第57話 敗北から学ぶべき事

 〈6〉


 岩礁に作られた洞窟のような通路に辿り着いた僕らは、ようやく人心地ついて心身を休ませる。

 あの蛍光双子ツインテツインズの頭上を越えて逃走してしまったせいで、僕らはダンジョンのさらに奥へと向かってしまっている。このまま、ダンジョンの外に逃げる事は難しいだろう。


「……大丈夫ですか?」


 グラの気遣わし気な声にそちらを見れば、表情こそ常の鉄面皮だったが、心底心配そうな瞳が僕を見据えていた。もう、さっきまでの美女の姿ではない。いまだあどけなさの残る、いつもの可愛らしい我が姉がそこにいた。

 僕としても、あんなにキレイだとドギマギして落ち着かないので、こちらの方がいい。気軽に話せないというのは、やはり困る……。まぁ、姉がキレイすぎて意識する弟というのは、自分でもかなりキモいとは思うが、一気にあんなに大人っぽく、美しく成長されると、どうしてもね……。意識としてはグラだとわかっているのだが、まるで別人のように思えてしまうのだ。

 そんな姉に苦笑しつつ、僕は手を振る。


「あ、うん。僕は怪我も疲れもしてないよ」


 というか、一連の戦闘において、僕はお荷物以外になにも役割を果たしていない。精々、最後の煙幕を使ったくらいのものだ。結局、【死を想えメメントモリ】も【死者の女王ヘル】も不発に終わってしまったし、直接戦闘ではいいトコなしで、グラに作ってもらった各種装具も放棄してきてしまった……。


「そうではなく、【平静トランクィッリタース】が必要ではないですか?」

「うん? ああ、そうか……。そうだね、一応お互いに使っておこうか」


 一応、今回使った【死を想えメメントモリ】は、バスガルに使ったときよりもかなり安全に配慮した代物になっている。特に、逃走もままならないような、強い死への忌避感となると、【死者の女王ヘル】との二律背反でデッドロック状態になりかねないしね……。

 それでも、一応は使っておくべきだろう。特に、これからは今後の行動指針を決めねばならない。


「「【平静トランクィッリタース】」」


 一応、グラにも【平静トランクィッリタース】を使っておく。万が一にも、【死を想えメメントモリ】の影響が残っていると非常に困る。【死を想えメメントモリ】は、僕がダンジョンコアであるバスガルを殺す為に作ったものだ。

 つまりその主眼は、ダンジョンコアの抹殺にある。


「そうか……。だからか……」


 いまさらながらそこに思い至り、己の迂闊さ、軽挙妄動を深く恥じる。


「ショーン?」


 グラが、僕の呟きの意図を可愛らしく小首を傾げて問うてきた。そんな姉に、僕はかなりバツの悪い思いで、しかし己の不始末を隠し立てする事なく詳らかにする。


「今回、敗走してしまった原因に思い至ってね……」

「敗走などではありません。我々は、戦況の混迷を受けて、態勢を立て直し、正確な情報収集の為に、一旦戦場より距離をおいたにすぎません!」


 キッパリとそう言ってのけるグラに苦笑するが、そこは話の本題ではない。アレが敗走であろうが、戦略的撤退であろうが、結局俯瞰的視点で起きた出来事は変わらないのだから。


「だとしても、僕らの必殺だったはずの戦術、【死を想えメメントモリ】と死神術式のコンボが破られたのは間違いない。ニヴルヘイムに外部からの侵入を許したのも、僕の不備が根本的な原因だ」


 アレは本当に痛恨事だった。グラがいる状況で、バスガルの二の舞を演じ、尚且つあのときの自分の状況に彼女をおく余地を残しているなど、許されざるインシデントである。

死者の女王ヘル】が破られたのは、おそらくは【神聖術】によるものだろう。あの蛍光双子ツインテツインズのどちらかが、【神聖術】の使い手だったのだと思われる。オーカー司祭という前例があったにも関わらず、対策を怠ったのも、僕のミスだ。


