第38話 中世定番の売れ筋商品
まだ日も高かったせいで、余計な時間を食った。やはり、多少面倒事を覚悟してでも、まず町に入ってから事後承諾で手続きを踏んだ方が、良かったかも知れない。門衛がスムーズな手続きで通してくれた点だけが幸いだった。本当、この町の衛兵にはいつもお世話になる。なんなら、この町で一番好印象な人たちかも知れない。
門を抜けたその足で、ギルドまで急ぐ僕ら。今日も受付にはセイブンさんはおらず、仕方がないので顔馴染みのジーナさんにダンジョンの報告をする。
「え……。またこの町の近くで、ダンジョン、ですか……?」
「そのようです。詳しくはラベージさんから……」
「あ、五級冒険者のラベージさんですね。お話は窺っております。そうですか……。ラベージさんも確認しているという事は、かなりたしかな情報ですね……」
ジーナさんは机の棚から草原の地図のようなものを取り出し、眉根を寄せつつ他の書類と見比べては、難しい顔でまた別の書類を眺めるという行動を繰り返した。それからラベージさんにその地図を見せてから、ダンジョンの位置も確認する。
どうでもいいけど、ラベージさんが言うならって事は、僕が報告した段階では、不確かな情報だったって事?
「わかりました。私では判断を下せないので、うえに報告しますね。結果は近日中に報告します。いまはとりあえず、保留という事で」
「いや、それじゃ遅いんだ。このダンジョンは、ただのできたてのダンジョンじゃねえ。早急に封鎖して情報を秘匿するか、さっさと討伐しちまった方がいいと思うんだ」
「え? えっと……、それもまた、いち受付の私には、判断がくだせないのですが……。その……、やっぱりただのダンジョンじゃないんですか……?」
ラベージさんの、理性で押し殺しつつも漏れでてくる焦燥感を感じ取ったのか、ジーナさんは涙目になりつつも、詳しく話を聞こうとする。だが、どうしてただのダンジョンじゃないのかと問うときに、チラリと僕らを見るのか。
「グランジに話をさせてくれ。こんな場所じゃ言えない事があるんだよ」
「も、申し訳ありません。ギルドマスターの予定に関しても、受付にどうこうできる権限はないです。報告をしようにも、今日はギルドマスターは代官様との会合でいませんし……。や、やっぱり、報告してからうえの判断を仰がないと、アポイントも取れないので……」
まぁ、ジーナさんのいう事はもっともだろう。ただの受付の一存で、ギルド支部長の予定に介入できると確約するなどできようはずもない。いくらラベージさんが重大事だと告げたところで、その内容すらも聞かずに緊急事態だという判断はくだせまい。
ただ、ラベージさんがこの場で話せないという理由もわかる。小規模ダンジョン内に、宝石を含む価値のある品物が放置されているという情報を、冒険者ギルドの受付なんていうオープンな場所で口にすれば、あっという間にそれが広まりかねない。それでは、急いで報告に帰ってきた意味がない。
しかも、時間をおけばおく程、あのダンジョンが余人に発見され、情報が出回る危険が高まる。この情報は、鮮度という意味ではかなり足が速い部類の代物なのだ。
この場合、僕ら姉弟の注目度が高かった点も、状況の悪化に拍車をかけてしまった。僕らが受付で揉めていれば、当然耳目を集めてしまう。
「ジーナさん、セイブンさんは今日は?」
見かねて、支部長並みの権限がありそうなセイブンさんの所在を訊ねるも、ジーナさんは残念そうに首を振る。
「セイブンさんも、本日は代官様のところです。なんでも、近々起こりかねない、町の騒動対策だとかで、その……、冒険者が大量に犯罪者にならないよう、配慮するのだとか……」
「クソ……っ、たしかにそっちの対策も大事だがよ……ッ!」
ジーナさんの答えに、ラベージさんは悪態を吐く。そっち、というのは例の『ホープダイヤ盗賊団』の件だろう。ギルドや町としても、未然に犯罪が防げるのならそれに越した事はないのだから、話し合いは当然か。そして、僕としても別に、事前に犯罪組織が検挙されてくれるのなら、余計な手間がかからなくていい。
「ジーナさん。とりあえず、セイブンさんが戻ってきたら我が家を訪れるよう、言付けをお願いします。夕飯もこちらで用意しますから、と」
とりあえず、いま機密を維持しつつギルドのお偉方に情報を届ける事が先決だ。ここで、目の前のジーナさんや適当な上役に説明すると、どこから水漏れが起こるかわかったものじゃない。夜まで待たなければならないというのは、少々やきもきするものの、今日中にギルドに詳細を届けられると思えば、十分な速度だ。
