第33話 パーティ会場へようこそ

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 パチパチと薪の爆ぜる音を聞きながら、平原を渡ってきた夜の風の音を聞きながら、僕とグラは不寝番に就いていた。ラベージさんがいうには、僕が【誘引】を使ったせいで、この辺りには脅威になりそうな生き物はもうほとんど残っていない、との事だ。

 なので、そこから少し離れた場所を野営場所と定め、狩ったウサギの肉をワイルドな晩餐にし、いまは見張りの不寝番である。時刻はだいたい、零時を回ったあたりだろうか。

 なお、【呑焔】に呑まれて焼死体と化したものとは、別のウサギである。流石に、毛皮ごと一部炭化するまで燃やされた肉を食べられる程、肝は太くない。そちらは魔石の採取も諦めて、普通に埋葬した。

 見張りのローテーションで、現在ラベージさんは仮眠中である。僕とグラは二人、満天の星空の下、焚火の前で野営中。なんて表現するとロマンチックな状況に思えるのだが、僕らが話している内容に叙情的な色は一切ない。


「やっぱり、虫系モンスターの脅威度は、その大きさに反比例すると思うんだよね。一体一体の強さよりも、群れとしての脅威こそが、虫系モンスターの強味だと思うんだよ」

「たしかにそうですが、ダンジョンにおいては必ずしもそうではないでしょう。モンスターはダンジョンが生みだすもの。ダンジョンにおける役割が最重要であり、そしてその立脚点に基づけばという運用形態は、あまり好ましいものではありません」


 そうなのだろうか? ダンジョンでだって、群れの方が対処は厄介に思える。僕が意図を察しきれていないと覚ったのだろう、グラが少しだけラベージさんが休んでいる天幕を気にしつつ、声を潜めながら続けた。


「ダンジョンにとって、群れというのは当然、維持コストが発生します。数が多いのですから、それなりの負担でしょう。しかし、ダンジョン内に群れが生息する場所があったら、冒険者はそこを迂回する場合が多くなります。つまり、費用対効果が非常に悪い運用形態になります」

「ああ、なるほど」


 数の脅威というものは、たしかに厄介だ。だが、厄介だからこそ、獲物を遠ざけてしまう事もあるのか。


「しかも、そうやって無為にダンジョン内で生存させれば、群れの脅威はダンジョンコアにも向きかねません。肉体が小さいという事は、受肉までのスパンも短いという事です。ダンジョンコアの歴史というのは、数の暴力に屈してきた歴史でもあります。モンスターの群れの脅威もまた、実感としては同じようなものです」


 なるほど。人間の物量に、常に脅かされてきたのがダンジョンコアだ。単体であれば、どれ程才能に恵まれた人間にも負けないダンジョンコアという高次生命体が、それでも下等生物たる人間に脅かされてきたのだ。に対する、警戒心も忌避感も一入であろう。


「ふぅむ。なるほど、なるほど……。でも、階層ボスのように重要なポイントを守るように配せば、ワンチャン使い道もありそうじゃない?」

「一応、使うならそれが一番というところなのですが、虫系のモンスターは弱点も多いですからね。門番としてはあまり……」


 そうだった……。虫系って、たしかに弱点が多いんだよ。熱いのも寒いのもダメ。毒使うくせに毒に弱かったり、人間には毒にならないものでも、肺機能が低いからか動けなくなったりする。

 いま、焚火の横に置いてあるのは、ラベージさんが森から調達してきたバフモアの枝で、この生木を燃やすと、大抵の虫に効く煙が発生する。当然、結構な種類の虫系モンスターにも有効だ。まぁ、効かないものもいるらしいが。

 それに頭も悪いから、ダンジョンコアとしても使い勝手が悪いモンスターなんだそうだ。虫系のダンジョンコアでもない限り、あまり使いたがらないらしい。


「そういえば、昼間のアレはなんだったのですか?」

「アレ?」

「小鬼の内臓です」

「ああ、アレ。うーん……」


 僕はさっきのグラと同じように、チラリとラベージさんのテントを窺ってから、万が一彼が聞き耳を立てていても聞こえないよう、囁くような声音でグラに耳打ちする。


「あれはね……」

「……ひゃ……ぅ……」

「…………」


 どうやらダンジョンコアでも、耳は擽ったいらしい。


「どうやら、僕の作るゴブリンと、普通の小鬼っていうのは別物のようだよ」

「……そう……ですか……」


 手短に人に聞かせられない部分を伝えて、サッと離れる。僕も、人間だった頃は割と耳は擽ったい方だったから、その辛さは良くわかる。まぁ、グラの姿の元になっているのは僕の体だから、それも仕方のない事なのだろう。

 この依代はどうなのかな?


