第37話 宝箱の影響と多彩な宝石

「食器? こっちのはすげー小さいし、木製みたいだが、この白いヤツはなにでできてんだ?」

「宝石の方は尖晶石スピネルですね」

「スピネル? 紅玉ルビーみたいですけれど……?」


 暗い赤色の尖晶石スピネルは、カットされておらず産出されたままの八面体の状態だ。どうやら、この世界においても尖晶石スピネル紅玉ルビーは混同されているようだ。あるいは、流石のラベージさんでも、宝石にまでは詳しくなかったのかも知れない。

 うーん、どちらかといえば後者かな……。土の属性術で性質を調べられるこの世界では、紅玉ルビー尖晶石スピネルの違いくらいはすぐ判別できるだろう。

 地球では、この二つの宝石は十八世紀まで同一のものと考えられていて、イギリス王室の王冠に飾られた【黒太子のルビー】が、実は赤尖晶石レッドスピネルだったというのは、割と有名な話だ。というか、僕が尖晶石スピネルについて調べたのは、この逸話が切っ掛けだった。

 そして、僕がそんな話を思い出したのは、青から紫の尖晶石スピネルの中には、コバルトスピネルと呼ばれるものがあったからだ。コバルトスピネルは、その名の通りコバルトが含まれいている。現時点で入手方法のわからないレアメタルであるコバルトを手に入れられる、数少ない手掛かりなのである。

 なお、この尖晶石スピネルはアルタンの町の方のダンジョンの最下層辺りから産出されたものだ。あちらもだいぶ深くなったが、そろそろダンジョンの強度的に広さが必要になってきた頃合いだ。丁度いいので、スピネルの鉱床に沿って広げようと思っている。

 なので、これからも尖晶石スピネルの供給は問題ない。まぁ、ここまで赤いものは、かなり希少だろうけど。あと、青系はコバルト入手の為に、流さないつもりだ。


「グラさん、この皿に魔導術かなんかで、なにか罠が仕掛けてあるとかないですか?」

「ありませんね。というよりも、材質的に魔導術の媒体としては不適格に過ぎます。リソースが、ただの土とほとんど同等ですね。鉄の方がマシです」

「そうですか……。そちらの赤い器は?」

「こちらも、木材もそれに塗られた樹脂も、魔導術には適しません。罠を警戒するよりも、単純な毒の塗布や、元の材質の毒性を警戒するべきでしょうね」

「そうですか……」


 腕を組んだラベージさんが、三つのお宝を前に唸り始める。これを用意したダンジョン側の意図を、測りかねているのだろう。一見すれば、ただの宝石と見慣れない食器類でしかない。

 とはいえ、実を言えばそれは単純明快なのだ。


「ラベージさん。もしかしてこれ、地上に排出するモンスターと同じなんじゃないですか?」

「地上に排出する――!? 撒き餌か!」


 そう。僕がこれらを用意した理由は、単純な撒き餌だ。冒険者という、胡乱な連中が――僕がマジックアイテムを持っているというだけで、辻強盗紛いの悪事に手を染める連中が――挙句の果てには、人の家に侵入してまで他人の物を狙う盗賊紛いの連中が――罪を犯さずとも、お宝を手に入れられるとしたら、どうするだろう?


「で、でもダンジョンには入場制限があります。ここはまだ小規模でしょうが、中規模にもなれば七級……、はほとんど入れないか……。六級くらいからしか、ダンジョンへの入場は許可されません」

「それを、ダンジョン側が情報共有しているかはともかく、そのルールを犯してでも、いっそ冒険者という身分すら捨てて、一攫千金を目指す輩というのは現れかねません。というか、冒険者という身分が足枷になるなら、下級の冒険者は喜んでそれを捨て、このダンジョンに這入るでしょう」

「それは……たしかに……」


 中級まで昇級した冒険者ならともかく、下級の冒険者資格など失っても惜しくはないだろう。そんなものは、銀貨一枚と時間さえあれば、いくらでも取り返しが利くのだ。

 銅胴アリと顎アリ程度の脅威しかない場所に、紅玉ルビーと見紛うような宝石が得られるダンジョンがあると知られれば、そんな下級冒険者は冒険者である事を辞めてでも、このダンジョンにもぐりかねないと、ラベージさんも気付いたのだろう。


「ギルドがダンジョンの入場に厳格な制限を課すのは、ダンジョンの攻略を精鋭に絞り、ダンジョンの主に吸収されるエネルギーを抑制する為です。ですが、この箱の存在が知れ渡れば、その制限を無視する輩は必ず現れるでしょう。そしてそれは、ダンジョン側へのメリットになります」

「そうですね……」


 深刻な表情で頷くラベージさん。僕は、本来の目的も達成した事もあり、彼に提案する。


「非常に危険な兆候であると、僕は判断します。この情報を、いますぐギルドへと届けるべきだと思いますが、ラベージさんはどうです?」

「同感です。少なくとも、俺たちで勝手に判断はくだせません。入場制限を設けるにしても、ギルドへの報告は必須です。すぐにでも戻りましょう」

「わかりました。グラ、お願いしても?」


 グラを振り向きお願いすれば、阿吽の呼吸で彼女も頷く。


「緊急事態ですからね」


 そう言って、空中に以前も見た幾何学模様を描いていく。転移術の【門】だ。その間に僕は、尖晶石スピネルを布袋に入れ、懐にしまう。それから、皿ともう一つの食器も、破損しないよう丁重に包装してから、背嚢にしまう。銅胴アリの顎が、それらに傷を付けそうだった為、ラベージさんのバッグに入れてもらう事にした。

 そうこうしている間に、【門】が開いていた。あまり時間をかけると、その分グラの消耗が大きくなる為、今回はさっさとそれをくぐる。

【門】の先は、アルタンの町の、これまた門だった。街道から少しそれた場所に開いた【門】に、当初衛兵は警戒していたようだ。だが、それをくぐって現れたのが、僕とラベージさんだという事を確認した彼らは、気を付けの姿勢を取ったのち、律儀に敬礼までしてくれた。

 実に精励恪勤な姿であり、この町の衛兵たちの職業意識の高さが窺える。僕もまた、彼らに見様見真似の敬礼を返したのだが、なぜかラベージさんに呆れられた。


「どうして町の外に【門】を開いたんです?」

「以前は、夜だった事もあって、町の門を通らずに中に入りましたからね。ですが、正規の手続きを踏まずに町に入るというのは、できる事なら避けた方がいい。痛くもない腹を探られかねません」


 脱税や密輸を疑われて、役人が度々家を訪問するような事態は、あまり嬉しくはない。そういう意図で、できるだけ町への入退は正規の手続きを踏んで行いたいと思っているのだ。まぁ、グラに言わせれば、町の官吏ごときに己の行動を制限されるなど、業腹の極みなのだそうだが、こればかりは順法精神を育んでいただきたい。

 無法者の烙印を押されると、スパイ活動もやりにくくなるだろうからね。


「まずは、ギルドに行きましょう」

「そうですね。なにをおいても、まずはギルドです」


 僕とラベージさんは頷くと、町へと入ろうとしている列へと並ぶ。……うん。順法精神って大事。

 なお、町に入れたのは、それから二時間半程してからだった。栄えた街道沿いの宿場町を訪れる人の数を、少々舐めていたらしい……。



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