第31話 新たなる武器
●○●
「そっち行きました! ショーン様、お願いします!」
「はい!」
小鬼が、この中で一番弱そうな僕を狙って、突っ込んでくる。こん棒というにも粗末な鈍器を振りあげ、ギャアギャアと耳に障る鳴き声を発しながら迫る、醜悪なるモンスター。
僕は努めて冷静を保ちながら、腰の後ろに装備していた手斧を携えると、そんな小鬼に向かって駆けていく。
「――っしょ!」
振り下ろされた斧は、ガードの為に掲げられたこん棒を真っ二つにし、ついでに小鬼の頭も縦に割る。だが、これで終わりではない。
小鬼というのは、群れるモンスターだ。敵の数は十前後。一応は後衛である僕の元にも、討ち漏らしが攻めてくる。
「二匹、目ッ!」
とはいえ、所詮は小鬼である。身体能力は一般人並み。一メートル程度の矮躯に、特徴的な緑の肌の、二足歩行のモンスターは、しかし単体ではネズミ系やウサギ系に毛の生えた程度の脅威でしかない。武器さえ持っていれば、まず負ける事はない。
そう、単体では……。これが群れると、本当に厄介なのだ。いやまぁ、以前ゴブリンをそういう使い方したのは、他ならぬ僕だけどさ……。
「こっちは終わりました。グラ様は――」
「こちらも殲滅しました。討ち漏らしは、なし」
「僕も終わり。下級のとき、鬼系と虫系のモンスターに遭遇したら、ひとまず逃げろと言われていたので緊張していましたが、案外あっさりと片付きましたね」
四日前の雨が嘘のように晴れた空に、いくつかの浮雲が散見されるピクニック日和。草原に立つ、僕とグラとラベージさん。そして倒れ伏す小鬼が約十一体。爽やかな風に、草と土の匂いに、血と臓物の臭いが混じる。
数が曖昧なのは、ものによっては一体分に足りていないからだ。
本日もまた、冒険者としての基礎技能習得の為の
「そりゃあ、下級の間は
ラベージさんがナイフを取り出して、小鬼を腑分けしながら、初対面時にセイブンさんと似たような内容を伝えてくれる。セイブンさんは、単体なら戦ってもいいとは言ってくれたのだが、本来はそれもあまり褒められた行いではないらしい。
そしてなぜ小鬼なんぞを切り捌いているのかと思ったら、胸の真ん中から魔石を取りだす作業だったらしい。僕も慌てて、斧で頭を真っ二つにした小鬼の胸を、短剣で裂く。
「空振りを甘受してでも、鬼系や虫系は警戒されているんですか?」
「されてますね。群れを作るモンスターは、基本的になんでも厄介です。鬼系は人に直接害が及びますし、増えすぎると、それこそ上級冒険者が出張らないといけない事態になります」
なるほど。人間もまた、群れて徒党を組んで、強大な生き物を――そう、例えるならダンジョンコアを――倒す生き物だ。だからこそ、数の脅威には敏感なのだろう。
「虫系は森や農作物に被害が及ぶ場合が多いです。アリ、バッタ、ハチなんかのモンスターは、群れを作りやすいんで特に注意が必要です。勿論、人的被害も軽視できませんが、虫系モンスターが発生したせいで、一期分の収穫が完全にダメになった農村ってぇのも、たまに聞きます」
「なるほど……」
要は、蝗害を起こす種類が多いのか。こちらは、食糧自給に直結する問題だけに、たしかに深刻だろう。
「ただ、虫系のモンスターは意外と対処法が確立しているものも多くて、十分に準備ができれば、比較的簡単に対処できたりもします。人間にはほとんど無害な毒を、薄く散布するだけで全滅したりするヤツとかですね」
「あ、なんかそれと似たような事を、以前耳にしましたね。最悪とまで呼ばれていたモンスターの対処法を確立し、脅威度をかなり引き下げたとか」
たしかフォーンさんの話だった。虫系でありながら、硬く、熱変動にも強いくせに、小さくて的も絞れないような蜂が群れになると、戦闘で対処するのはかなり厳しいという事だった。そんなモンスターに、たしかテルチャーという痺れ薬が良く効くのだと見付けたのが、フォーンさんだという話だった。
