第34話 才能と技能

 〈5〉


 草原の、ちょっとした丘の陰にある、デロリアンが隠してありそうな洞穴。それを前にして、ラベージさんが首を傾げている。


「熊とか住み付いていそうな洞穴ですね」

「熊か。そんなもんですめばいいがな……」


 僕の軽口に、ラベージさんは深刻な調子で応える。どうやら、早くも最悪の懸念に辿り着いたらしい。そしてそれは、正解なのだ。


「というと……?」

「こんな場所に、洞穴があるだなんて聞いた覚えがありません。アルタンからそれ程離れていないこんな場所にある洞穴が、これまで誰にも見付からなかったとも考えづらい……」


 たしかに、ここなら雨天時の雨宿り場所としては、この前の野営地よりも使い勝手がいいだろう。もしも知られていたら、【金生みの指輪アンドヴァラナウト】の連中にも、絡まれなくて良かったのにと、僕も思う。

 いや、あのときはまだ、のだから、それもまた無理な話か。


「え、じゃあまさか……?」

「ああ、もしかしたら、ダンジョンかも知れません……」


 深刻そうな表情で、重々しくこぼすラベージさん。基本的に、人間の生活圏に近い場所にあるダンジョンに対しての警戒は強い。ニスティス大迷宮という最悪の例もあるが、それ以上に氾濫スタンピードの被害に対する懸念が大きい。

 だからこそ、こんな場所にダンジョンか、もしくはそれらしい洞穴があれば、誰かしらがギルドに報告していなければ不自然なのだ。


「またダンジョンですか……?」

「俺としてもウンザリですよ。またこんな、町に近い場所にダンジョンができるだなんて」

「でも、地殻変動の影響で、たまたま洞穴のようなものができたという可能性も……」

「『ちかきへんど』がなにかはわかりませんが、たしかに自然にできた洞穴である可能性は捨てきれません。だから、少し調べてみてもいいですか? お二人であれば、以前のダンジョンの調査の経験もあるでしょうし……」


 僕らの技能教導の依頼から外れてしまうと、申し訳なさそうに進言してくるラベージさん。それだけ、アルタンの町の事を案じているのだろう。勿論僕らに否やはない。


「ええ、問題ありません。危険を冒して人々の生活を守る。それが冒険者の本分ですからね」

「そうですね。とはいえ、流石に前回のように、中規模ダンジョンが侵食してきたというような事態は、まずないでしょう。十中八九、生まれたての小規模ダンジョンのはずです」

「そうだね。油断は禁物だけど、最悪の場合でも小規模ダンジョンなら、それ程の脅威でもないだろう」

「ええ、身の危険を感じてから撤退するのも、難しくはないはずです」


 僕とグラが、ことさらに楽観論を口にする。ちょっとわざとらしいかとも思ったが、ここでラベージさんに日和られると、ちょっと困るのだから仕方がない。ダンジョン学の研究者として、気が逸っているという事にしておこう。


「わかりました。ですが、本当に気を抜かないでくださいね? ダンジョンではなにがあるか、わからないんですから」

「ええ、それは前回の探索で、嫌って程思い知っていますよ」


 これは本当。ダンジョンの総力に近いようなモンスターに包囲されたり、ダンジョンそのものが崩落したりと、本当に非常識なダンジョン探索だった。それだけ相手も必死だったのだろうし、僕も文句はないけどさ。


「入り口部分は、ごく普通の洞穴風。見る限り罠はなし。赤土なのが、この辺の土壌とは少し違うか……」


 洞窟内を矯めつ眇めつ確認していくラベージさん。本当に、微に入り差異を穿つ入念さだ。背嚢から木版を取り出しては、炭のようなもので熱心に調べた内容を書き込んでいる。


「……こんなもんか」


 やがて、入り口部分は十分に調べたと判断したのだろう、周囲の警戒にあたっていた僕らに向きなおると、こくりと頷いた。僕らも頷き返し、洞窟の奥へと歩を進める。

 暗くなってきたところで、属性術の明かりを照らす僕とグラ。勿論、グラは自前だが僕は装具で発動したものだ。


「構造は……ある意味、人工的な洞窟、なのか?」

「誰か、もしくはなにかが掘ったような、土の洞穴ですね。まぁ、地表が隆起した裂開の影響ででも土の洞窟はできるでしょうが、そのときはもっと荒い、人が歩けない状態である場合が多いはずです……。絶対ではありませんが」

「地面は踏み固められているように思えるが……」

「誰かが既に発見して、何度も出入りしているという可能性は捨てきれません。ただ、ダンジョンである可能性は高まっていると考えるのが自然でしょう」

「そうですね」


 己の判断を補強する僕の論に、ラベージさんは神妙に頷く。ここをダンジョンだと疑いつつも、そうではない可能性も頭に入れているのだろう。慎重な姿勢が実に好感が持てる。


「……なにかいますね……。あの、申し訳ないんですが、お二人も付き合っていただけないでしょうか……?」


 なにかの気配を掴んだラベージさんが、またも申し訳なさそうにこちらに頼んでくる。流石に気を使いすぎだろう。こういう場合は、もう少し堂々と探索を進めて欲しい。


「ええ、勿論」

「構いません」


 僕とグラは即座にその要請を受諾するも、当のラベージさんは気まずそうな顔のままだ。その態度の意味がわからず首を傾げると、慙愧の念に堪えないとばかりの表情で、ラベージさんは重い口を開いた。


「……あの……、俺は戦いの才能ってヤツが、その、まるでないんで、もし万が一とんでもないヤツが奥にいた場合は、ですね、ほとんど戦闘の役に立たないと思うんですが……その……」

「問題ありません。私たち姉弟に不足しているのは、戦う能力ではなく、斥候の能力です。あなたはそれを補いなさい」


 非常に歯切れの悪いラベージさんの言葉を遮るように、グラは淡々と告げる。きっと、もたもたと話を進めない彼の言動に、苛立っていたのだろう。だからこそ、あまりにも無味乾燥に、ラベージさんの心情など一切慮る事なく、事実だけを彼女は述べた。


「ええ。戦闘は僕らが担います。ラベージさんは、横殴りの奇襲や、背後からの挟み撃ちを警戒してください。僕らの探索能力では、最悪の事態を招きかねません」

「あ、ああ、わかった……」


 どこかホッとするようなラベージさん。

 戦闘はあまり得手ではないという事だが、彼の経験と斥候としての実力は、僕ら姉弟では真似のできないものだ。逆に、この間の【金生みの指輪アンドヴァラナウト】の連中が、どれだけ戦闘の才能に恵まれていたのだとしても、それはド素人の僕が依代の性能差と、まだまだ未熟な幻術で、覆してしまえる程度のものでしかない。

 どちらを重視すべきかなど、論を待つまでもない。

 まったく、ラベージさんも冒険者ギルドの基準に染まり過ぎだ。彼が二〇年もの歳月をかけて培った、斥候スカウトとしての技能は、紛れもなくプロフェッショナルの領域なのだ。戦闘技能にばかり目を向けて、自分でもそれを過小評価するなど、木を見て森を見ずと言わざるを得ない。


「――来ます!!」


 唐突に、ラベージさんが鋭い声を発する。人二人が並べば窮屈になりそうな、狭い洞窟の奥で、なにかが赤く、僕らの掲げる属性術の光を反射する。カサカサという足音に、どこか金属的なカチャカチャという音も混ざる。


「ああ、こいつぁ……」

「どうやら、ダンジョンだったようですね」

「ええ……」


 洞窟の奥から現れたのは、二匹のアリ系モンスターを従えた、銅胴アリだった。



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