第41話 一層ダンジョンと師弟三原則

「それで、調べるっていってもなにを調べればいいんすか?」


 少し不貞腐れるようにして、フェイヴがそう問うてきた。まぁ、ただ当て所なく調査なんていっても、漠然としすぎていて困るだろう。というか、これはフェイヴに対する依頼という事でいいのだろうか? フォーンさんはたぶん、斥候としてのフェイヴの師匠だろう。だとしたら、報酬的にも能力的にも、たぶんフォーンさんだけで事足りるんじゃないかと思うんだが。

 まぁ、人数がいて困るという事はない。依頼料が量増しされない限りは。


「依頼の内容は主に三つです。一つ、件のダンジョンの正確な規模の調査。もしも本当に、あれが小規模ダンジョンであれば、こちらまで侵食してくる危険は、それ程高くはないでしょう」

「ふむん? ショーン君は、小規模でない可能性があると?」


 フォーンさんの問いに、僕は無言で頷いてから続けた。


「調べた限りにおいてではありますが、小規模ダンジョンというものは基本的に下へ下へと拡大していくものです。中規模クラスになれば、横や上に多少侵食するという例もないではありませんが、小規模ダンジョンが入り口から横に広がり続けた例というのは、たぶんゲッザルト平野の一層ダンジョンくらいのものではないかと」

「おお、ゲッザルト平野の一層ダンジョンかぁ。たしかにあれは、一説によると誕生直後から、横に広がる形で成長した、珍しいダンジョンだったって話だね。討伐するときも、学者連中からもっと調べさせて欲しいって嘆願があちこちからあったとか。まぁ、横に横に広がっていくダンジョンなんて、国のお偉いさんからしたら厄介以外のなにものでもないだろうからね、そんな願いは叶えられなかったようだが……」


 フォーンさんが皮肉気に笑い、それを見たグラの表情が、僅かに強ばる。やはり、ダンジョンが討伐された話は地雷みたいだな……。

 ゲッザルト平野の一層ダンジョンというものは、恐らくはこの世界でも稀に見る、一層しかない代わりに広大な面積を誇るダンジョンだった。ダンジョンは普通、積層型に延びていくのだが、このゲッザルト平野の一層ダンジョンは、例外中の例外だった。

 そのダンジョンの主たるダンジョンコアが、どうしてそのような成長を選んだのかは、既にダンジョンが討伐されてしまった現状では、誰にもわからない。学者たちの嘆願も、わからないでもない。僕だって気になる。

 とはいえ、真相は闇の中だ。そんな、ゲッザルト平野の一層ダンジョンという中規模ダンジョンが討伐されたのが、いまからだいたい一〇〇年程前の事らしい。

 下水道のダンジョンが、この一層ダンジョンと同じように、横に広がっていくというのなら、きっと彼らにとっても脅威だろう。まぁ、そこが僕らのダンジョンである以上は、そんな事はないのだが。


「一層ダンジョンのような例外でなければ、どこかから延びてきた中規模ダンジョンという事もあり得るかもしれません。その二つの場合、僕らの工房がダンジョンに呑み込まれる危険はかなり高いといえます。逆に、いま言われている通り、ただの小規模ダンジョンであった場合、僕らの工房が呑まれる危険はほぼないでしょう」

「なるほどっす。まずは、そこが小規模ダンジョンであるという確信が欲しいって事っすね」

「ええ。小規模ダンジョンでも気を抜くつもりはありませんが、少しは安心できます。逆に、そうでなかった場合には、最大限の警戒でもって対処しなければなりません」

「そっすね。あの地下工房がダンジョンに取り込まれるのは、なんとしても避けないといけないっす」


 深刻そうに頷くフェイヴ。その危険性を、いまいち理解できていないフォーンさんが、首を傾げているが、まぁこれはあながち嘘というわけではない。

 向こうのダンジョンコアがウチのダンジョンを取り込んだ場合、その構造を流用される危険は、十分にあるだろう。乗っ取られたって、ダンジョンに施された理が消え去るわけじゃない。

