第61話 影塵術
――それは一瞬の出来事だった。
「メラッ!!」
ティナの鋭い声と同時に、ボクに向かって
それが迫っていた事に、微塵も気付かなかったボクは、慌てて背後に向き直る。そのせいで、いくつかの鏃が鎧にぶつかって弾ける。ガラスの鏃では、鎧を貫く事はできないが、衝撃は伝わる。一回一回は大したダメージではないものの、それでもダメージが蓄積するのが、衝撃というものだ。それは着実に体力を奪っていく。
また、当然ながら鎧で守っていない部分に刺さるというのはあり得る。だから、こんなやり方でガードするのは下策だったのに……。
振り向いたボクの視線の先にあったのは――影だった。
薄っぺらい、平面の影法師が、あり得ない事に地面から立ち上がって、こちらにヒラヒラとこちらに手を振っている。その光景に、ボクは真っ先に幻術を疑い、生命力の理を使ってそれを打ち消そうとした。
だが、まるでそれを許さないとでもいうように、影法師は詠唱を始める。
「【
聞き慣れない言語での詠唱。それが聞こえた途端、まるで己の体を千切るようにして、影法師の一部がこちらへと飛んでくる。だが、その狙いはボク自身からかなり外れている。
その影が、ボクの影へと突き立つと同時、身動きを封じられてしまう。
体の一部を飛ばした影法師は、見る見る内にその姿を立体的なフォルムになり、色を取り戻していく。その姿は、あの小憎らしいクソガキ――ショーン・ハリューだった。
「これから、君たちを【
「影塵、術?」
なんだソレ? 意味わかんない。まさか、新たな【魔術】を創ったとでもいうつもり?
「ふざけんなっ! こんなの、ただの幻術だろ!?」
「だったら【強心術】で抵抗すればいいだろう? それで隙ができるなら万々歳……といいたいところだけど、あっさり死なれちゃあ困るんだよなぁ……」
この……ッ! ザコの癖に!
まるでこちらを見下すようなハリュー弟の態度に、にわかに頭に血が上ってくる。途端に戒めが解け、自由に動けるようになった。怒りに任せて床を蹴り、ハリュー弟へと躍りかかった。
「ふむ。【影縫い】の拘束時間は、一〇秒そこそこか。短いけど、使いどころによっては有益かな?」
「ゴチャゴチャ能書き垂れたまま、死ねっ!」
ボクが
「【
「らぁ――!!」
直後振り下ろしたボクの
直後、背後に現れた気配を目掛け、ボクは胴に回すように
「おっと!?」
慌てたように飛び退くハリュー弟の姿に、ボクは安堵する。そうだ。気配を探れば、こいつの幻術なんて取るに足りない。それは、先の戦闘でわかっていた事じゃないか。
「流石に、これだけで殺されてくれる程、本物の戦士ってヤツは甘くないか。まぁ、僕の戦闘能力が低すぎるだけかも知れないから、この点は今後の実験次第かな。ま、データの一つとして覚えておこう」
余裕綽々の表情を浮かべ、実験動物でも見下すような冷めた目で、こちらを見ながら宣うハリュー弟。そこに、対等な敵に対する意識などない。もはやこいつは、ボクの事など脅威として認識していないのだ。
舐めやがって!
「幻術なんかで、ボクがどうこうできると思わないでもらいたいね!」
「幻術じゃないんだなぁ、これが」
嘲笑うようにそう言ったハリュー弟が、またも指を立てる。
「【
「なッ!? っく!」
唐突に増えたショーン・ハリュー。だが、それだけならば、さっきも見た幻術であり、驚く事はなかっただろう。ボクが驚いた理由は、現れたすべてのショーン・ハリュー全員に気配があり、たしかにそこに存在していたからだ。
一人のショーン・ハリューが襲い掛かってくる。それを
「――くっぉら!!」
斧槍の石突で一人を突き刺し、そいつを振り回す形でもう一人を両断する。かなり無理をした影響で体勢は崩れ、斬撃の威力そのものも落ちてしまったが、思いの外そのショーン・ハリューはあっさりと斬れた。
その謎はすぐに解ける。斬られて床に転がった端から、そのハリュー弟の残骸は床に溶けて影になって薄れていくのだ。
つまり、やはりこれは幻術の類だという事だ。
「ハン! やっぱただの幻術じゃないか!!」
「そう思うなら抵抗してみるといい」
「君たちのような凄腕の戦士でも、生命力というエネルギーはそうそう無駄遣いできない。無駄遣いさせる事が、イコールで僕らのメリットになる」
「【強心術】を行使する隙を突けば、僕程度でも君に一太刀お見舞いできる可能性だってあるしね。まぁ、全員でかからせてもらうので、悪しからず」
おい、別々に話し始めるな。誰がなにを言っているのか、わからなくなる。
「どうせなら、お望み通り幻術も使ってあげようか?」
「いや、それはダメだ。いまは【影塵術】の実地試験中なんだから、他の【魔術】という因子を混ぜるべきじゃない。データの信頼性が落ちる」
「でも【影塵術】と幻術を戦闘で組み合わせて使う実験としては有益じゃないか? 一考の価値はあると思う」
「いや、まずは――」
それぞれのショーン・ハリューが口々に話すせいで、情報過多でイライラする。さらには、そいつらが全員ボクを無視するのだから、憤懣もやる方ないというものだ。
「おい!! ボクを無視するなッ!!」
「ああ、ゴメンゴメン。じゃあ、実験の続きといこう。ひとまず、分身全員倒すまでは、このまま戦闘を続けようか」
「この……ッ!!」
本当に、訓練か実験のように言い放つハリュー弟の言い草に、カッと頭に血が上る。だが、そう言うという事は、この分身の中に本物のハリュー弟はいないという事か?
その予想は当たっていたようで、襲い掛かってくるショーン・ハリューを全員斬り伏せたが、やはり全員が影となって床に溶けた。
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