第69話 奇妙なご主人様(2)

 俺は、ほとんど地下から出てこない彼に代わり、ウル・ロッドを始めとした、外部との折衝や、屋敷の維持管理などを担っている。

 代わりに、温かい寝床と十分な報酬、そしてもう一つ、美味しい役得を得て、少し前からは考えられないような高待遇の職に就いていた。

 そう、待遇面だけ見れば、非常に恵まれている。主人が化け物じみた子供である点を除けば……。


「木材って、俺が持って帰ってくるのは無理だぜ?」

『そんな無体なお願いはしないよ。今日のところは注文だけして、いつでもいいから届けてもらって。ただ、地下室に入る程度の大きさでお願いね』

「ああ、了解した」


 それくらいなら、言う通りただのお使いだ。夕食用の食材の買い出しのついでで終わる。キュプタス爺に、今日の買い出しを代わる旨を伝えておこう。まだ屋敷内にいれば、だが。

 ちなみに、キュプタス爺も俺と同じく雇われている。この屋敷の料理番なのだが、ショーン・ハリューが車椅子なんてものを与えたせいで、大はしゃぎして、最近はよくスラム街を駆け回っている。そのせいで、しょっちゅう飯をすっぽかすのだ。

 主人であるショーン・ハリューが笑って許すから、歯止めが効かないんだよ。普通の使用人なら、とっくにクビだろうに。

 俺としちゃ、飯が冷えた保存食になるので勘弁して欲しいのだが、ショーンは食に頓着しないタチらしく、保存食でも文句はないようなのだ。雇い主として、一度ガツンと叱って欲しいもんだが、飯を作るのを忘れたと宣うキュプタス爺を、ケラケラと笑いながら許す辺り、望みは薄そうだ。

 ちなみに、キュプタスの身の安全は、誰も心配していない。それなりの属性術の使い手で、おまけに車椅子という機動力を持ち、さらにはショーン・ハリューという後ろ盾まであるジジイなのだ。誰も手出ししないだろうし、したらしたで手痛いしっぺ返しを食らう事になる。

 いまでは、爆走ジジイとして、スラムの有名人の一人に名を連ねている。


『それじゃ、預けてあるお金でお願い。まだ残ってる?』

「十分残っています。というか、着実に増えてるから安心してください」


 なぜだろう。仕事の話となると、口調が変わる。というか、執事の真似事をしているときが、むしろ例外的に口調が崩れてしまうのだ。

 いや、丁寧にしようとはしているのだ。だが、ショーンの方が、それを嫌がって俺の口調を崩しにかかる。そして俺も、それに合わせて態度が砕けてしまう。

 誰かに仕えて諂うってのが、性に合ってないのだろう。


『うんうん、資産運用をお願いした甲斐があるよ。そういう面倒事を任せられる人材がいるって、本当にいいよね。増えた分のお金は、適当に自分の懐に入れちゃっていいから、頑張ってね』

「また適当な……」


 俺は呆れて声を漏らすが、気楽に大金を動かせる立場というのも、なかなか楽しい体験なので文句はない。

 そう、これが美味しい役得。ショーン・ハリューの資産を、俺の裁量で維持し、増やす仕事だ。破産した商人に任せるような仕事じゃねえと忠告したのだが、当人は預けてる分は丸損しても問題ないから、好きにやれときたもんだ。

 おかげで、いまの俺はスラムに住んでるとは思えないくらい、資産と呼べるものを有している。どころか、商業ギルドの一つに名を連ねているくらいだ。


「ショーンさん、スィーバ商会と【雷神の力帯メギンギョルド】から依頼です。どちらも【鉄幻爪】シリーズの注文ですね」

『スィーバってのは知らないけど、どこ繋がり?』

「俺の所属しているカベラ商業ギルドの仲介ですね」

『ええー……。カベラからの注文は、今月もう一つ受けてるじゃん。これ以上増やさないでよ』

「そう言われましても……」


 こっちとしては、所属しているギルドに強く頼まれれば、そうそう嫌とは言えない。とはいえ、俺の雇い主はあくまでもショーン・ハリューだ。どちらの意向を優先するかは、問われるまでもない。


『あんまり面倒事ばかり言うようなら、所属を変えちゃえば? 僕としては、別にどの商業ギルドに君が所属していてもいいんだからさ』

「流石にそれは……。反感を持たれて、嫌がらせを受けたり、町での買い物ができなくされますよ?」

『だったら、外の商人とだけ取引すればいいでしょ。それに、その分を【雷神の力帯メギンギョルド】に売れば、そっち繋がりでお金は入ってくるし』

「金が入ってきても、使う先がなくなるって話です……」


 商業ギルドってのは、実に面倒な組織なのだ。特権商人ともなれば、その影響力は町全体、国全体にも及ぶ場合もある。そんな相手と戦うなど……。


『なら、外の商人から食料買い込めばいい。金になるなら、多少割高でも売ってくれるさ。そして、こちらから外部の商人にだけ、物を売ればいい。町の商人は、地元の特産を買えないというバカを、世間に晒す事になる』


 そうだった……。この人は、たった一人でウル・ロッドファミリーと戦い、勝利を納めたような傑物だ。ただの商人相手に、イモ引くようなタマじゃない。

 なにより、町の商人がそんな事をすれば、ウル・ロッドの方が黙っていないだろう。彼らは、明らかに意図してショーン・ハリューの名声を高めている。

 自分たちが敗北した相手を持ち上げる事により、敗北という傷を浅くし、自らの懐を深く見せる事ができるのだから、商人ごときにショーンが舐められるのを許しはしないだろう。たちまち、店がチンピラに取り囲まれて、連日嫌がらせを受ける事請け合いだ。


