第40話 交渉術と阿吽の呼吸

「だったらさぁ、その工房とやらを閉鎖しちゃえばいいんじゃない? なにをご大層に守ってんのかは知らないけどさ、ダンジョン側に人間の弱点が知られちゃうってんなら、どっちがいいかは明白だろう?」


 フォーンさんの言葉に、僕は肩をすくめる。


「まぁ、最悪それもやむを得ないかとは思っています。ただ、ウチは良くも悪くも……というより、主に悪い方で有名になり過ぎました。月に一、二回はマフィアが襲撃をかけてくるくらいですし、工房の防御力が下がっていると知られれば、そんな連中が大挙して押し寄せてくるでしょう。そしてこの場合最悪なのが、他所に名を挙げられたら面白くなく、なにより僕らに煮え湯を飲まされた存在が、その状況を静観するとも思えない事です」

「ああ、なるほど……」


 僕の言葉に天を仰いでそう唸ったのはフェイヴだ。彼はウル・ロッドとの和睦交渉をまとめた人間なので、彼らが動きかねない心情も理解はできるのだろう。

 本当は、ダンジョンを放棄するには色々とリスクを伴うという理由なのだが、対外的な理由はこんなところだ。誰だって、自分の命は惜しい。人類の為に己の身を顧みないという行為は、美談ではあるが、それは逆説的に美談になるような、困難な行為である。

 自分の命を危険に晒してでも、研究資料や財産を失うリスクを冒してでも、人々の安全の為にそれをやれ、というのは正論ではあるが、暴論じみた極論である。正しければ、なにを主張してもいいというわけではない。


「むぅ……。それはたしかにそうだねえ……」


 唇を尖らせたフォーンさんが、なにかを考え込むように、頤に人差し指をあてて視線を彷徨わせる。だが次の瞬間、所在なさげにしているジーガを見付けて、【鉄幻爪】の交渉途中だったのを思い出したのか、これまでの話など忘れたとでも言わんばかりの態度で、アーマーリングを吟味し始めた。

 ホント、自由奔放な人だ。小人族は自由人が多いとは聞くし、ウチのウーフーも大概だとは思ってたが、この人はそれに二段も三段も輪をかけている。

 彼女の様子に苦笑した僕らは、構わず話を続ける事にした。


「とはいえ、だからといって知らんぷりを決め込むつもりはありません。それはそれで、無責任ですからね。なので、僕の知る限り最高位の冒険者であり、実際その実力も知っているフェイヴさんに、件のダンジョンを探索していただけないかと思い、こうしてお呼び立てした次第です。なにか文句はありますか?」

「そっすねえ――って、そこは『なにか他にご質問はありますか?』とかじゃないんすか!? なんすか文句って!?」


 いやまぁ、こっちとしても不本意な選択だったとはいえ、いきなり呼び出した手前、ほんの少しは悪いかなとは思っていたんだ。だからこの際、文句があるなら聞いてやらなくもない、ただし聞くだけだがな、という殊勝な心掛けをしてみたわけだ。


「殊勝とは……?」

「そうだなぁ、以前の不法侵入を許してやらん事もないという事で、今回の無作法と相殺するのもやぶさかではありません」

「ねぇ、それって本当に許してるっすか? 言い回しが曖昧で、どうとでも取れる言い方なんすけど?」

「ついでにホラ――」


 僕はそう言って、視線だけで琥珀アンバーのアーマーリングを試着して喜んでいる、フォーンさんを指し示す。


「――予定外の客人を連れてきて、人気商品の販売先に割り込んだ分も、チャラにしてあげますよ?」

「う……」


 明確な数字で表せない恩仇おんきゅうの場合は、ツケはさっさと回収するに限る。なお、数字で表せる借金などの場合は、取っておいた方がマウントを取れるという利点があったりもする。まぁ、どっちにしたって、返ってこないというリスクもあるけど。


「前回はセイブンに頼まれた用事をこなす為だったし、今回は師匠が無理矢理付いてきただけっすよ……。どうして俺っちばっかりが尻拭いしなきゃなんないんすか……」

「まぁまぁ、依頼料は払いますよ。といっても、最近ちょっと大きな出費があったところなんで、手元不如意なんですよねえ。どうしようかなぁ?」


 ちょっとわざとらしかったかも知れないが、獲物は安物のルアーよりも巨大なその餌に、狙い通りかかってくれた。


「それなら、あちしらへの報酬は、この【鉄幻爪】をもう一つって事でどうだい!?」


 僕は内心でほくそ笑みつつ、チラリとジーガに視線を送ってから、なんとも悩まし気に呻吟して見せた。


「うーん……。しかしですねえ、そちらは付き合いのある、カベラ商業ギルドに卸す分でして、流石に義理を欠くような真似は……」

「むぅ……、だとしたら、やっぱり無理かね……」

「旦那様。現在カベラ商業ギルドは、幹部がこの町からの離脱を考え、それなりの騒動になっております。【鉄幻爪】シリーズのアクセサリーを卸しても、きちんと決済ができるかどうか、不透明な状況ですよ」


 フォーンさんが諦めかけたところで、すかさずジーガが可能性を提示する。それだけで、まるで救いの糸が垂れてくるのを見たカンダタのような目になるフォーンさん。阿吽もかくやといった息の合いようだ。

 本来ならば、上級冒険者に対する依頼であれば、それなりの依頼料が必要だ。それこそ、中規模ダンジョンを攻略しようとする、貴族なんかが提示するような額がだ。

 だがいま、僕とジーガの連携により【鉄幻爪】一つでそれが賄われようとしている。

 これには二つの利点がある。

 一つは当然、依頼料が浮く事。もう一つは、いまだ不明瞭な【鉄幻爪】という商品に、ある程度の価値の指標になる事。

 上級冒険者に対する依頼料の代わりになるという触れ込みであれば、金貨の十枚、二十枚というレベルではない。いまだ未発売のものであったという点を考慮したって、下手をすれば、ちょっとした軍事行動が行えるような値段にもなりかねない。

 要は、付加価値というものが付くのだ。それがわかっているであろうジーガの頬が、時折嬉しそうにピクついているのを、確認しつつ、僕は思案するフリをする。


「ふむ、なるほど。しかし、だからといって、契約を蔑ろにしてもいいというわけではない。ジーガ、君はカベラ商業ギルドの所属だろう?」

「はい。お任せいただければ、必ずや今月の納入を見送るよう、交渉をまとめてきましょう」

「大丈夫か? 君や我が家が不利益を被るという事はないか?」

「今回は時期が良かったといいますか、不幸中の幸いというものでしょう。先にも述べました騒ぎで、向こうもそれどころじゃないでしょう。交渉の余地は十二分にございます」

「ふぅむ。よし、ならば任せよう!」

「はい。必ずや、朗報をお持ちいたします」


 恭しく頭を下げるジーガに、僕も頷いてみせる。それからフォーンさんに向きなおり、とびっきりの笑顔で告げる。


「そんなわけで、多少無理を通す事にはなりますが、この者に任せればまず大丈夫でしょう。依頼料はそれでよろしいでしょうか?」

「うんっ!」


 美少女の弾けるような笑顔というのは、ズルいと心底思った。あんな横暴で、自由人というにも気儘で、年齢を考慮してももう更生の余地はないだろうフォーンさんでも、屈託のない笑顔は人の心を揺さぶるに十分な魅力を有しているのだから。

 なお「あの、俺っちの報酬は……?」と情けない声をあげているフェイヴの言葉は、誰の耳にも届かなかったようだ。


 仕方ないよね。だっていま、この場は交渉成立を祝ってみんなが満面の笑みなんだもの。



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