第58話 対人殺傷幻術

「人間を殺す幻術ですか……。なるほど、たしかにその視点で幻術を捉えた事はありませんでしたね」

「まぁ、グラの場合普通に属性術を使えばいいんだしね」


 それこそ【魔術】には『人を殺す為』の術式なんてごまんとある。ダンジョン側人類側双方が考えたものが、同じく双方に流布されている。人間なんて、その人間用の術式をダンジョンコアやモンスターにまで使っている有り様だ。……なんか、ダンジョンコア用の術式を人間に対して使っていた、さっきまでの自分が思い起こされて、ダメージが深い……。


「幻術に限定される理由は?」

「僕が使える【魔術】が、ほとんど幻術しかないから。いまさら、【石雨ラピスプルウィア】のときみたいに、付け焼き刃で攻撃用の属性術を覚えても、あまり意味ないでしょ?」

「たしかに。モンスターと違い、人間はすぐに対抗策を講じてくるでしょう。戦い方に幅を持たせねば、あまり意味がないですね」


 そうなんだよ。武器として、使えもしないスナイパーライフルを用意しても、相手が近接戦闘を挑んできたら、なんの意味もない。それよりも、使い慣れている幻術という武器を改良する方が、この場合はいいだろう。


「この際、近接戦闘はすっぱり捨てよう」


 あの双子やプロレスラー男相手に、僕がインレンジで挑んだとて、根本的な戦闘能力の差が如実になるだけだ。

 加えて、近接戦闘用の武器をすべておいて来てしまった。……アレ、誰か回収しといてくれないかなぁ……。最悪、双子や男が拾ってくれててもいい。殺して奪い返すし。

 つまり、今回の僕の役割ロールは魔術師というわけだ。今後は、最低限――いや、最低限じゃダメか……。一定水準以上の戦闘能力を得る為に、鍛える必要があるだろう。まぁそれは、この苦境を脱してからの話だ。


「そうですね……。では、人間のように私が前衛、ショーンが後衛という役割分担をしますか?」

「それもいいけど……」


 いくらなんでも、あの三人をグラ一人で足止めするというのは、厳しいんじゃないかと思う。二人くらいなら引き付けられるかも知れないけど、一人後ろに逸らしてしまった時点で、前衛後衛という役割分担が用をなさなくなる。それなら初めから、グラに二人、僕が一人と役割を分けておいた方が混乱がない。

 あるいは、三人のうち一人を僕ら二人で強襲して削ったあと、二対二の状況に持ち込めれば、前後衛分かれて戦闘する事も可能だろう。ただ、それならいまの僕でも問題なく後衛はできる。新たに、対人用の幻術を考える必要もない。


「具体的には、どのようなものを作ろうとしているのか、案はあるのですか?」

「うん、まぁ四つ程は素案がある」


 とはいえ、そのうち二つはいま現在の僕の能力では実現できない。求められる前提の技術が足りていない。


「だから、残り二つをここで作ってしまおうと思う。ただ、僕だけだと術式の最適化に不安がある。そこはグラにも手伝って欲しい」


 僕の協力要請に、グラは一切の躊躇なく頷いてくれる。ホント、頼りになる姉だ。人間関係を構築する際には、足を引っ張られる事も多いが……。


「ええ、勿論助力は惜しみません。あれらを打倒し、さっさとこのダンジョンのダンジョンコアと会い、とっとと我らのダンジョンへ戻りましょう。やはり、地上での活動など、面倒ばかり起こって嫌気が差します。まして、他者のダンジョンの中など……」

「それはたしかにね」


 ウンザリとした顔でそう言うグラに、僕も嘆息しつつ頷く。やはりというべきか、自分たちのダンジョンの外に長くいるというのは、とても不安だ。

 もしここが、アルタンの町の僕らのダンジョンだったら、あの状況からでもいくらでも巻き返しが図れた。相手を絶対に殺傷するという気概さえあれば、僕らがダンジョンコアであるとバレても構わない。そうなればもう、あの自由自在のダンジョン内における万能感は、文字通りの意味で『なんでもあり』だ。

 まぁ、それはすなわち、人間がどれだけダンジョンコア――ダンジョンの主を打倒するのが困難なのかという事の裏返しでもある。


「それでは、二つの幻術について聞きましょう。時間はありません。素案があるとの事ですが、骨子くらいは定まっているのですか? それとも、いまだアイデアの段階ですか?」


 グラの問いに、僕は自信なさげに答える事しかできない。まるで、夏休みの宿題がほぼ白紙であると告白させられる、夏休み終盤のような気分だ。幸いにも、僕はそのような経験はないが、一個上の姉がちょくちょくやらかしていた覚えがある。


「一応骨子が定まっているのが一つ、それでも原型アーキタイプには程遠い、本当に叩き台の段階。だから、開発そのものにもグラからの意見が聞きたい。もう一つは本当に、ただの素案」

「わかりました。骨子が定まっている方から肉付けしていきましょう。その幻術のコンセプトは?」

「そうだな……――」


 僕はそこで言葉を止める。いや、詰まらせる。正直、これを口にするのは、少々……、いや、だいぶ憚られる。ただ、結局これからそれを実用段階にまで作り込んでいくのだから、遅いか早いかの問題でしかない。

 だがしかし、それを口にした瞬間を思うと、そしてその際のグラの反応を思うと、正直恥ずかしい。僕はもう、そんな歳ではないというのに……。


「ショーン?」


 この状況で口籠った僕に、グラが純粋に疑問を表情に浮かべ、首を傾げつつ訊ねてくる。

 ええい、ままよっ! などと、生まれて初めて使う、よくわからない言葉を呪文のように心中で呟きつつ、僕は口にした。


「コ、コンセプトは、か――そ、それが、幻術であると気付かれないような、新しい【魔術】かな?」


 ダメだ。やっぱ恥ずかしくて、かなりはぐらかして答えてしまった。


「幻術であると気付かれない、新たな【魔術】ですか? それはつまり、属性術や結界術といった、【魔術】のカテゴリに新たな分野を作り出すと?」

「正確には、相手にそんなものを作り出したのだと、錯覚させる事かな。まぁ、属性術の一種だと思わせるのも手だと思うけど、根本が幻術だとどうしてもねぇ」


 いくら属性術が応用範囲の広い【魔術】とはいえ、やはり幻術と属性術とでは、できる事が違い過ぎる。それでは、その幻術が幻術であると覚られてしまう惧れがある。

 そうならない為には、やはりインパクトというのが大事なのだ。


「ショーン?」


 グラがさっきと同じように、首を傾げつつ訊ねてくる。だが、そこに浮かんでいる表情は、先程とは打って変わって圧の強い笑顔だった。


「なにを隠したいのか知りませんが、そんなフワッとした話では、詰められる話も詰めれません。具体的に、それはどのようなコンセプトで、最終的にどういう【魔術】にするつもりなのです?」


 これ以上の韜晦は許さないという、グラの断固とした態度に、もはや隠し立てはできないと覚る。仕方がないので、僕は降参とばかりに肩をすくめた。


「この幻術のコンセプトは……――」


 改めて口にしようとすると、やはりかなり羞恥が先立ってしまう。だがもうここまで来た以上、さっさと言ってしまおう。


「――中二病、かな?」


 そう言ってから、僕は改めてその幻術について詳しく説明した。やはり羞恥に七転八倒したが、思いの外グラからは好感触だった。



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