第39話 目的達成とピクニックの予定
「どうでしょう、セイブンさん。これらの品を鑑みて、この情報が拡散した場合、どれだけの人間が、ギルドの静止を無視してでもダンジョンに侵入すると思います?」
「……。正直、想像もつきません……。どれくらいの者が無視をするのかよりも、どれだけが従ってくれるのかを考えた方が早そうだとだけ……」
眉根を寄せて苦渋の表情を浮かべながら、セイブンさんは絞りだすようにそう答えた。つまりは、統制が利かなくなる、と。
それはつまり、人間たちによるダンジョン攻略における基本戦術の崩壊を意味するだろう。ダンジョンにとって、兵糧攻めにも近い、徹底した侵入者の管理統制戦術の破綻だ。
それだけ、人の欲を抑えつけるのは難しい。庶民はそれでも、権力と武力で従わせられるかも知れないが、権力者である貴族はどうか。貴族が、宝物を得られるダンジョンというものに対する欲を、どれだけ抑制できるか。そして、もしも貴族がその欲を抑えられなくなったとき、ギルドがどれだけ抗えるのか。
セイブンさんの渋面は、それを思い悩んでのものだろう。
「しかし、これが本当にダンジョンで?」
情報屋の小男、チッチさんの相方で、なかなかマッシブな体付きをした長身の美女、ラダさんが目をキラキラさせながら、白磁の皿と
そんな彼女に、ラベージさんが頷いて答える。
「間違いない。行き止まりの道の先に、これ見よがしに木箱が安置されていた。なんの罠かと思って、かなり警戒したが、一切罠はなく、中身がソレだった。……まぁ、それこそが罠みたいなもんだったが……」
「ぃよし! チッチ、支度をしな! 明日の朝にはそのダンジョンに這入って、お宝を根こそぎいただくよ!」
まるで盗賊のような宣言だが、ラダさんの表情には一切の後ろめたさはない。当然だろう。相手はダンジョンなのだから。
付け加えるなら、ダンジョン側もまた、それは取られる前提で置いていあるものだ。盗んだところで、どこからも文句はつかない。
いや、つくのか。
「待て待てラダ。俺たちがここに呼ばれた意味を考えろ!」
張り切るラダさんを、チッチさんが宥める。そう、彼らを呼んだのは、お得な情報を先んじて与える為ではない。
「ショーン様。あっしらが呼ばれた理由は、この情報が出回っていないかと、今後の町の情報を監視しろって事でいいですかい?」
「前者については概ねその通りですが、後者は僕が関知するところではありません。ぶっちゃけ僕は、この宝もダンジョンも、いろいろと調べたい派なので、管理が厳しくなりそうなこの流れは、望むところではないのですが……」
「こちらとしては、後者の方もお願いしたいですね」
僕がヒラヒラと手を振って答えたら、横からセイブンさんが口を挟んできた。勿論、ギルドとしてはみだりに情報を拡散されるのは、嫌なのだろう。できる事なら、さっさと入り口を封鎖してしまいたいはずだ。
良識派のラベージさんも、概ねギルドと同意見のようだし、僕らはそれに渋々従っている、というスタンスである。なお、ダンジョンコア側のスタンスとしても情報は広く浸透した方がありがたいのだが、そちらに関してはこのままでも問題はない。
どうせ、基礎知識に『宝箱』の有用性を載せれば、遅かれ早かれ情報は拡散する。それも、全世界的に。いまの文明レベルで、世界中の情報を統制する方法など皆無だ。
つまり、僕らが『宝箱』を用意した最大の目的は、セイブンさんや他の冒険者たちの反応を観察する事であり、それはこの場で完遂されたといっていい。
まぁ、あとは他のダンジョンコアたちが、それぞれの地で、それぞれのやり方で、『宝箱』を用意すればいい。宝石や金銀なら、自分たちの装具を用意する以外は、無用の長物として余っているだろうしね。
ギルド側の立場を説明し、なんとか思い止まらせようとするセイブンさんと、ギルドと面倒を起こしたくないチッチさんが、ラダさんを説得するのを聞きながら、僕は冷えたお茶に口をつける。清涼感が、口腔と鼻腔に通り抜ける感覚が、なんともいえず心地いい。
「そうだ、ザカリー」
「はい」
声をかけると、すぐにザカリーが寄ってきて、背後に控える。まさに、ザ・執事といった姿だ。まぁ、彼は執事ではなく家令だが。そんな家令に、執事に対する言伝を頼む。
「ジーガに、酸性白土と蝋石の輸入を指示しといて。余ってもいいから、できるだけ早くね」
「酸性白土と蝋石ですね。かしこまりました。量に制限は付けないとの事ですが、それ程必要になると?」
「酸性白土は羽毛の脱脂に、蝋石も基本的には新しい事業用だから、どれだけあっても困らないよ」
「かしこまりました」
下がっていくザカリーを見送り、僕はほくそ笑む。なにせ、酸性白土と蝋石は、磁器の材料であるカオリンが含まれている可能性が高いものなのだ。そんなものを、冒険者たちの前で注文するというのは、悪戯が成功したような気分になる。なお、カオリンの含まれていない蝋石は、そのまま
「ショーンくぅーん……」
おっと、なにやら恨みがましい口調で、シッケスさんに話しかけられた。
