第32話 モンスターの集団自殺

 グラが大きな丸盾で敵を弾き飛ばし、たたらを踏んだ左の足をハルバードで叩き折る。さらに刺突を加えようとしたところで、残った二本の左足と、右の三本足を器用に使って彼女から距離を取るモンスター。


「ショーン、そちらに行きましたよ」

「了解」


 まるで「そこの本を取ってくれ」という日常会話のような調子で、声をかけてくるグラ。それに苦笑しつつも応答すると、僕は正面から敵を見据えた。

 大型犬並みの巨大なアリのモンスター――銅胴どうどうアリ。太陽に反射する、赤銅色の甲殻を煌めかせて、どこかロボットじみた複眼で僕を睨みつけては、ナイフのような顎をガチガチと打ち鳴らしながら迫ってくる。

 その突進を、左腕に取り付けるタイプの丸盾でいなしつつ、流れるように斧を振り下ろす。アリらしい丸い頭部は、斧の一撃にけたたましい音をたててぱっかりと割れるが、銅胴アリはその程度で動きを止めたりはしない。これだけ巨大でも、流石は虫系というところか。生命力の強さは半端ではない。

 とはいえ、これ以上はなにをする必要もない。いくら生命力が強いとはいえ、既に頭は潰したのだ。離れて遠巻きにしていれば、そのうち息絶えるだろう。


「お見事です、ショーン様」

「はは、ありがとうございます。でもまぁ、銅胴アリが相手ですからね」


 頭を潰されても暴れる銅胴アリから距離を取ったところで、ラベージさんに褒められるが、乾いた笑いしか浮かばない。正直、この程度で褒められても、初めてのおつかいを称賛されているようで、ちょっと複雑である。

 この銅胴アリ、実は虫系モンスターの中では対処のしやすいザコ扱いだったりする。

 勿論、単体ではそれなりに強い。体躯は大きく、体表を覆う外骨格は銅であり、なまじな剣や矢などは弾いてしまう。それでありながら、六足で素早く動き、強力な顎で攻撃してくる。

 ただの農夫や商人が出会えば、非常に厄介な相手といえるかも知れない。……いや、荒っぽいこの世界であれば、ちょっと力自慢の農夫や腕に覚えのある行商人とかなら、やはり対処はそこまで難しくない。道具と銅板を凹ませられる力さえあれば、一般人でも対処は可能だろう。


 なぜならこのモンスター、群れを作らないのだ。アリのくせに。


 僕はラベージさんから距離を取りつつ、さらにワードチョイスに気を付けながらグラに訊ねた。


「このモンスターを作ったダンジョンの主は、どうしてアリの一番の強味である群れという特性を捨ててデザインしたんだろう……?」

「アリの一番の弱味である、単独での弱さを克服しようとしたのでは? 小さく、弱い、それが虫系モンスターの宿痾でもあります」


 グラの言はもっともだが、それでもこの銅胴アリというモンスターはダンジョンコアが世に輩出した失敗作だったと言わざるを得ない。だが、グラはそんなダンジョンコアの黒歴史をフォローするように付け加えた。


「まぁ、真面目に答えるなら、おそらくはダンジョン外での繁殖に関しては、なにも考えていなかったのでしょう。ダンジョン内で、他の虫系統のモンスターに足りないパンチ力を補う為に生み出されたのだと推察します」

「なるほど。それならわからないでもない」


 そもそも、ダンジョンコアがモンスターを生み出す理由が、ダンジョン内での侵入者の排除なのだ。地上での繁殖や戦い方など知るかというスタンスは、わからないでもない。

 そういう面から見ると、銅胴アリというのも悪くない。なんせ、体表が銅なので硬いうえに、顎は鋭利で強力だ。虫本来の馬力に加え、六足でシャカシャカと素早くも動く。これが、他の虫系モンスターに混ざって現れたら、対処はそれなりに厄介だ。

……まぁでも、所詮は銅板程度の防御力と、銅のナイフ程度の脅威度で、動きも大きさと重さの割には素早い程度のものだ。捕まらなければ、十分に安全に戦えるモンスターなのである。……とは、ラベージさんの説明であり、実際に戦ってみての感想だ。

 そんなラベージさんが、銅胴アリを開胸しながらブツブツと呟いていた。


「銅胴アリが、どうしてこんな場所に……? ただのはぐれか? ショーン様、グラ様、これは一応、町に戻ったらギルドに報告しましょう。銅胴アリは、この辺には出没しないモンスターですから」

