ。
その先も、六級、五級と、中級冒険者の質に応じてダンジョンの奥に派遣されるが、こちらはまだまだ出番待ちの段階らしい。彼らの役目もまた、先行組――【
いつぞやのように、不測の事態が起こった際にも、後続がいてくれれば援軍や撤退支援など、助力が期待できる戦力が近くにいるのは頼もしい。
そんなわけで、僕らはバスガルのダンジョンの入り口付近でたむろしつつ、暇を潰している。今頃は、中級冒険者が躍起になって、モンスターを狩っているところだろう。モンスターの魔石は、それだけで生活を賄おうとすれば、中級冒険者にとっては単価が安すぎる。
石油や石炭と違って、採掘で得られるものではなく、いちいちモンスターを倒さないと手に入らないという点で、意外と生産力が低いのだ。ダンジョン外だと剥ぎ取りまでしないと手に入らないのだから、採取効率はさらに下がる。為政者が、倒すだけで魔石を残してくれるダンジョンを、魔石の生産工場にしたがる理由もわからなくはないと思えてくる。気分は悪いが。
そんな中級冒険者にとって、魔石というのはそれだけをたつきの道とするには頼りないが、小遣い稼ぎと考えればいい額になるという事らしい。
「それではショーン君。君は既に一通りの、魔力の理についての知識があるようだが、吾輩に教えを乞うたからには一から教えていこうと思う。異存はあるかな?」
「いえ、ありません。お願いします、先生」
「……なぜ私まで……」
そんな暇を持て余した僕らがなにをしているのかというと、ダゴベルダ氏に魔力の理に関する教示を受けているところだ。杖を新調したのも、元を質せばダゴベルダ氏の進言があったればこそだ。その杖を新調したついでに、グラ以外の先生からも教えを受け、多角的な知見を得ようと思ったわけだ。
僕ら二人を前にしたダゴベルダ氏は、なにかを思案するようにローブの奥に隠れた顔をダンジョンの天井へと向ける。僕らもつられてそちらを見るが、そこには相変わらず、ゴツゴツとした岩肌と、赤く不気味なヒカリゴケがあるだけだ。
なお、一時的に拠点となっているこの場所には、十分な照明も用意されている為、以前のように薄暗くはない。
「そうよな……。では、まずは簡単な確認からいこうか。ショーン君とそこな娘っ子がどこまで学んでおるのか、吾輩は知らぬでな。手探りでいこう」
「ふん……。拍子抜けさせないで欲しいものですね」
ダゴベルダ氏の言葉に、グラが不機嫌そうに応えた。たしかに、グラの魔力の理に関する知識は、ダンジョンコアの基礎知識で共有されたものであり、かなり高度な代物だ。もしかしたらそれは、ダゴベルダ氏の有する知識よりも、高度なものなのかも知れない。だが、そういう事ではない。
グラが不機嫌なのは、人間から教えを受けるというこの形式が非常に不満なのだ。だが同時に、人間の中でも知恵者であるダゴベルダ氏の持つ知識は、恐らくは人間社会における最高水準のものである。そういった知識に触れられる機会というものは、欲したところでなかなか得られるものではない。
人間たちの魔力の理に対する理解、応用としての【魔術】のレベル、最先端の知識、それらに触れるというのは、ダンジョンコアにとっては有益を通り越した、強い戦略的な意味を持つ行為なのだ。
「ふむ。では娘っ子。まずは貴様に問おう。【
「ふん。本当に基礎的な問題ですね。【理】とはすなわち、魔導の
そうなんだよねえ。僕もついつい、そこら辺は混同しちゃう。それでも、厳密に分けるなら普段僕らが使う【魔術】に使われているのは、原始的な【理】ではなく、より改良を重ねられた【術式】なのだ。
「ふむ。どうやら教本を丸暗記して、知者を気取るにわかとは違うようだの。結構。ではショーン君、【魔法】と【魔術】との違いはなにかな?」
あ、良かった。僕にはかなり簡単な質問がきた。
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