「では、スィーバ商会の注文は断っておきます。カベラの件は、今回は忠告にとどめておきましょう。態度を改めないようであれば、全面的に争う方針で。【雷神の力帯メギンギョルド】の方はどうします?」

『そっちも同じ。先月と今月で、二つ作ってやったんだから、今月分はもう終わり。いくら雛形が既にあってすぐに作れるっていったって、マジックアイテムばかり作ってらんないよ。一級冒険者のパーティなんだから、護身用具にそこまで執着しないで欲しいよね、まったく』

「ではそのように……」


 この主人にかかれば、一級冒険者ワンリー率いる【雷神の力帯メギンギョルド】でも、この扱いらしい。一級冒険者ともなれば、彼に会う為に大金を積む大商人とているだろうに、その機会を自らフイにするというのは……。

 正直、ちょっと惜しい気はするが、ここは雇い主の意思を優先だ。

 なにより、件の【鉄幻爪】シリーズは、武具としてはいまいちだが、護身用具としてはかなり優秀で、商人や貴族なんかに引く手数多なのだ。ハリュー家の主な収入源は、この【鉄幻爪】といっても過言ではない。

 ただし、主人であるショーンは、先程の言い分の通り、あまり積極的にこの【鉄幻爪】を売り出すつもりがないようなのだ。

 俺の所属しているカベラ商業ギルドに卸す分が一つ、【雷神の力帯メギンギョルド】に卸す分が一つ、それに加えて、俺の裁量でどこかに売る分が二つの計四つ。これが、【鉄幻爪】の一月の生産量だ。

 すぐ作れるという言葉に偽りはないようで、大抵は月初めの一週間目に、四つとも渡される。

 俺の分の二つも含め、カベラ商業ギルドは一月三つも【鉄幻爪】を仕入れているのだから、たしかにさらに欲をかくのは、強欲だろう。

 とはいえ、その思いもわからないでもない。俺だって、できる限り生産数を増やして、いまのうちに荒稼ぎした方がいい。いずれ真似されて、利益が減ると忠告したのだが、


『むしろそれでいい、そうなれば、僕が作る必要もなくなる』


 との事。どうやら、本気で商いには興味がないらしい。

 仕えてみてわかったが、このショーンという少年、とんでもない研究バカだ。それも、没頭すると本気で寝食を忘れる類の、真正のヤツだ。

 まぁ、だからこそ、一人で七〇〇人のマフィアを退けてしまう程の、地下施設を作ってしまったのだろうが。


『あ、そうそう』


 伝声管の向こうから、心底楽しそうな声音が響く。どうやら、商売の話はここで終わりらしい。ショーンがこういう声音で話すときは、研究に関する話ってのが相場だ。


『近々、僕の姉を紹介するよ』


 だが、俺の予想は、文字通り予想外に裏切られた。


「は? 姉?」

『そう、姉。グラっていうんだ』

「あんた、姉なんていたのか?」

『そりゃいるよ』


 言われてみりゃあ、木の股から生まれてきたわけもなし、ショーンに家族がいたっておかしくはない。だが、突然スラムに現れた事といい、てっきり天涯孤独の身だと思い込んでいた。


「そうかい。歓迎の準備をしときゃいいのかい? 客室の用意とか、晩餐の準備とか……」

『ああ、いや、別に他所からこっちにくるってわけじゃない。もうここにいるから、いまさら歓迎とかは必要ないよ』

「……はぁ!?」

『ずっと僕と地下にいたの。人嫌いだから、これまで君たちと接触はしなかったんだけど、いい加減紹介しないと、いろいろと支障がでると思って』


 いやいやいや! 支障がでるとか、そんな些細な問題じゃないだろう!? これまでずっと、姉が地下にいた? その間の食事はどうしていたんだ? まさか、ただでさえ少食なショーンと、分け合って食ってたのか?

 そもそも、この三ヶ月一度も外にでず、その姉とやらはなにをしてたんだ?

 一瞬で頭を駆け巡った疑問に答えを得る事はなく、ショーンは常のヘラヘラとした声音を、真剣なものに変えて言葉を続けた。


『それと、忠告だけど、グラには僕にするようなナメた態度は取らないでね。本気で殺されるだろうし、僕も許さないから』


 あ、これヤバいヤツだ……。


『人間嫌いで、誇り高い人だから、下手な対応は絶対にしないように。キュプタス爺にもそう言っといて。そうだな、貴族に接するつもりでいれば、たぶん大丈夫だと思うよ? あ、もしダメでも、恨まないでね』

「……なぁ、お暇をもらいたいんだが……」

『ハハハ、面白いジョークだね』


 ジョークじゃねえよ!!


 そんなわけで、奇妙な子供は今日も、好き勝手をしている。なぜか、そのワリを食う役に収まっているのは納得いかないが、やっぱり暖かい寝床と人らしい生活には変えられない。

 なんだかんだで、俺はこの生活を楽しんでいたし、感謝もしていた。


 まぁ、月に一、二度マフィアが襲撃してくる事と、雇い主が化け物じみたヤツである事以外は、文句のない職場だ。




 ——一章 終了——



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