第39話 凡人の性質
「はい。【魔法】というのは、モンスターやその他の生物が、生まれつき使える超常現象の事です。その根源となっているのは、そういった生物が持つ【魔導器官】であり、【魔術】というのはそれを模倣して、【魔導器官】を持たない者にも超常現象を起こせるようにしたものです」
「うむ。概ねその通り。よろしい」
ダゴベルダ氏が頷くと、僕はついついホッと胸を撫でおろす。学校で先生に質問されているのと、同じ気分である。
「【魔法】というものは、ある意味においては魔力の理の原型とも呼べるものだ。すべては【魔法】より始まったといっても過言ではない。しかしながら、そういった【魔法】に用いられる理はひどく原始的かつ、複雑怪奇である。まぁ、生物の生体器官である以上、当然ではある。いまだ、【魔導器官】を完全に理解する事など、我ら小人には能わず、魔導術の分野はまだまだ発展の途上にある」
「具体的には、このような感じですね」
ダゴベルダ氏の言葉を引き継ぐように、グラは左手のうえに原始的な【理】を、右手のうえに【術式】を描いてみせる。本来は、魔力を可視化できる程光らせる意味はまるでなく、むしろ余計に魔力を消費し、相手に手の内を知らせるようなものだ。だが、こうして教えを授けるときには理解を深めるのに便利なので、グラはよくこうして【魔術】を教えてくれる。
グラの左手には、複雑な模様が描かれ、そのどれもが画一的な直線や曲線ではなく、生物の血管や細胞のような、細かく複雑なものである。真似をするなら、丸写しでもしないと無理だろうし、それで上手く模写できるかもわからない。
対して右手には、かなり単純な幾何学模様が描かれている。その意味は、僕にも理解できる。なにせ、僕も良く使う幻術の一つなのだ。十分に勉強したし、何度も手のひらのうえで描いた自家薬籠中のものだ。
「ほぅ。やはり其方はなかなかの魔術師のようだ。よくもまぁ、理の原型などを覚え、手本も見ずに模倣などできるものだ。昨今は、術式が広まりすぎて、理のなんたるかをまったく学ばん、似非魔術師も多いというのに」
「【魔術】を研究するならば、当然の事でしょう。原型から削ってしまった、魔術的な意味があるかも知れないのに、術式ばかりを見るなど愚の骨頂です」
「うむ。至言であるな」
感心するダゴベルダ氏に対し、ツンと澄ましたグラが言い捨てる。だが、ダゴベルダ氏は気分を害するどころか、むしろ上機嫌に頷いていた。
「いや、吾輩は魔力の理に関しては、専門ではない。あくまでも齧っているだけだ。ややもすれば、其方よりも造詣は浅いかも知れぬ。娘っ子、其方名はなんという?」
「……グラです」
「覚えておこう、グラ君。さて、話を戻そうか」
そう言ってダゴベルダ氏は咳払いをしてから、話を続ける。
「【魔術】を行使する際に重要なのが、いま述べた【理】に属する、いわば魔術の設計図であり、それに魔力を流す事により【魔術】という超常現象が発生する。ここまではよいかね?」
「はい」
「本当に基礎中の基礎ですね。いろはから教えていくには、時間が足りないと思いますが?」
素直に返事をする僕とは違い、グラの方はダゴベルダ氏の講義のレベルに文句をつける。いやまぁ、それは僕も思ったけどね。
流石に、僕が生まれて一週間以内に習った事を、ここで復習しているようでは、この世界の
だが、そんな文句にもダゴベルダ氏は動じた様子を見せず、落ち着いた調子で反論する。
「基礎というのは重要である。それができておらぬ者に、教えを授けるなど無意味であろう」
「それはそうですが、私も、そしてショーンも、そのような当然の知識は既に修得しております。業腹ではありますが、あなたに教えを乞うたのは、我らの知らぬ知識があなたにあるかも知れないと思ったからです。それが、研究の一助となる可能性があったからです。基礎を学び直すだけなら、我が家でも可能なのです。わざわざ他者からご高説を賜る必要などないのです」
そう放言したグラ。その態度は、まるで反抗期の中学生が「授業で教えられる事なんて、塾でもう習ったところばかりです!」とでも言っているようであり、なんというか、身内としては非常に居たたまれない。
残念ながら、そして当然ながら、グラの対人能力は、そのくらいの低さなのである。周囲から煙たがられ、距離をおかれるレベルの事を、平気でやってしまう。
しかし、そんなグラに対し、ダゴベルダ氏は意外な程寛容に、ゆっくりと噛んで含めるように教え諭していく。まるで、何年も教鞭をとってきたベテラン教師のような風格だ。
「なるほど、グラ君の言はもっともである。しかしな、其方らは自らのレベルを知っていようが、吾輩はそれを知らぬ。基礎を疎かにする愚物かも知れぬし、基礎しか知らぬ素人かも知れぬ。それを一つ一つ確認してゆかねば、吾輩とてなにをどう教えていいのかわからぬよ」
「む、むぅ……」
「グラ君は己の知識に自信があるのであろう。しかしながら、それに不備がないとも思っておらぬし、向上心もあるのであろう。だからこそ、吾輩の質問にも答えるし、話が一区切りつくまでは文句も言わなんだ。その姿勢は、実に好ましくある」
「…………」
ついには押し黙り、恐々とダゴベルダ氏を窺うグラ。彼の言葉の裏や意図を図りかねているのだろうが、たぶんそんな彼女の態度も、ダゴベルダ氏の手のひらのうえだと思う。
「とはいえ、基礎がしっかりとできている事はわかった。ここからは、少し駆け足でいこうぞ。『いろは』ができておるなら、文法や単語の知識量などは、おまけに過ぎん。わからねば、都度都度聞いてくれば良い」
ダゴベルダ氏はそう言うと、呵々と笑いなら魔力の理に関する講義を進める。そこからは本当に駆け足で、僕らはその日のうちに、例えるなら中学、高校程度の魔力の理に関するおさらいを終えたのだった。
それは基礎とはいえ、人間社会に浸透した【魔術】の高等知識であり、グラも一言も文句を言わず、ときには質問をしながら時間を過ごした。
僕としても、櫛の歯が欠けたように零れていた知識を復習できたのはありがたかった。凡人を自覚している僕は、こうしてこまめに復習をしないと、一定以上の知識を保持するのも一苦労である。
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