「そうなんですか? 虫系のモンスターも出没するって聞いてましたけど」

「ええ、虫系はでるんですが、銅胴アリは珍しいんです。こいつらは本来、餌になる銅鉱脈の近くが生息範囲なんです。でも、この辺りはあまり鉱石がでません」

「なるほど。納得です」


 僕が腕を組んで頷いていると、横からグラも質問する。


「『はぐれ』というのは、よくある事なんですか?」


 珍しいグラの問いかけに、ちょっと面食らったラベージさんだったが、すぐに気を取り直して応答する。


「ええ、本来の生息地を離れて流浪している単体のモンスターを『はぐれ』、群れているのを『流れ』と呼ぶんですが、そういう事例はままあります。だから今回も、山を越えて現れた可能性は捨てきれません」


 アルタンの町周辺は山がちな地形だ。その山のどこかに、未発見の銅鉱脈が眠っており、そこが銅胴アリの餌場だった可能性は捨てきれない。この銅胴アリが、割と近場の未発見な生息地から流れてきた、というのがラベージさんの考えるもっとも高い可能性らしい。


「ただ、この近辺に未発見のダンジョンがあり、そこからモンスターが排出された、という可能性もあります。そしてそれは、氾濫スタンピードの兆候でもあります。もしも、見慣れないモンスターがいたら、お二人ともギルドに必ず報告してください」

「ええ、了解です。冒険者の本来の役割ですからね」


 ダンジョンの発見こそ、冒険者という制度がこの世界にある理由ともいえる。ならず者や荒くれ者なんかにも、頓着せず門戸を開いているのは、それだけダンジョンの発見には人海戦術が必要になるからでもある。

 本来その地に生息していないはずのモンスターを発見した際に、冒険者は必ずギルドに報告するように言われ、故意にそれを怠ると、資格の剥奪もあり得る。

 とはいえ、一匹二匹のモンスターを排出するだけなら、ダンジョンで受肉してしまったものを外に流しているだけなので、氾濫スタンピードの兆候というのは言い過ぎだ。


氾濫スタンピードは、侵入者が訪れずエネルギー不足に至ったダンジョンの、最後の悪足搔きだといわれています。それを危険視した人間を誘き寄せ、なんとかエネルギーを補給する為の、捨て身の攻撃。それ故に、氾濫直後のダンジョンは、モンスターも少なく、攻略がしやすいと言われていますね」


 僕はダンジョン学の本に書かれていた内容を、貼り付けた笑顔でラベージさんに教える。勿論、氾濫を起こす側たる僕らにとっては、それは最悪の未来だ。氾濫を起こさねばならない程に追い詰められたというのは、ある意味で詰み状態なのだ。


「へぇ、そいつは知りませんでした。じゃあもしかして、わざと氾濫させた方が、ダンジョンの攻略は楽なんですか?」

「まぁ、ダンジョンの攻略という一点だけに焦点を当てれば、たしかにそうですね。ただ、それは褒められた行動ではありません。一度放出されたモンスターは地上に根付き、我々人間の生活を脅かす脅威となります。わざと氾濫させていたら、いずれ地上はモンスターに席巻されかねませんよ」

「そ、そいつは勘弁ですね……」

「ええ、ですから全力でダンジョンの発見に注力する、ギルドのやり方は正しいといえるでしょう」


 ダンジョンにとっても、人間にとっても。内心でそう付け加えながら、僕はこの話はここまでとばかりに、作業に戻る。

 銅胴アリの体表から銅甲殻を剥がし、グラがそれをインゴット化して背嚢に入れる。鋭利な顎は、そのままナイフにする事もあるらしいので、こちらはボロ布に包んで、僕の背嚢に入れた。

 残りのグロテスクな部分は、グラが作った穴に埋めてから、探索を再開する。

 銅胴アリの銅甲殻は、その持ち主の栄養状態にもよるが、不純物が少なくそれなりの値で売れるらしい。まぁ、普通の銅インゴット相当の値段らしいが、冒険者にとってはそれなりの収入だろう。