「しかし、それはどういう?」

「詳しい事は調べてみないとわからないけど、たぶんグラたちは基礎知識から共通のテンプレートを使って、アレを作ってるんでしょ? でも僕にはその知識がない。だから、オリジナルを作る事になる。当然、差異はでてくるって事なんだろう」

「なるほど。しかし、それはなかなか興味深いですね。一度、ショーンが作ったものと、オリジナルのネズ――」


 ネズミ系モンスターとでも言いかけたのだろう、グラの唇を人差し指で塞ぐ。流石に、これ以上はこの場で言及すべきではない。そろそろ内容が、余人の耳に入れられない内容になってきている。僕もかなり気になる内容ではあるが、この訓練が終わるまではお預けだ。

 ああ、虫系モンスターや、僕のモンスターと基礎知識のモンスターのテンプレートについて、気兼ねせずに語り合いたい。研究してみたい。

 悶々としつつ、夜は明けていくのだった。


 ●○●


 次の日もまた、基礎訓練に励む。戦闘訓練、索敵技能習得訓練、野営訓練、食料調達訓練等々、ラベージさん指導のもと、様々な技能を実地で教えてもらっていた。

 ラベージさんは、戦闘訓練なんてなにを教えればいいんだとか言っていたが、彼から学ぶ事は本当に多い。特に、戦闘中に別の方向から攻撃を受けないよう、警戒をしなければならないというのは、直接的な戦闘ばかりに気を取られていた僕にとっては盲点だった。

 僕が銅胴アリや小鬼と戦っていたとき、きっとラベージさんは僕の戦いを見守りつつ、周囲も警戒してくれていたのだろう。それだけじゃない。これまでの戦いにおいても、僕は周囲に対する警戒がおざなりだった。あの、バスガルの洞窟において、フェイヴがどれだけ働いていたのかを、実感させられた。


「ショーン様とグラ様は、お二人で組まれるとの事ですが、そうであるなら、最低限どちらも斥候としての能力は必要になるかと。それでもやっぱり、安全を考えるなら最低もう一人、斥候が必要だと思いますよ? 贅沢をいうなら、お二人とも魔術師なのですから、前衛も二、三人欲しいです。遊撃の軽戦士か弓手がいれば、なお良いかと」

「多いですね……」


 ラベージさんに言われて、僕とグラはゲンナリとする。正直、隠しておかねばならない事が多い僕らのパーティに、そんなに人員を入れるつもりはない。だが、ギルドに所属している以上は、地上で活動しなければならない状況というのも、今後は覚悟せねばならない。


「いっそ、私が前衛と遊撃をすべて担いましょうか?」

「え? あ、えっと、どうやって?」


 グラの提案に、ラベージさんは戸惑うように聞き返した。だが僕は、なんとなくその方法に予想が付いた。ある意味、ダンジョンコアらしい戦い方だ。


「土の属性術でゴーレムを作れば、ある程度は任せられるかと。問題は、一定以上の強さを持つ相手では、あまり役に立たないという事でしょうか。直接自分で戦った方が、戦闘能力としては高いかと」


 まぁ、それはたしかにそうだ。なにせグラは、人間たちがダンジョンの主と称し、ダンジョンの最奥で待ち構えるラスボスなのだ。しかしだからこそ、ゴーレム使いという選択肢はアリなように思える。

 グラの直接的な戦闘能力を晒し過ぎると、どうしたって耳目を集めてしまう。だからといって、グラに手加減などさせるのは、危ないばかりでメリットが薄い。僕が前にでようとすると、それはそれでグラが心配する。だから今回も、なんとなく後衛にされているという面はある。

 となると、召喚師ポジで後衛に回ってもらった方が、僕としても安心できるだろう。他人をパーティに入れるよりは、僕ら的にはそっちの方がいい。ただ、その場合でも斥候は必要なんだよなぁ……。


「あん? なんだこれ……? こんな洞穴、ここにあったか?」


――と、そんな事を考えていたら、今回の探索のメインイベント会場に到着したようだ。



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