第59話 二匹の大亀

 ●○●


「メル! いたぞ、姉弟だ!!」

「よっし! 流石、一本か二本道のゴルディスケイル!」


 ボクとティナは、逃げた姉弟を討つべくその跡を追っていた。ゴルディスケイルは人を探すという一点において、これ以上のものはないといっても過言ではないダンジョンだ。通路は透けているし、ルートは限定されている。おまけに、基本的にモンスターも少ない。

 構造上、あの姉弟がボクらを上手く回避して、ダンジョン外に逃れようとすると、逆に奥へと進まなければならない。下手をすれば、次の階層に続く階段まで辿り着いてから、裏から別の攻略ルートを見付けて行かなければならない。


「あの、マッチョ小男は?」

「さぁ? 足遅いから知らないよ」


 ボクらと同じく姉弟を狙っていた、あのマッチョの小男の動向が気になったのだが、ティナに聞いたのが間違いだったようだ。殿だったのだから、別れ際の動向くらい確認しておいて欲しい……。


「メラ! 罠だッ!!」

「ッ!?」


 ティナの鋭い声に、足を止める。流石に中規模ダンジョンの四階層ともなれば、罠が皆無という事はあり得ない。そして、ボクらは冒険者ではない。

 ダンジョンを進むという点では、冒険者に後れをとるのは仕方がない。それでも、先にいる姉弟の姿が遠方からも確認できるのだから、やはり他のダンジョンよりは楽だっただろう。

 ティナが慎重に罠を解除している間に、向こうもこちらに気付いたようだ。姉は再び炎の翼を生み、弟の方は手持無沙汰だったのか、面倒臭そうな顔で片目を指で下に引っ張り、舌を出してからこちらに背を向けた。そのジェスチャーの意味はわからなかったが、意図はありありと窺えた。


「あんのクソガキぃ!!」

「メラ、うっせぇ!」


 ボクが地団駄踏んで急かすのを、鬱陶しそうに無視するティナ。たしかに、罠の解除は彼女の役目であり、ボクにはできない。だからこの場面で、余計な茶々を入れるべきではないのはわかっている。

 だが、はらわたが煮え返るのだから仕方がないだろう。

 なによりムカつくのが、あの弟の顔だ。まるでオモチャで遊んでいた子供が、佳境で現れた邪魔者を見るような目だ。ボクらとの戦いなど、二の次三の次で、面倒な厄介事としか捉えてないような雰囲気が、心底許せない。


「よし、解除! 行くぞ――って!?」

「クソ、今度はモンスターか!」


 せっかくティナが罠を解除したというのに、進行方向にモンスターが現れてしまう。それ程強くはないものの、流石に四層のモンスターともなると片手間で瞬殺できるような強さではない。


「デカい亀か……」

「どっちだ?」

「わかんない……」


 外見上は体高一メートル程の亀なのだが、このゴルディスケイルのダンジョンにはロックヘッドタートルとビッグアーマータートルという、良く似た姿の大亀のモンスターがいる。五分の四くらいは、ビッグアーマータートルなのだが、たまにロックヘッドタートルが混じっているのが、この二種の厄介な点だ。


「「…………」」


 どっちがアレを倒すのかで、お互いに目を見合わせる。ロックヘッドとビッグアーマーの二種の亀は、互いに得意とするレンジが違う。ビッグヘッドアーマータートルの得意とするのは遠距離戦闘で、ロックヘッドアーマータートルが得意とするのは近距離戦闘なのだ。

 とはいえ、ここでまごついていては、また姉弟を見失ってしまう。事と次第によっては、迂回されて逃走を許してしまう惧れすらある。ここは、すぐにでも目の前の大亀を倒してしまわねばならない。


「うん、じゃあ、ボクがいくよ」

「おう。オレは、もしもそいつが石頭だった場合の対処に当たるぜ」


 そう言って、緑のツインテールをなびかせて離れていくティナ。ちょっと面倒に思いつつも、ダンジョンの探索においてボクは役立たずだ。せめてモンスターとの戦闘くらいは、前線に立たないとフェアじゃない。

 その大亀に近付くと、そいつはさっと手足や頭を引っ込めてしまう。引っ込めた手足を突いても、硬くて大したダメージを与えられない。結局、頭を叩くしかないのだ。

 ボクは大亀の頭側に回り込むと、斧槍ハルバードを構える。あの暗い穴の向こうにあるのが、柔らかいビッグアーマータートルのものなのか、それとも石頭のものなのか……。

 慎重に間合いを測りつつ、ボクは攻撃可能な距離まで近付く。ここで不用意に近付いて、相手がロックヘッドだと危険だ。ロックヘッドタートルは、亀のくせに機敏に動くのだ。逆に、ビッグアーマータートルだった場合、距離を取りすぎると【魔法】で攻撃されて危ない。


「……いくよ?」


 最後にアイコンタクトでティナに合図を送ってから、ボクは大亀に斧槍ハルバードを突き入れた――瞬間、硬い感触と甲高い呻き声が響き渡る。鮮血を撒き散らしながら、大亀は慌てたように頭や手足を出してのそのそとボクから距離を取ろうとする。しかし、その動きはどうにも鈍重だ。どうやらこいつは、ビッグアーマーだったらしい。

 これがロックヘッドタートルだったら、手応えは石を突いたように硬く、またその直後にとんでもない勢いの頭突きを繰り出し、素早く近付かれて近接戦にもつれ込まれてしまっただろう。そうなると、ロックヘッドは基本的に硬く、厄介な相手なのだ。ボクなら倒せないわけではないが、遠距離で倒すのが一般的である。

 外見がそっくりのくせに、頭が弱点であるビッグアーマーと、逆に頭が盾であり武器でもあるロックヘッドが、得意とするレンジまでも遠近で違うのだ。この配置もまた、ダンジョンの主の罠の一種だろう。


「おあァ!!」


 遠距離専門のノロマな亀の首に、ボクは斧槍ハルバードを振り下ろす。一撃で首を斬り落とすところまではいかないが、かなりの深手を負わせる事に成功した。このまま削っていけば、そう苦労せず倒せるだろう。


「おい、姉弟を見失っちまったぞ?」


 とんとん拍子で上手くいったというのに、ティナのヤツが不満そうにぶーたれていた。見れば、たしかに姉弟の姿はもうそこにはなかった。


「仕方ないでしょ。罠一つに、中級のモンスター一体、それも対処の面倒なヤツだったんだからさ」


 ボクだって、あの姉弟を取り逃がした事に不満がないわけじゃない。罠の対処をしたのはティナだし、そんな事を言うならビッグアーマータートルもティナが戦えば良かったんだ。今日はティナが前衛役だったんだし。

 とはいえ、二人して唇を尖らせていても始まらないと、ボクらは姉弟の追跡を再開した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る