 周囲を警戒しながら草原を探索していたラベージさんが、なにかに気付いて中腰になる。僕らもそれに合わせて、姿勢を低くした。


「――っと、次きました。あれは……ちょっと厄介ですね……」


 ラベージさんが真剣な面持ちで、草原の向こうを見る。その視線の先で、丘陵を飛び越えて現れたのは、バスケットボール大の無数の昆虫だ。ビィーという耳に残る羽音をさせて、青空をバックに滞空している。遠目からもわかるその鮮やかな模様は、僕も日本で見た事のある特徴的なものだ。


「カーニヴォコッキネッラ! 要は肉食の甲虫です。当然、人も食らう! あと、攻撃するとすごい臭い体液を分泌するから、やるなら一撃で倒してくれ! 鼻が曲がる程臭いし、間違って摂取すると痺れて動けなくなるらしい!」


 向こうもこちらに気付いたと察したのか、ある程度大きな声でこちらに敵の注意点を述べるラベージさん。こういう基礎知識がスラスラとでてくるあたり、本当にこの道のプロって感じだ。

 その特徴的な模様を見せ付けるように、鞘翅しょうしを広げて飛来するカーニヴォコッキネッラ。つまりは、バカデカテントウムシである。肉食のテントウムシも、ここまで大きくなると普通に人間も食べるらしい。


「臭いのは嫌だな……」

「そうですね。服に匂いが付くと困ります」


 僕とグラは視線を合わせて頷き合うと、手の平の魔力に理を刻む。


「【誘引ピラズィモス】」

「【呑焔エダークスフラムモー】」


 いつもの【誘引】を使い、突っ込んできた肉食テントウムシが、グラの生みだした炎の領域へと、次々と呑み込まれていく。

【呑焔】は、主に戦場や逃走時に使われる属性術で、身も蓋もない言い方をするなら、超強力な火種である。だがそれは、僕がまだ習得できていないような、初歩の属性術とはわけが違う。

 まるでガソリンのうえを舐めるように、僕ら前方に炎の領域が広がっていく。そこにあるものの、生命の有無に頓着せずに。そしてそれが燃え移ったら最後、消火するには相応の魔力の理が必要になる。

 人間社会における、この属性術の主な用途は放火である。戦争や、それこそ氾濫時になりふり構っていられない状況で使うらしい。


「ええー……」


 眼前の光景に、呆気に取られて脱力するラベージさん。それなりの激戦を予想していたのだろうが、お勉強に使う教材は吟味して欲しい。臭いのは、小鬼くらいなら我慢するから。

 無数の肉食テントウムシたちが、炎に触れては一瞬で黒焦げになり、ころりと地面に転がっていく。だが後続は、それに臆する事もなく次々と炎の海に飛び込んでは、死んでいく。

 生き物が焼ける異臭こそあるものの、流石に鼻が曲がるという程ではない。遠かったのも幸いしたのだろう。


「あ、小鬼だ」

「どうやら、【誘引】の範囲内にいたようですね。【呑焔】に飛び込みますよ」

「あ、燃えた」


 それなりに見晴らしはいいのだが、丘陵の陰とかにいられると、【誘引】に巻き込んでしまうようだ。ダンジョン内だと警戒する方向が限られているからいいが、こういうひらけた場所だと四方のどこからモンスターが寄ってくるかわからない。思わぬ場所から攻撃を受けたり、モンスターに囲まれる恐れもある。

 実際、小鬼だけでなくネズミやウサギのモンスターなんかもこっちに向かってきている。今後は、不用意に【誘引】を使うのは控えよう。

 とはいえ、【誘引】で近付いてきたモンスターのほとんどは【呑焔】に呑み込まれてその命を散らす。気にすべきは背後や側面からの攻撃だが、側面のモンスターは誘引した炎の方へと流れていくので、実質背後だけ警戒していればいい。

 次々と炎の海に飛び込んでは、一瞬で焼死体になっていくモンスター。だが、後続のモンスターたちは、それに頓着する事なくレミングのように炎に向けて突進していく。

 なお、レミングの集団自殺というのは間違いで、海や川に飛び込むのは集団移動の為のようだ。泳ぎは上手いらしい。


 やがて【誘引】の効果が切れたのか、あるいは周辺のモンスターが全滅したのかはわからないが、モンスターが現れなくなった事でこの凄惨な状況は幕を下ろした。ラベージさんが、肩を落としながら「ホント、俺がなにを教えればいいんだよ……」とか言っていたが、結構勉強させてもらっているんだよ?

 ただやっぱり、臭いのはねぇ……。いや、結局臭くなったけどさ……。



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