「難しい話ばっかで、こっち頭痛いんだけどぉ……」
「ははは。まぁ、たしかに面倒な話ですよね。僕からしても、今回の件は少し不本意な流れです」
「新しいダンジョンについて調べたいから?」
シッケスさんが首を傾げつつ問うてくる。大人な彼女がそんな仕草をするのは、なんというか、ギャップがあってちょっと可愛らしい。
「ええ。まぁ、上級冒険者である僕らの入場が制限されないのであれば、特に文句はありません。ラベージさんも、僕らと一緒であれば入場できるでしょうし」
「こっちは来る日も来る日も、お行儀の勉強で疲れたよぉ! こっちもダンジョン行きたーい!」
と思ったら、子供のように駄々をこね始めた。ここまでされると、可愛くない。
別に僕としては、行儀見習いなんてどうでもいいのだが、セイブンさんが鋭い視線でシッケスさんを睨んでいた。いまはラダさんの説得の方が重要らしいが、後々の説教は覚悟しておく事だ。
「そうですね。たまには、息抜きも必要なんじゃないですか? 僕とグラとラベージさんと一緒に、ィエイト君とシッケスさん、それとチッチさんとラダさんも含め、そのダンジョンに行ってみません?」
「ショーンさんッ!?」
ラダさんを止めようとしていたセイブンさんが、まるで予期せぬ裏切りにあったかのような顔で、僕を見る。まぁ、たしかに彼の——というか、ギルドの意思に反する行いではあるのだろう。
だが——
「落ち着いてください、セイブンさん。現状でセイブンさんが秘匿したいのは、新しくできた小規模ダンジョンの存在と、そこに撒き餌になりかねない宝箱があるという事でしょう? そして、ここにいる我々はそれを承知のうえで、秘匿する意思があります。であれば、この場に集った我々は協力できます」
「協力、ですか?」
「はい」
僕は神妙な調子で頷きつつ、ゆっくりと話す。
「より漏洩を危惧すべきは、あそこにダンジョンがある事よりも、そこで宝箱が得られるという点です。というよりも、ダンジョンの存在そのものは隠しきれません。いずれは、周知のものとなるでしょう」
僕の意見に、グラを除く全員が一斉に頷いた。町から程近い場所に生まれたダンジョンなど、どれだけ手を尽くしたところで、隠し果せるものではない。
「であるなら、明日の朝一番に向かって、手近な宝箱は開いて、中身を回収してしまいましょう。そうすれば、ある程度の時間稼ぎはできます。万が一、ギルドが対処する前に侵入する者がいても、空の箱というわけのわからないものが、ポツンとあるだけです」
セイブンさんは「なるほど」と呟き、考え込むように頤に人差し指をあてて押し黙る。そして、キラキラとした目でこちらを見ているラダさんと、苦笑しているチッチさんにも笑いかける。
「勿論、得たものはギルドで買い取ってもらいましょう。情報の秘匿の為なのですから、相応の対価でもって。あと、一個か二個くらい、宝石を懐に入れるくらいの役得がある方が、口も固くなるでしょうしね?」
「そうだね! その方が確実に、口が固くなるよ!」
「ホント、ウチのラダがすいやせん……」
イキイキと口止め料を要求するラダさんの所業に、チッチさんが僕とセイブンさんに頭を下げる。
僕ら姉弟のスタンスとしては、情報の管理にはノータッチだ。漏れてもいいし、漏れなくてもいい。ただ、できるなら宝箱が最初に発見されるダンジョンは、ここから離れた別のダンジョンである方がありがたい、という思いはある。
バスガルの事もあって、このアルタンの町はかなり注目を集めている。そこにきてさらに、世界的に問題になりそうな宝箱問題も、アルタンの近くで発生したとなれば、かなり悪目立ちしてしまうだろうからね。
「どうですか、セイブンさん?」
冒険者気質のラダさんは勿論、チッチさんやラベージさんだって、宝箱があるダンジョンなどというものは、入って利益を得たいはずだ。それを抑え付けるばかりでは、反感も買いかねない。
慣れない使用人業務でストレスの溜まった問題児二人組の気晴らしも兼ねていると思えば、そう無碍にされない提案だと思うのだが……。
「はぁ……、わかりました。平穏が一番の報酬、ですかね……」
「ははっ! そうそう、平穏が一番の報酬さ!」
やがてセイブンさんが、渋々とばかりに頷いた。それに対して、ラダさんが快哉をあげながら、なにやら意味深によくわからない単語を繰り返した。
あとでラベージさんに聞いたところ『平穏が一番の報酬』というのは、報酬のよくない依頼に対して、酒の席でこぼす愚痴が転じて、報酬に不満があっても諦める際の常套句になっているもののようだ。
今回は、チッチさんやラダさん、ラベージさんに対する口止め料、及び市井にダンジョンの情報が出回っていないかを調べる依頼料に加え、宝箱の中身を高額で買い取らねばならない、ギルドの散財をセイブンさんが嘆き、常とは逆のこの構図にラダさんが上機嫌になった、という状況だったようだが。
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