第60話 我々は塵であり、影である

 ●○●


 ふざけんなっ! ふざけんな、ふざけんな、ふざけんなッ!!


「【誘引ピラズィモス】」


 せっかく声が聞こえるところまで接近したというのに、そんなボクらの耳に、あの小憎らしい弟の声が届く。弟の詠唱直後に、本来ならゴルディスケイルの海中ダンジョンでは少ないはずのモンスターが、いっせいに集まってくる。そんなモンスターたちの頭上を、姉の方が炎の翼を羽ばたかせて飛翔する。


「おらァ!! 逃げんな、テメェら!!」


 ティナが文句を言うも、そんなものには一毫の興味もないとばかりに、双子は無視して飛び去っていく。その態度に、ボクもティナと同じく憤りを覚える。

 ハリュー姉弟を追いかけるボクらは、あれから何度もその背に迫った。だがしかし、追い付く端からあの面倒臭そうな顔で、幻術を駆使してあしらわれ、逃げられてしまう。

 直接戦闘であれば、そう脅威ではないものの、こうして逃げに徹されると、幻術というのは本当に厄介だ。何度もそうして取り逃がしているせいで、ボクらは二人とも憤懣が鬱積していく。


「うりゃぁぁぁあああ!!」


 それでもティナが、モンスターどもが集まりきる前に姉弟に斬りかかった。かなり不用意な真似だが、それでもこのいたちごっこの状態を打破する為には、どこかで博打に出る必要があった。

 そんなティナを瞥見したハリュー弟は、視線を切りつつ新しい幻術を唱える。


「【幻惑ドローマ】」

「くそがぁぁぁ!!」


 ハリュー弟が行使した幻術に囚われたティナが、まるで獅子の咆哮のような悪態を吐く。

 こちらの精神に影響を及ぼし、幻覚を見せるタイプの術であり、生命力の理で抵抗レジストしなければならない。だが、その為には否応なく攻撃の手を、一手遅らせなければならない。無視して攻撃を続けたとて、見当違いの方向に攻撃するだけで、余計に隙が大きくなるだけだ。だが、そんな隙を見せては逃げられてしまう。


「テメェ!! ちょっとは真面目にやりやがれ!!」


 ティナが悪態を吐くも、束の間囚われただけの幻術だというのに、その視線は双子からは、微妙に外れていた。

 その隙に、ハリュー姉は翼をはためかせて通路の奥へと飛び去って行く。代わりとばかりに、幾体ものモンスターが前後の通路から集まってきた。


「クソガキ!! クソガキ!! あんの、クソガキィィィィイイイいぃ!!」


 ティナが八つ当たりするように、近付いてきた幾匹ものラピッドワームを、両手の五指短剣チンクエディアで斬り捨てる。だが、なおも怒りが納まらないティナは、その場にとどまり戦闘を続けようとする。

 待ち構えた方が戦いやすいんだけどな……。


「おらァ!!」


 ボクもまた鬱積した思いをぶつけるように、バブルクラブを真っ二つにする。ボクだって、ティナが先に爆発するから表出していないだけで、鬱積している不満は相応にあるんだ。特に、いちいちあの鬱陶しそうな顔をする弟の様子に、静かながら強い怒りが溜まっていっている。

 元々モンスターの少ないゴルディスケイルでは、集まってきた数もたかが知れており、殲滅も程なく完了する。気持ちの悪いラピッドワームの残骸や、アイアンロブスター、ジャイアントシザー、バブルクラブ、レビテートクラブといった甲殻類の足や体液が散乱する通路は、まるで虫の巣を引っ掻き回したかのような気持ち悪さだ。次々と、色とりどりの霧に変わっていくが、それでも一瞬で消えるわけではなく、そんな惨憺たる光景が、ボクらの気持ちをさらにささくれ立たせる。

 ボクらはなおも発散できずにいるイライラを蟠らせながら、姉弟の追跡を再開した。互いに無言だ。ここで下手に宥め透かそうとすれば、この憤懣を相手にぶつけてしまいかねない。ボクがそうなのだから、ティナもまたそうなのだろう。あまり性格の合わないボクらだけれど、そういうところは以心伝心なのだ。

 そこから少し進んだところで、またも姉弟が通路のど真ん中に、二人で佇んでいるのが確認できた。その瞬間、ティナの足が早まる。ボクもまた、走る速度を上げた。

 幻術で逃走を許さない為には、向こうがこちらに気付く前に、どれだけ距離を詰められるか、気付いてからの対処の時間を減らせるかが鍵となっている。その点では、このダンジョンはボクらにとってのディスアドバンテージになっている。

 でも、できれば罠の警戒とかしてくれないかな……。そういうのは、ティナの担当なのに……。


「クソが! また罠かよ!?」


 あーあ……、言わんこっちゃない。ここは仮にもダンジョンの四層。いくら特殊な構造のゴルディスケイルとはいえ、これだけ深くなれば罠が少ないわけもなく、モンスターだってそれなりに強いものも現れ始める。ダンジョン探索が専門の冒険者ではないボクらが、感情任せに猪突猛進すれば、足元を掬われるに決まっている。

 通路のあちこちから、ガラスのやじりが飛んでくる。それを切り砕きつつ、ボクらは姉弟の元へと急ぐ。ただでさえ視認のしづらい透明な鏃が、この薄暗い四層で、おまけに背景まで透明な通路で、四方八方から飛来するのは、対処が非常に面倒だ。

 そこに、気持ちの悪いラピッドワームが、時折地面から奇襲を仕掛けてくるのだから、厄介さも一入である。

 ラピッドワームは、三、四〇センチ程の多毛類のような見た目なのだが、とにかくその動きが素早く対処がしづらい。気持ち悪く地面を這って移動する為、普通のモンスターと対峙するよりも、厄介さが際立つ相手だ。

 ただでさえ、下方に向かって攻撃というのはやりづらいのに、その相手が地を素早く這うという特性を有しているせいで、本当に面倒臭い敵である。強さそのものは、下級のモンスターとどっこいなのだが、とにかく厄介なその性質から、中級扱いされているモンスターだ。


「ああああああッ!! んっとに! これだからダンジョンってのはァ!!」


 ティナがイライラしながらもモンスターを殺し、罠の解除を進める。ボクも湾短刀シカで鏃に対処しつつ、たまに地面を這っているラピッドワームを潰していく。

 そんなボクらの耳に、不意にあのムカつく声が届いた


「ああ、きたきた。じゃあまずは、実地試験といこうか」


 まるで、初めて手に入れたオモチャの箱を開けるかのような声音で、ショーン・ハリュー――【白昼夢の悪魔】がうたう。


「【我々は塵であり、影であるプルウィスエトウンブラスムス】」



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