あとは、ギルドがどう動くか。領主がどう動くか、である。
「……それが一番、か……」
「ええ、いまはそれが最速です」
多少のもどかしさを覚えつつも、それが最善手だと自分を納得させるラベージさんに僕は肯ずる。なんとか自分の責任の及ばぬところで話が進みそうだと、ほっと胸を撫でおろすジーナさんを無視しつつ、僕は周囲の冒険者たちを確認する。
やはり、それとなくこちらに注意を払っている人は多い。
ポンとラベージさんの腰を軽く叩き、他の冒険者たちの目から逃れるようにギルドをあとにする。ついでに、以前知り合ったチッチさんとラダさんも呼ぶ事にした。この情報が、冒険者の間で流れていないかの確認と、彼らの口止めが目的だ。
すっかり、我が家がラベージさん一行と【
●○●
そんなわけで、それからだいたい四時間、我が家の食堂に全員が集合していた。なお、今回は状況を鑑みて、乾杯もなく各々の前に普通の食事が用意されており、用意されている飲み物も、金属製のゴブレットに氷を浮かべたお茶である。
希望者には、話し合いが終わったあとでなら、酒類も提供するつもりだ。
「……なんですって……?」
そして、一連の内容を説明し終えた僕らに対し、セイブンさんが発した第一声がこれだ。
それは、こちらの言葉の意味を理解していないというよりも、信じがたい状況に対して、現実を受け入れ難いという思いが発露した、悲鳴のように聞こえた。だが僕らは、そんな中年男性に現実を突きつけなければならない。
「ダンジョン内に、非常に価値の高い品物が放置されていました。恐らくは、ダンジョンの主側が、人間を誘き寄せる為に、あえて放置したのでしょう」
「…………」
繰り返した僕の言葉に、頭を抱えて机に突っ伏すセイブンさん。
「これが、その品物になります。一つは、
「そ、それって、白磁じゃないっすか!? え? ダンジョンから白磁の皿が得られたんですかい!?」
僕の合図で、ザカリーがテーブルにおいた盆には、
「白磁ですか?」
「磁器の内、色の白いものをそう呼ぶんです。ショーンさん、すみませんがその皿、明かりに透かして見せてもらえませんか? あと、できれば音も聞かせてもらいたいんですが……」
「わかりました」
食堂の明かりは、グラ製のマジックアイテムなので、この時間でも十分に明るい。その明かりに翳せば、その皿に透光性があるのがわかる。これだけで、これが陶器ではなく、磁器である可能性が濃厚になる。
続いて皿の縁を軽く弾いてみれば、金属のような音が響く。直後、「はぁぁぁ……」と、まるで推しの引退を知ったアイドルファンのようなため息もまた、食堂に響き渡った。勿論、発生源は将来を嘱望された、中間管理職の三級冒険者だ。
「たぶん、間違いないでしょう。その皿は、本来舶来品の磁器です。かなり遠方の国から持ち込まれるものみたいで、この辺りじゃ作られてません」
項垂れるセイブンさんを気にしながら、チッチさんは磁器について、この辺りでの扱いを教えてくれる。まぁ、一般人の食器が木製である事から、陶磁器の製作はそれ程盛んじゃないという読みは、合っていたようだ。
「じゃあ、このただの皿も、結構な価値が?」
「結構どころの話じゃないですよ! 基本的に、お貴族様が使う代物ですからね。目玉が飛びでるような値段で売れるでしょう」
「で、でも、国内で得られたものが、そこまでの値が付くのかわからんぞ?」
熱弁するチッチさんに、冷や水を浴びせ掛けるように冷静な声で、ラベージさんが忠告する。とはいえ、安いなら安いで飛び付く人は多そうだ。品質に問題がないのなら、なおの事。
「こっちの器はどうです?」
磁器に価値があるならと、僕が朱塗りの盃を手渡すと、それを矯めつ眇めつ確認したあと、チッチさんは首を振る。
「これは、美しくはあるが、どうなんでしょうね。普通の木製の器に、なにかで塗装したようですが、俺には価値あるものなのかはわかりません……」
なるほどなるほど。磁器は舶来の高級品、漆器は不明、と……。そうなると、陶磁器技術だけでなく、漆工芸もあまり盛んではないようだ。
宝石以外は、中世ヨーロッパを想定した、高級品と思しきラインナップにしてみた。中世から近世において、アジアからヨーロッパへの輸出品として有名なのは、やはり磁器と漆器だろう。陶器は、どうなのか覚えていないので、今回は除外させてもらった。
ただ、漆器は貴族向けとするとちょっと微妙かな。でもまぁ、冒険者や商人たちには、そこそこの需要はありそうだ。まぁ、漆器の方も
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