第36話 ダンジョンの定番、世界初のお披露目
土の洞穴を進む事しばし、あれから顎アリ三体の群れと遭遇したものの、特に苦もなく倒して、僕らは探索を続けていた。といっても、ラベージさんが勘違いしたように、このダンジョンに関して調べるような事はほとんどない。
まぁ、自分で作ったダンジョンなのだから当たり前だが……。
なお、モンスターに関しては、グラが作った
いまのところ、特に問題なくモンスターが生み出されているようで、実に気分がいい。
ああ、本当に、もっとここを調べたい思いと、早く地下へ戻って実験成果を確認してから、さらなる研究をしたいという思いが、際限なく湧いてくる。
「ラベージさん的にはどう思います? このダンジョン」
経験豊富な冒険者の見解が気になり、ついそう聞いてしまった。
「そうですね……。たぶん、ダンジョンの主はそこまで頭が良くないです」
「え……、そ、そうなんですか……?」
なんだろう、悪気がない事がわかっているからこそ、グサりとくるお言葉だ……。
「ええ。罠が少ないダンジョンの主は、基本的に好戦的で、力押しが多い印象ですね。罠にはモンスターも引っ掛かりますからね。モンスターが掛からないように細工をする手間を、面倒がっているような印象を受けます。罠の数を絞って、調整の手間を減らしている、って感じですかね」
「なるほど……」
なかなか鋭い考察だ。流石はベテランといったところだろう……。
「ダンジョンの主との戦闘は、基本的には消耗戦になります。タイマンで戦えるのなんて、本当に一握りの一級や二級の冒険者だけですから。一度倒してしまえば終わりの、モンスターばかりが主体のダンジョンは、攻略が容易な部類だといわれています。モンスターを補充すればするだけ、ダンジョンの主も消耗しますから、なおさらですね」
「なるほど……。長期間の攻略戦を想定するなら、ダンジョンは罠が多い方が厄介なんですね。でも、セイブンさんってたしか、三級でしたよね? 彼ならダンジョンの主とも対等に戦えそうですけど?」
あのバスガル戦で活躍したセイブンさんの実力を思えば、セイブンさんの強さは相当なものだ。ダンジョンコアと直接殴り合いをしても、もしかしたら勝てるかも知れないと思える程に。
そこら辺をラベージさんに確認しておく。もし一級や二級の冒険者が、セイブンさんすらも凌駕する化け物だとすれば、人類とダンジョンの生存競争はダンジョン側は著しく不利だ。
そんな僕の危惧など知る由もないラベージさんは、まるで憧れのNBAプレイヤーを語るかのように、憧憬の滲む表情を浮かべて語る。
「ああ、【壁】のセイブンさんですか。たしかに、噂で聞く限りあの人もダンジョンの主とは一対一でも戦えそうですよね。彼の場合は、逆に一対一に能力が特化している点と、一対多での戦闘に不利で、消耗戦に極端に弱いという点が考慮されて、三級扱いらしいですよ。二級以上の冒険者ともなると、モンスターの殲滅能力も評価の基準ですし、継戦能力も考慮されますから。単純で瞬間的な戦闘能力という点なら、一級に迫るといわれています」
「なるほど。二級以上はアレよりもすごい化け物揃いなのかと、ちょっと怖かったんですよね……」
「あはは、ご冗談を」
いや、別に冗談じゃないんだけど……。
一対一でダンジョンコアと対等に戦えるというのは、正直もう、かなり化け物寄りの存在だろう。人間を止めたからこそ、そしてダンジョンコアという存在を実感しているからこそ、そこに単体で匹敵するという事実の異常性がわかる。本当に、物語の英雄かよと言いたい。
僕は、ここまで人間をやめても、自爆くらいしか対抗手段がなかったというのに……。
「しかし、そうなるとバスガルのダンジョンって、攻略しやすい部類だったんですかね。あそこも、罠が少なく、モンスターが主力のダンジョンでしたが」
「まぁ、罠が少ないからやり易いというのは、あくまでも経験則と印象ですからね。たしかにバスガルは、比較的探索し易いとは言われてました。実際、侵入制限と、主要なモンスターの対処法の確立を厳密に行う事で、シタタン方面のダンジョンはかなり攻略が進んでいました。これまでの攻略作戦は失敗していましたが、それでも時間の問題だろうと。それが、まさか離れた町を奇襲して、糧を得ようとするとは思いませんでしたが……」
たしかに、バスガルは追い詰められていた。だからこそ、生き残るために【崩食説】という不確かな手法に賭けたのだ。ここに僕らがいなければ、もしかしたらその目論見は上手くいったのかも知れない。
流石に、町中にできた小規模ダンジョンというだけでは、ダゴベルダ氏の興味は引けまい。そうであれば、バスガルの早期発見や目論見の露見が遅れ、さらに後手後手に回ったはずだ。
「そうですね。バスガルのダンジョンの主の事を考えれば、罠が少ないからと油断するわけにはいきません。通説を信じて予断をもって事にあたるというのは、少々軽率でした。ここからは、気を引き締めてあたります」