 余裕があれば別だろうが、バスガルもバスガルで追い詰められているからな。たぶんダンジョンの構造に手を加えたりはしないだろう。


「そして依頼の二つ目。これはもし、件のダンジョンが小規模でなかった場合ですが、その規模や延びている方角、モンスターの傾向等々の情報を集めてもらう事です。まぁ、斥候のお二人にとっては、普段通りのお仕事というわけです」

「なるほどねえ。たしかにあちしらにとっちゃ、それは得意分野だ。切った張ったより、よっぽど楽な仕事さね」


 自信あり気に肩をすくめつつ皮肉っぽっく笑うフォーンさん。口調と仕草は貫禄の滲むそれだが、いかんせんその姿は美少女でしかない為、どこかお遊戯ちっくだ。


「たしかに、そこが小規模ダンジョンでなかったり、普通と違う例外であったりしたら、それは大問題っす。ただでさえ、ニスティスの悪夢の再来かも知れねえってんで、町中てんやわんやなんす。当然ながら、冒険者ギルドも領主様も、そのダンジョンの討伐を最優先にしているっす」


 真剣な声音のフェイヴの言葉の続きを、僕が代弁する。


「でも、彼らが選んだ戦術の根幹は、対小規模ダンジョン用のもの。初手を間違えると、本当にニスティスの再来になりかねない」


 ニスティスの都がダンジョンに呑まれた一番の理由は、勿論ダンジョンコアの奮闘もあっただろうが、それ以上にニスティス側の初動の拙さがあった。そうでなければ、町中にできたダンジョンが、ダンジョンであると知られつつ、人間側の襲撃を最後まで退ける事などできまい。

 僕らで例えるなら、それは【一呑み書斎ワンイーター】を作った程度の段階で、【雷神の力帯メギンギョルド】を退けなければいけないという状況なのだ。いまだ彼らの実力は測りきれていないものの、そんなのは絶対に無理だと断言できる。


「ふぅむ。その場合、その情報はギルドに高く売れるねえ。あちしらは報酬をもらって正式に依頼されたワケだから、その代価はまるっとショーン君のもんだよ」

「いや、報酬をもらったの、あちしじゃないっすよね!? じゃ!?」

「うるさいねえ。いいかい、弟子のもんは師匠のもん。師匠の仕事は弟子の仕事。師匠の命令は絶対。師弟三原則は、法にも記されたれっきとした規則だよ?」

「書いてるわけねえっしょ、この鬼ババアっ!」

「おおう、よぉく吠えたな、洟垂れ小僧!? そのほっせえ目ぇ目ん玉、白目にして往生させたらぁ!!」

「もう我慢の限界っす! いっつもいっつも俺っちばっかり貧乏くじ! 今日ここで師匠を倒して、明日からあんたをパシらせるっす!」


 師弟漫才を始めてしまった二人を、呆れたように見つめる僕とグラ。付き合うつもりはないので、ジーガに頼んでザカリーを呼んでもらう。それからザカリーに頼んで、お茶を淹れてもらおう。

 この辺の技術は、流石にザカリーの方が高く、技能奴隷の面目躍如といったお手前だ。ジーガの淹れたお茶とは、比べ物にもならない。いやまぁ、彼にそんな技能は求めてないので、別にいいのだが。


「そういえばさ」


 十分くらいして師弟漫才が一段落付いたところで、フォーンさんが思い出したかのように声をかけてきた。勝敗? 聞くまでもないだろ。


「依頼って、三つって言ってたよね? あと一つは?」


 ああ、そういえば依頼内容を告げている途中だったね。よくもまぁ、そんな重要な会話中に、師弟でじゃれ始められると思うが、まぁ気にしたら負けだろう。この人の奔放さは、巻き込まれたらただでは済まない竜巻級のものだ。

 僕はしれっと、彼女を災害指定しつつ、最後の依頼内容を告げる。


「三つめは、そのダンジョンの探索に、僕も同行させて欲しいというものです」



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