なお、テルチャーは辛うじて覚えていたが、モンスターの名前は忘れた。たしか、舌を噛みそうなくらい長かったせいで、覚えきれていなかった。
などと話をしていたら、すぐに魔石は集め終わった。小鬼の魔石という事で、大きさ的にも魔力の質的にも、あまり期待はできない。当然、値段的に微々たるものだ。
ただまぁ、人間社会にとっては割と重要なエネルギー源だ。冒険者はその階級によらず、魔石を集めるよう推奨されている。
「ふむ……」
少し気になったので、僕は胸を裂いた小鬼の傷口を広げ、開腹した。それだけでなく、本当に腑分けをしてみる。臓器の種類、配置はほぼほぼ人間のそれに近いものの、当然違いもある。骨格は……肋骨や背骨の数が合っているかどうかは自信がないものの、ほとんど違いはないだろう。
「ショ、ショーン様? なにをしてんですか?」
「少しだけ時間をいただけますか? ちょっと調べたい事ができたので」
「え? あ……、はい……」
なにかを諦めたように頷くラベージさん。だが、お願いはきちんと聞いてくれるようで、周囲を警戒し始めた。グラもまた、僕のお願いを聞いてくれているようだが、こちらは僕がなにを調べているのかが気になるのか、周囲を警戒している様子はない。
僕だけの意見よりも、彼女の意見も参考にしたいので丁度いいが、ラベージさんには申し訳ないな。
「グラ、どう思う?」
「どう、とは?」
「この小鬼の臓器。どう思う?」
繰り返す僕の言葉を受けて、グラはじっくりと小鬼の臓腑を観察する。たっぷり五分ほど観察した彼女は、しかし左右に首を振って僕に向きなおった。
「わかりません。私にはただの小鬼の内臓にしか見えませんが?」
「そうか……。だったら、僕の勘違いだね! 気にしないで。さぁ、次行こう! 次!」
「ショーン――いえ、なるほど。そうですね、次に行きましょう」
この場で話せるような内容ではないのだと覚ったグラが、調子を合わせて訓練の続行を宣言する。ラベージさんも、こちらの様子がおかしい事には気付いていたようだが、ここで深入りしてこようとしない分別はあるようで、軽く肩をすくめてから草原の探索を再開する。
良くも悪くも、首を突っ込みすぎない。これがプロの心得なのだろう。
「それにしても、なかなかの斧捌きでしたね」
だからだろうか、ラベージさんはガラリと話題を変えてきた。そして僕も、それについてはちょっと話しておきたかった。
「あ、そうですか? ラベージさんに言われて使ってみましたが、たしかに短剣よりも使い勝手がいいですね」
以前は、短剣の
「いやぁ、なんか力任せに振れるっていうのがいいですよね。気が楽というか」
「ショーン様の場合、技術はまだ発展途上ではありましたが、
「そうみたいですね。いやぁ、剣って力任せに振ると折れたり曲がったりで、気を遣うんですよね。いやまぁ、力任せに振るなって話なんですけど」
「ははは。技術を身に付ければ、戦闘において剣の方が優れているのはたしかです。ただ、やはり力自慢なんかはショーン様と同じような事を言って、斧を愛用しますね」
おっと、どうやら僕は物語なんかで、主人公に絡んであっさりぶちのめされる、咬ませ犬キャラと同じ発想のようだ。まぁ、ぶっちゃけド素人の僕が、いきなり剣を持たされたって、まともに使えないのは当たり前だ。一生かけても、たぶん達人と呼ばれる域に達する事はないだろう。
それに対し、依代の身体能力と、それをグラ特製の装具で強化した単純なパワーは、地球ならウェイトリフティングの金メダリストをも凌駕する。力任せに振り下ろすだけでいい斧の方が、扱いやすいのは道理だった。頑丈で壊れにくいという点もいい。
「なんか、しっくりくるんですよ――ねッ!!」
話しながら、投擲した斧が逃げようとしていた毒ネズミに命中する。ヂッという断末魔を残して、ネズミのモンスターは真っ二つになる。
うん。やっぱり、剣よりも手に馴染む。
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