「勿論、不測の事態というのは常に起こり得る。グラが単独で【死を想えメメントモリ】を使う事は、ほぼないだろうが……」

「あなたから禁じられていますからね。そうでなくても、あまり使う機会というのはありませんが」


 まぁ、君は基本前衛だし、それらを必要としない程に戦闘能力が高いからね。そう考えると、いよいよ僕の戦闘能力の低さが、かなり足を引っ張っているんだよなぁ。

 身体能力でゴリ押しできない相手だと、途端にただの足でまといと化すからなぁ、僕……。


「そうでなくても、こんな自爆紛いの戦い方を、君にさせるわけにはいかない。忘れているなら注意喚起の意味でもまた言っておくけど、【死を想えメメントモリ】はダンジョンコアを殺し得る幻術なんだ。それはグラ、君だって例外じゃないはずだ」

「まぁ、それはそうでしょうね。たしかに、徒に危険を冒すのは愚かな所業です。ですが、それがわかっているのであれば、あなたもまた、【死を想えメメントモリ】の濫用は控えるべきでしょう」

「そうだね。これからは、あまり使わないよ。それこそ、ダンジョンコアが相手でもない限り、ね」


 グラのお小言に乗っかる形で、僕は自分の考えを口にする。


「そもそも、人間相手に使うには【死を想えメメントモリ】も【死者の女王ヘル】や【モート】……、いや、原型の【死の女神モルス】でさえ、オーバースペックが過ぎる。群衆相手の【モート】が上手くいったから、ついついそのまま人間用としても使ってしまったけど、本来この二つの術式は、絶大な生命力と頑健さを誇るダンジョンコアを殺害する為に作ったものだ」

「たしかにその通りですね。人間の一人二人を殺すのに、本来そこまで手間をかける必要はないでしょう」

「そう。いってしまえば、人一人を殺す為に核爆――っていってもわかんないか。というか、ちょっと意味がズレるような……。……――そうだな。人一人を殺す為に、わざわざ新幹線を使って轢殺しているようなものだ」

「ショーン、シンカンセンとは?」


 しまった。結局、伝わらない例えを使ってしまった……。バカか僕は? いや、疑問符も付かない。バカだ、僕は。

 しかし、新幹線というのは、なかなか秀逸な例えな気がする。決められたレールがある点や、運航中のそれは絶大な運動エネルギーを発揮しているが、それを動かす為にも莫大なエネルギーと手間を要するという点で、僕らの使っていた二つの術式に被るものがある。

死を想えメメントモリ】というレールのうえを、死神術式という列車に全員乗せて、わざと脱線させるような感じかな。どこで脱線するかとか、逃走ルートとかを把握しているから、僕らはある程度安全が保障されているが、危険な事には変わりない。

 要するエネルギーと手間暇に見合ったリターンが、人間相手に得られるとは言い難い。ニコイチ方式まで編み出して術式の圧縮も試みた程に術式は複雑で、それ故に一回使うのにとんでもない量の魔力を消費してしまうのだ。

 勿論、群衆相手に使った【モート】のような例外はある。あれは、かなりいい感じに作用してくれたが、それもまた例外としておくべきだろう。

 人間なんて、場合によっては転んだだけで死んでしまう、か弱い生き物だ。意図的に人を殺そうと思えば、拳銃一丁あれば事足りるし、なければ包丁でも構わないし、なんならそこら辺に転がっている石でもいい。いやいや、極論を言えばあのプロレスラー男がそうしたように、素手でだって人は殺せるのだ。

 威力だけ見て、一対一の戦闘に戦車だのレールガンだのを用いる方が、どうかしている。それが、いままでの僕らだったのだ。


「ショーン。つまり、どういう事です?」

「つまり、ダンジョンコアを殺す為の術を、人間相手に使っていたのが間違いだったんだ」


 手間暇をかけてレールに乗せて、新幹線を走らせて、レール上の相手を轢殺するなんて方法、実戦で使い物になる戦術ではない。それよりも――


「人間を殺す為の幻術を作って、それで殺すべきだったんだ」



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