「そ、そうですよね。あくまで通説ですからね! 油断大敵! 多少頭の回るダンジョンの主である可能性を想定して進みましょう! そうしましょう!」
生真面目なラベージさんのセリフに好感を抱きつつも、余計な事を言ってしまう。自分の客観的評価が気になるところなのだ。
「二人とも、少し先に行き止まりが見えますよ。あそこで少し、休憩しましょうか」
僕らのやり取りを呆れたような無表情で観察していたグラが、進行方向にあるどん詰まりを指差して提案してくる。どうやらこのルートは、行き止まりだったようだ。いやまぁ、知ってたけど。だから選んだんだけど。
「――ちょっと待ってください!」
ラベージさんがそのどん詰まりを確認して、鋭い声で僕らを制してくる。彼の視線の先にある行き止まりの床には、枠組みは金属で補強された、木製の箱がこれ見よがしに設置されていたのだ。
うん。宝箱だね。
ただし、この世界の人間にとっては、あからさまな罠でしかない。なんのトラップが発動するのかと、ここまで離れていてもラベージさんは細心の注意を払って、周囲を観察している。
「……あの箱に注意を引いて、別のところから攻撃するタイプの罠かも知れません。どうします? 戻りますか?」
やはりラベージさんは、かなり慎重な性格のようだ。とはいえ、ここで帰られたら計画的に困る。こちらに判断を仰いでいる以上、そんなラベージさん的にも、即撤退を判断する程のものではないのだろう。
ここで放置し、のちのち他の冒険者が罠に掛かるまで待ち、その後に罠の詳細を調べたりはしないらしい。いやまぁ、ラベージさんの性格的に、そもそもそんな真似はしないだろうが。
慎重に慎重を重ねて、なんの罠もない洞窟を進む僕ら。本来なら奥まで一分もかからないような道を、たっぷり四〇分程かけて進んでいる。当然、未だに罠は見付かっていない。
そして、僕らは宝箱の元まで、なんの支障もなく辿り着いた。
「……となると、罠はこの箱の中にあるって事か……?」
ラベージさんは、まるでパンドラか浦島太郎にでもなったかのような面持ちで、木箱を見下ろしている。ダンジョン内に存在する箱に入っているものに対し、ネガティブなイメージしか抱けないのだろう。
「どうしましょう? ……放って帰るっていうのも手ですが……」
「ここで放置すると、別の粗忽な冒険者が開いてしまう恐れがあるでしょう? 僕たちのせいではないですが、もしも罠だったら……」
「まぁ、寝覚めは悪いっすよね……」
僕とラベージさんは、この宝箱をどうするかという問題に首を捻る。勿論、罠を警戒する気持ちはわかるが、こちらとしてはさっさと開いて欲しい。だが、ゲームでないダンジョン探索を本職にしてきた冒険者のラベージさんには、鍵開けの技能も箱のなかに罠が仕掛けてあるのかどうかを見抜く技能もない。まぁ、この宝箱に鍵はかかっていないのだが……。
「ゴーレムを使って開きましょう。我々は離れて、念の為に結界術で防御をしながら観察すればよいでしょう」
「お、名案だね! ラベージさん、どうです?」
「それしかないか……。でも、毒なんかの目に見えない罠だったら……」
「風の属性術で、周囲の大気の状態を調べられます。吹き散らしたり、それが危険であれば、土か水の属性術で個体化するか液体化すれば大丈夫でしょう」
ラベージさんの挙げる不安点を、悉く解消していくグラ。やっぱり、属性術は応用範囲が広くて使い勝手が良さそうだよなぁ。それにしても、宝箱なんて初めて遭遇したはずなのに、ラベージさんの的確な考察には舌を巻く思いだ。是非とも、今後の参考にさせてもらおう。
「それでは、いきますよ……?」
宝箱から十分に距離を取り、爆発してもいいように結界術の壁の後ろに陣取った僕らを振り向き、最終確認をしてくるグラ。その警戒がすべて無駄になるとはわかっているものの、この先の展開を想うとドキドキして、神妙な顔つきになってしまう。結果、似たような表情で僕とラベージさんは頷いた。
――ギ。
木が軋む音が微かに聞こえた。土製のゴーレムに変化はなく、宝箱を開いた体勢のまま静止している。
「……毒の類はありません」
「では、近付いてみましょう。万が一を考えて、慎重に……。俺の後ろをついて来てください」
「わかりました。よろしくお願いします」
そろりそろりと、宝箱が開けられた事で作動した罠がないかを警戒しながら進むラベージさん。そんなラベージさんの反応が気になり、ソワソワとする僕。我関せずとばかりのグラ。三人が、たっぷり時間をかけて宝箱の前に辿り着いた。
「これは……?」
宝箱の中には、白い皿と、それよりも非常に小さい皿のような赤い器、そして赤色の宝石が一個入っていた。
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