第35話 堅実な冒険者と浅はかな説得

「小さいのは顎アリです。特に強くも、面倒な【魔法】があるわけではありませんが、噛み付かれないようにだけ気を付けてください」


 ラベージさんの注意に僕とグラは無言で頷く。ただまぁ、ぶっちゃけそこまで難敵というわけではない。ハルバードを掲げるようにして、グラが属性術を使う。


「【土人形ウェリタス】」


 狭い通路を塞ぐように、一体のゴーレムが生みだされる。さっき話していた事を、早速実践しているのだろう。

 土人形に噛み付く顎アリと銅胴アリ。ザリザリと土を噛む音が聞こえ、銅胴アリの顎はゴーレムに対し、結構なダメージを与えているようだ。流石に、あれだけ大きいと顎の力も強いらしい。

 僕は慎重に、顎アリの方から潰していく。ゴーレムに噛み付いた顎アリに斧を振り下ろし、一匹ずつ駆除した。ラベージさんの言う通り、あまり強くない。二匹とも、普通に倒せた。


「顎アリ駆除完了」

「銅胴アリも倒しました」


 顎の力は強くとも、所詮は銅胴アリ。ゴーレムの鈍重な拳を受けて、頭部を大きく拉げさせていた。しばらくは動いているだろうが、もはや生命を維持できる状態ではない。と、思っていたら、いまだ動いている銅胴アリが霧消した。あとには、小さな魔石が残るのみ。

 どうやら地上で戦うよりも、対処は楽なようだ。モンスター三体分の魔石をしまいつつ、ラベージさんに向きなおる。


「地上にいた銅胴アリも、このダンジョンが排出したものだったのでしょうね」

「おそらくは、そうなんでしょう。ただ、できたてのダンジョンが、生みだしたモンスターを排出するという例を、俺は寡聞にして存知ないんですが、ショーン様はどうです?」


 モンスターは基本的に、長時間ダンジョン内にいなければ受肉しない。それは人間もわかっている事で、普通は霧散するモンスターの部位が残るのも、中途半端に受肉したが故であるというのも理解している。


「いくつか例がありますよ。いずれも、人間の集落が近い場合でした。あえてモンスターを外に排出して、人間を誘き寄せようとしている、と考えられています。ここも、アルタンの町の近くだから不思議ではないですね」

「なるほど、知りませんでした。ですが、もしかしたらできたてのダンジョンではない可能性もあるのでしょうか?」


 モンスターが受肉するまでの時間は、数年、個体によっては十年にも及ぶと考えられており、その先入観からラベージさんも疑問に思ったのだろう。ただ、この受肉の期間は、ダンジョンコアの方で早める事も可能だ。あまりメリットがないからしないだけで。

 ラベージさんが懸念しているのは、先のバスガルの一件のように、大きなダンジョンが侵出してきた場合だろう。


「可能性はあるかも知れませんが、まずは生まれたてのダンジョンとして対処するのがセオリーでしょう。そのうえで、例外があるという事も頭の片隅に残しておけば良いかと」

「なるほど。たしかにそうですね……。すみません、経験者面してなんにも知らないで……」


 申し訳なさそうに頭を掻くラベージさんに、軽く笑いかけながら手を振る。


「僕だって、モンスターの排出に関しては、この間ギルドの資料で呼んだから知っていただけです。これまで実体験していなければ、知らなくても仕方ありませんよ。貴重な資料を閲覧する機会は、限られていますから」


 五級ともなれば、それなりにギルドの資料を閲覧できるだろう。それでも、中級冒険者に開示される資料というのは、ある程度代替の利くもののはずだ。より貴重な資料に触れる機会は、必要になった場合か、上級冒険者にでもならない限りはない。

 まぁ、僕の場合は例外的に、下級のときからそういう資料に触れる機会はあったが。ちなみに、あのとき資料を汚損していたりしたら、僕は奴隷落ちしていた可能性すらある。それくらい、印刷技術のない世界の資料というのは貴重なのだ。


「それじゃあ、ここがダンジョンだという確証が得られましたし、一度町に戻ってギルドに報告しましょうか」

「え……」


 ラベージさんの提案に、僕は戸惑いの声をあげてしまう。よもや、これだけで探索を切り上げるとは、思っていなかった。


「い、いやいや、まだここがダンジョンでない可能性も、少しは残っているでしょう? 他所からやってきたモンスターが住み付いた洞窟、という線も……」

「その場合、銅胴アリと顎アリが共闘する事はまずありません。生態も体の大きさも違う二種のモンスターが、同じ巣穴で争いもせずにいるというのは、考えにくいです。なにより、モンスターが魔石だけ残して霧消しました。ここがダンジョンである事は、まず間違いありません」


 たしかにそうだ。銅胴アリと顎アリは、別のモンスター。いくら食性が違い、お互いの弱点を補い合うような性質だからといって、ダンジョン外でまで共生するとは考えづらい。

 でもここで踵を返されると、なんというか、せっかく用意していたプレゼントをスルーされるようで、釈然としないのだ。


「も、もう少し調べていきません? ほ、ほら、もしかしたらバスガルのダンジョンのように、中規模ダンジョンが侵食してきた可能性も捨てきれませんし」

「だからこそ、この情報は早急にギルドに届けるべきでしょう。万が一我々が探索中に死んでしまったり、報告できない状況に陥れば、アルタンは無警戒なまま以前の危機と似たような状況に陥ります」


 ぐう、正論だ……ッ!


「で、でもでも、生まれたてのダンジョンという可能性は強いですし、どうせなら誰も入っていない内に、ダンジョンの主を討伐して上級冒険者への足掛かりに、なんて……」

「それこそ危険でしょう。お二人ならそれも可能なのかも知れませんが、万が一ダンジョンの主に敗れ、命を落としてしまえば、やはりアルタンが無防備になります」


 ああ、くそ。ダンジョンに冒険者を呼び込む方法や、その他ギミックについては考えていたが、こういう堅実な冒険者を引き留める方法なんて全然考えていなかった。

 どうやって引き留めようかとうんうん唸っていたら、ラベージさんが盛大にため息を吐いた。


「……はぁ……。……調べたいんですね、ショーン様。この、できたてのダンジョンを……」

「え!? あ、う、うん! 生まれたてのダンジョンを調べる機会なんてそうそうないし、時間をおいたら変化する部分とかあるかも知れない! なにより、以前はダンジョン内の観察って全然できなかったからさ!」


 どうやらラベージさんは、僕がダンジョンを調べたいが為に、彼を引き留めようとしていると思ったらしい。残念ながら、このダンジョンについては誰よりも知っていて、調べる点など皆無なのだが、都合がいいので全力でそれに乗っかる。


「……わかりました。いまんところ、モンスターは銅胴アリと顎アリの二種で、対処は俺でも容易な部類です。たしかに、もう少し調べてから戻っても、大過はないでしょう。ですが、俺がこれ以上は危ないと判断したら、その時点で撤退します。従ってもらえると約束できるなら、探索を続けましょう」

「うん! するする! 約束する!」


 よっし! これで予定通り、ラベージさんにダンジョンを探索してもらえる。この機会に、冒険者がどういう反応をするのか、間近で観察しておこう。



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